日産ゴーン事件のこれまでの経過などをまとめた記事。最近出た『証言・終わらない日産ゴーン事件』という本の著者(ケリー被告に長時間のインタビューを行っている)に話を聞くなどしています。
ゴーン氏海外逃亡で一人残されたケリー氏の裁判は大詰めを迎えているそうです。
「ゴーン被告は逃亡、共犯のグレッグ・ケリー元代表取締役が主役となった公判は、5月11日、ケリー被告の弁護側によってゴーン被告の供述調書が読み上げられ、翌12日、ケリー被告が法廷に立つ。
調書という形にせよ、ゴーン被告の“肉声”が伝えられるのは初めて。また、昨年9月に始まった公判は、隔週で火曜日から金曜日の4日間連続のハイペースで76回の期日が予定され、これまでに司法取引に応じた大沼敏明・元秘書室長とハリ・ナダ専務執行役員、小枝至・元相談役名誉会長、川口均元副社長、西川広人元社長などが尋問を受けており、いよいよケリー被告の番だ。」
裁判でわかったことは...
「18年11月のゴーン、ケリー両被告の電撃逮捕から2年半が経過した。19年12月にゴーン被告がレバノンに逃亡。それでも20年9月に公判が始まって、これまでかなりのことがわかってきた。
カリスマ経営者の会社を私物化した不正の数々が元監査役の調査によって判明。怒りを共有、同時にルノーへの統合を恐れた幹部らが検察に相談。特捜部の復権と司法取引の実績をあげたい検察がそれに乗り、ハリ・ナダ、大沼の両氏を取り込んで捜査着手。自動車大手が「外資」となる危険性を排除したい官邸が側面支援した――。」
虚偽記載については...
「ゴーン被告が罪に問われているのは、8年間で約170億円の報酬のうち約91億円を退任後に払う「未払い報酬」とし、有価証券報告書に記載しなかったという金商法違反罪と、スワップ取引での損失の付け替え、CEOリザーブを利用したサウジアラビアの友人への支払い、同じくオマーンの友人への支払いという3つの特別背任罪である。
このうちケリー被告の絡むのは金商法違反罪だけだが、ケリー被告は『証言・終わらない日産ゴーン事件』のなかで、「未払い報酬ではなく、将来、退任後に顧問契約を結ぶとして、その際の価格を78億円から94億円と計算。その提案を文書化しただけ」という趣旨の証言をしている。
ゴーン被告もまた、『「深層」カルロス・ゴーンとの対話』のなかで、申告した年収10億円の報酬より「私はもっと価値を持っている人間」と言いつつ、報酬は合法的に処理されており、ケリー被告の顧問契約提案は「慰留のため」であり、それに了承(サイン)はしなかったという。
この認識の違いが、ゴーン事件の核心部分である。まず、ゴーン、ケリーの両被告には、経営者の価値は当該企業にどれだけの利益をもたらすかで決まるという市場原理主義があり、強欲は認められるが、報酬はあくまで合法の範囲内という縛りは承知している。だから、合法か否かは専門家に問い合わせており、なによりケリー被告もCEOオフィスを任されたハリ・ナダ氏も弁護士だ。」
「認識の違い」ということをいっていますが、ゴーン氏への退任後報酬が「合法」かどうかという点は、ゴーン氏側も検察・日産側も差がないのではないでしょうか。
ゴーン氏・ケリー氏は、退任後報酬は「合法」であるが、それはまだ提案段階のものを文書にしたにすぎなかった、だから、開示しなくても虚偽記載ではないという主張でしょう。他方、検察・日産側は、ゴーン氏退任後報酬が「合法」かどうかは、表だって主張していません。しかし、もし退任後報酬が違法なものだとしたら、それは、会社に支払い義務はなく、したがって、会社の費用にはなっていない、報酬として開示する必要もないということになります。例えば、違法に水増しされた外注費(水増し分)は、支払う義務はなく、会社の費用でもないというのと同じです。検察・日産側は、ゴーン氏退任後報酬は、会社の費用であり開示すべきものであったと主張しているわけですから、退任後報酬は違法なもの(支払うべきでないもの)ではなく、「合法」と主張していることになります。
ゴーン氏の不正疑惑の中には、起訴されなかったものもあります。
「不正が露見したきっかけは、2010年、オランダに設立されたジーア・キャピタルという投資子会社だった。
『ゴーンショック』では、この会社を使って、ゴーン被告がレバノンやリオデジャネイロに邸宅を購入、莫大な費用をかけて改修、連結から外して実態を見えなくする工作を行なっている様子が描かれている。
それを問題視した今津英敏監査役(当時)が、ハリ・ナダ氏の協力を得て概略を知り、米法律事務所に「ゴーン調査」を依頼すると、数々の疑惑が浮上した。
2700万ドルを投じた高級住宅の購入、実の姉への実態がないコンサルティング報酬名目での75万ドル超の支払い、プライベートジェットを使った家族旅行、会社のカードを使った高級ブランド品の購入や飲食、CEOオフィスの資金でのレバノンの大学などへの200万ドルを超える寄付……。
当初、特捜部はレバノンやリオの不動産を取得したジーア社の不正利用を立件対象にしていた。
だからジーア社の運用に関与したハリ・ナダ氏と司法取引を行なったのだが、名義が日産であったこと、使用実態があったこと、また、ケリー被告の証言では、「退任後にゴーン氏が買い取る提案をし、それを彼が合意していた」こと、さらに「情報不開示はセキュリティーの問題であった」こと、などから起訴対象の案件にはならなかった。」
こちらの方が、よほど「不正」らしい疑惑で、「合法」かどうかぎりぎりのところでしょう。細かいことをいえば、関連当事者取引の注記漏れもあるのかもしれません。
起訴された背任案件については...
「起訴された3つの特別背任案件はどうか。
なかでも17年7月から翌年7月までの間に、CEOリザーブからスへイル・バウワン・オートモービルズ(SBA・オマーン)に1000万ドルが送金され、半額の500万ドルがゴーン被告の支配するレバノンの投資会社グッド・フェイス・インベストメンツ(GFI)に還流していた件は、やはり疑わしい。」
「ただ、こうした金銭移動も説明はつく。
『「深層」カルロス・ゴーンとの対話』では、CEOリザーブが厳しい内部監査を受け、申請、承認、決済の手順を踏み、支出承認にはCFO、CEOオフィス担当役員らの承認を得て、最後にCEOであるゴーン被告が承認するという手順を説明。
SBAに対する支払いも適切かつ合理的であるとしたうえで、ゴーン被告は「クマール氏に行ったルノー・日産のお金はまったくない。日本の検察が、オマーンでSBAのCEOであるバウワンの(それを証明する)調書を取っている」と、語っている。」
これもたしかにあやしいと思いますが、日産の支払い先のオマーンの会社と、ゴーン氏の投資会社との取引が正当な商取引であり、資金還流などではないと主張されれば、それを覆すにはよほど強力な証拠がないと無理でしょう。会社の役員が、その会社の取引先との間で、何らかの取引を行うというのは、非常にあやしいけれども、違法とまではいえないでしょう。
最後は、「日産幹部らが、カリスマ経営者に異例の退出を企んだ果ての吉凶は、再建を成し得て成長路線に乗せられるかどうかにかかっており、法廷闘争の行方とともに、世界の企業人が関心を寄せている」とまとめられています。
強欲な外人経営者を会社から追い出したければ、会社法の仕組みを使ってやればよかったのです。会社法上、監査役も取締役もそれだけの権限があり、大株主でもない雇われ経営者にすぎないゴーン氏を追放することはできたはずです。