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フライフィッシャーの独り言

6月も早8日 そろそろ梅雨入りちゅ~ニュースが伝え始める時期となった・・・・・・

飴の季節ちゅ~たら やはり紫陽花ぢゃろぅのぉ

紫陽花や 昨日の誠 今日の嘘 有名な正岡子規の俳句ぢゃぼぉ 

 日々 薄紫から濃い紫色へと少しずつ変化する紫陽花の様子を擬人化して表現 また 同時に 人の心も花の色のように移ろいやすいもの
 
ちゅ~皮肉にも似た気持ちも込められちょります
 
 
多くの人は知らんかもれんが 紫陽花の原産地は日本 そして紫陽花の元祖は元はクアジサイ ぢゃが紫陽花は昔日本では
 
あまり人気がなかったようなんぢゃ そして紫陽花は日本から中国にわたり シルクロードを伝わってヨーロッパへと伝わっていき
 
イギリスなどで東洋の花として人気が出て品種改良が進んだちゅ~話
 
 
また江戸時代後期 シーボルトなどの手によって欧州に送られ 華やかな花を好む欧米人によって 更に大きく色鮮やかな花に
 
改良された その後日本に逆輸入され西洋アジサイという名で親しまれるようになったちゅ~話もある
 
日本において紫陽花が書物に登場したのは万葉集が最初 紫陽花も二首の歌が詠まれちょる
 
このⅡ首の中で アジサイは「味狭藍」「安治佐為」と記述 奈良時代はアジサイの漢字表記が統一されていなかったようぢゃ
 
万葉集に詠われた歌を紹介
 
 
「言問はぬ 木すら味狭藍 諸弟(もろと)らが 練の村戸(むらと)に あざむかえけり」
 
現代語に訳すると「物言わぬ木でさえ 紫陽花のように移り変わりやすい 諸弟らの巧みな言葉に私は騙されてしまった」
 
色を変えながら枯れていく紫陽花の様を ころころと言葉や態度を変える人に例えている
 
「安治佐為の 八重咲く如く やつ代にを いませわが背子 見つつ思はむ」
 
現代語に訳すると「紫陽花のように群がって咲く花のように いつまでも健やかにおいでください この花を見るたびにあなたを想います」
 
奈良時代の紫陽花は 決して目立つ存在ではなかったようだが 当時の日本人が紫陽花を見て想いを馳せていた事は間違いないようぢゃ
 
 
 

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