村上春樹と聖書 (個性)
(村上春樹)
「ちょっと勝手なことを言っているようですが,
ぼくもそういう感じがしているんです。
ぼくも結局,個人主義というのは大好きで,
欧米に憧れたし,行ったのですが,
どうも英語のインディビジュアルの「個」というのと,
ぼくらがほんとうに問題にしたい
「個性」というのは違うというふうに
このごろ思っているのです。」
(「村上春樹,河合隼雄に会いに行く」p54)
村上春樹は,
西洋人(ヨーロッパ,アメリカ)の個性,
人間の捉え方と,日本人の捉え方は違うと言っています。
どちらが良いと言うのではなく,
違うことを知れば,
物事が分かりやすくなると言いたいのでしょう。
また,新約聖書の人の捉え方も,
独特のものがあります。
西洋でも,日本でもない,捉え方です。
人を連帯した者として,
捉えることがあるようです。
(ローマ5:12,15)
「そういうわけで,
ちょうどひとりの人(アダム)によって
罪が世界にはいり,
罪によって死がはいり,
こうして死が全人類に広がったのと同様に,
・・それというのも全人類が罪を犯したからです。」
「ただし,恵みには違反のばあいとは違う点があります。
もしひとりの違反によって多くの人が死んだとすれば,
それにもまして,
神の恵みとひとりの人イエス・キリストの恵みによる賜物とは,
多くの人々に満ちあふれるのです。」
(2014.4.6)