穂積『さよならソルシエ』第6話「冬の草原」
ゴッホは、雪が降る風の強い日、ある公園で、一人ポツンと座っている初老の女性を見かけ、声をかける。
※「ただ、わからなかったの。あの時の行き場のなかった想いをどうすればいいのか。この四十年間ずっと・・・」
ゴッホは、唐突にキャンバスを用意しだす。
「僕ね、パリに来てから一年もたってなくて、パリの夏をよく知らないんだ。」
「だから教えて。」
「ここら辺の木って、夏はどんなだった?」
「光は?どこから差してた?」
「ああ、見えてきた。いい景色だ。」
「木はなんの木?葉の形は?」
「赤い実?グミの木かな?じゃあきっと地面には熟した実がたくさん落ちているね。」
「地面は?草が生えてる?」
「ああ、光が反射して、とても綺麗だ。」
「木陰はきっと影が深いね。風は?風は吹いてた?」
「もっと教えて。全部だ。」
「四十年前の夏を全部教えて。」
※「木陰で若い恋人達が仲睦まじそうに・・・」
≪サン=ピエール広場を散歩する恋人たち≫
1887年5月、パリ時代。
ゴッホ美術館所蔵。
2012~13年、長崎、京都、宮城、広島を巡回した「ゴッホ展」で来日。
ゴッホの油彩画としては大きい、という印象を受けた。正確なサイズは、75.0cm×112.7cm。
一度描いたキャンバスに上描きしたらしい。
ゴッホ展図録によると、ゴッホは、1888年にこの絵を「庭の恋人たち」と呼んだとある。
みすず書房『ファン・ゴッホ書簡全集』で確認すると、1888年5月、テオあての手紙のなかでのことであった。
愛人同士のいる庭の絵はテオトル・リーブルにある。
単に絵の所在を知らせる文章のようだ。