レビ記
☆
イスラエル人の宗教活動は,
神が設定された幕屋(天幕)を
中心として行なわれました。
レビ記は,
出エジプト記の後半に記された
幕屋にかかわる教えに続いて,
幕屋での礼拝の定めごとを
取り扱っています。
○
全焼のいけにえ
(レビ1:4)
「その人は,
全焼のいけにえの頭の上に手を置く。
それが彼を贖うため,
彼の代わりに
受け入れられるためである。」
イエス・キリストは
わたしたちをきよめる為に
十字架にかかって下さいました。
わたしたちは信仰によって,
神を永遠に礼拝するものとなります。
「贖う」(1:4)とは,
「全焼のいけにえ」(1:4),
「罪のためのいけにえ」,
そして「罪過のためのいけにえ」
を含めたものです。
祭司によるこの「贖い」が,
聖なる神のイスラエルにおいて
神が民に臨在し,
神と人との交わり(礼拝)を維持し,
回復させました。
○
罪のためのいけにえ
(レビ記4:3)
「もし油そそがれた祭司が,
罪を犯して,
民に罪過をもたらすなら,
その人は,
自分の犯した罪のために,
傷のない若い雄牛を,
罪のためのいけにえとして
主にささげなければならない。」
祭司がこの儀式を行うことにより,
神は罪を犯した者のその罪は
赦されると定められました。
○
祭司の任職
(レビ8:30)
「モーセはそそぎの油と,
祭壇の上の血を取り,
それをアロンとその装束,
彼とともにいるその子らと
その装束の上に振りかけて,
アロンとその装束,
彼とともにいる
その子らとその装束を聖別した。」
ヘブル人への手紙は,
キリストを「大祭司」と呼び,
祭儀的視点から,
キリストによる新しい契約の
卓越性を論じています。
(ヘブ9:11‐12,15)
(参照同2:17‐18,4:14‐16).
このキリストこそ,
神が人間をご自身に
近付けるために立てられた,
新しい契約における
「唯一,まことの大祭司」です。
(ヘブ7:11‐28,8:6,9:15)
(参照ヨハ14:6,エペ3:12)
○
聖なる者となりなさい
(レビ11:45)
「わたしは,
あなたがたの神となるために,
あなたがたをエジプトの地から
導き出した主であるから。
あなたがたは聖なる者となりなさい。
わたしが聖であるから。」
○
贖いのふた
(レビ16:14,15)
「彼は雄牛の血を取り,
指で『贖いのふた』の東側に振りかけ,
また指で七たびその血を
『贖いのふた』の前に
振りかけなければならない。
アロンは民のための
罪のためのいけにえのやぎをほふり,
その血を垂れ幕の内側に持って入り,
あの雄牛の血にしたように
この血にもして,
それを『贖いのふた』の上と
『贖いのふた』の前に振りかける。」
贖いのふた 〈ヘ〉カッポーレス.
ヘブル9:5では
〈ギ〉ヒラステーリオン「贖罪蓋」.
これは幕屋の至聖所に置かれた
「あかしの箱」のための
純金のふたです。
「覆う」または「隠す」を意味し,
あかしの箱の中にある
十のことば(十戒)の石の板を
覆い隠す役目を持っていました。
「贖いのふた」は
イスラエルの民にとって,
神の臨在を最も身近に表すものです。
そこは,大祭司が年に1度,
自分の罪とイスラエルの民の罪のために
いけにえの血を振りかけ,
「贖い」をする所です。
(レビ16:11‐17)
幕屋の礼拝において,
神が人と会われる中心の場です。
そしてこのことは,
イエス・キリストの贖いの型であり,
イエスが十字架上で
御自身の民の罪のための
いけにえとして,
そのいのちを神にささげられたとき,
その贖いは完成しました。
(ヘブル 9:1‐12)
○
アザゼルの山羊
(レビ16:19-21)
「その残りの血を,
その祭壇の上に指で七たび振りかける。
彼はそれをきよめ,
イスラエル人の汚れから
それを聖別する。
彼は聖所と会見の天幕と
祭壇との贖いをし終え,
先の生きているやぎをささげる。
アロンは生きているやぎの頭に
両手を置き,
イスラエル人のすべての咎と,
すべてのそむきを,
どんな罪であっても,
これを全部それの上に告白し,
これらをそのやぎの頭の上に置き,
係りの者の手でこれを荒野に放つ。」
垂れ幕の中に入れるのは,
贖いの日に,
大祭司が犠牲の血を流し,
その血を振りかけます。
動物に罪を負わせる象徴的な行為は,
イエス・キリストの贖いの業を
予示しています。
聖所,会見の天幕,祭壇の贖いの後,
祭司アロンは「先の生きているやぎ」(20),
すなわち,
アザゼルの山羊の頭に両手を置き,
イスラエルのすべての罪を告白して
荒野に放ちました。
この「生きているやぎの頭に両手を置」
く(21)とは,
イスラエルのすべての咎,
背き,罪を山羊に移す,
負わせることでした。(22)
「アザゼル」(8,10,26)の語源は
明らかでないですが,
荒野の汚れた霊,
山羊の姿をした精霊と考えられます。
(参照17:7).
「不毛の地」(22)
(〈ヘ〉エレツ・ゲゼーラー,
新共同訳は「無人の地」)は,
人の住めない荒野のこと.
当時,荒野は悪霊の住みかと
考えられていました。
(参照マタ4:1,12:43等)
○
(レビ16:22-34)
「こうして
やぎは彼らのもろもろの悪をになって,
人里離れた地に行くであろう。
すなわち,
そのやぎを荒野に
送らなければならない。
そして,アロンは会見の幕屋に入り,
聖所に入る時に着た
亜麻布の衣服を脱いで,
そこに置き,
聖なる所で水に身をすすぎ,
他の衣服を着,
出てきて,
自分の燔祭と民の燔祭とをささげて,
自分のため,また民のために,
あがないをしなければならない。
また罪祭の脂肪を祭壇の上で
焼かなければならない。
かのやぎをアザゼルに送った者は
衣服を洗い,
水に身をすすがなければならない。
その後,宿営に入ることができる。
聖所で,あがないをするために,
その血を携え入れられた罪祭の雄牛と,
罪祭のやぎとは,宿営の外に携え出し,
その皮と肉と汚物とは,
火で焼き捨てなければならない。
これを焼く者は衣服を洗い,
水に身をすすがなければならない。
その後,宿営に入ることができる。
これはあなたがたが
永久に守るべき定めである。
すなわち,
七月になって,その月の十日に,
あなたがたは身を悩まし,
何の仕事もしてはならない。
この国に生れた者も,
あなたがたのうちに
宿っている寄留者も,
そうしなければならない。
この日にあなたがたのため,
あなたがたを清めるために,
あがないがなされ,
あなたがたは主の前に,
もろもろの罪が清められるからである。
これは
あなたがたの全き休みの
安息日であって,
あなたがたは
身を悩まさなければならない。
これは永久に守るべき定めである。
油を注がれ,
父に代って
祭司の職に任じられる祭司は,
亜麻布の衣服,
すなわち,聖なる衣服を着て,
あがないをしなければならない。
彼は至聖所のために,
あがないをなし,
また会見の幕屋のためと,
祭壇のために,
あがないをなし,
また祭司たちのためと,
民の全会衆のために,
あがないをしなければならない。
これはあなたがたの
永久に守るべき定めであって,
イスラエルの人々の
もろもろの罪のために,
年に一度あがないをするものである」。
彼は主がモーセに
命じられたとおりにおこなった。
○
いのちの贖いをするのは血
(レビ17:11)
「なぜなら,
肉のいのちは血の中にあるからである。
わたしはあなたがたのいのちを
祭壇の上で贖うために,
これをあなたがたに与えた。
いのちとして贖いをするのは
血である。」
聖書では,
「血」は「いのち」の現われです。
(へブル9:22)
「それで,律法によれば,
すべてのものは
血によってきよめられる,
と言ってよいでしょう。
また,血を注ぎ出すことがなければ,
罪の赦しはないのです。」
○
あなたの隣人を
あなた自身のように愛しなさい。
(レビ19:18)
「復讐してはならない。
あなたの国の人々を恨んではならない。
あなたの隣人を
あなた自身のように愛しなさい。
わたしは主である。」
☆彡
(レビ19:13-18)
「あなたの隣人を
しいたげてはならない。
かすめてはならない。
日雇い人の賃金を朝まで,
あなたのもとに
とどめていてはならない。
あなたは耳の聞こえない者を
侮ってはならない。
目の見えない者の前に
つまずく物を置いてはならない。
あなたの神を恐れなさい。
わたしは主である。
不正な裁判をしてはならない。
弱い者におもねり,
また強い者にへつらってはならない。
あなたの隣人を
正しくさばかなければならない。
人々の間を歩き回って,
人を中傷してはならない。
あなたの隣人の血を
流そうとしてはならない。
わたしは主である。
心の中であなたの身内の者を
憎んではならない。
あなたの隣人を
ねんごろに戒めなければならない。
そうすれば,
彼のために罪を負うことはない。
復讐してはならない。
あなたの国の人々を恨んではならない。
あなたの隣人を
あなた自身のように愛しなさい。
わたしは主である。」
○
聖なるものとなる
(レビ20:26)
「あなたがたは
わたしにとって聖なるものとなる。
主であるわたしは聖であり,
あなたがたをわたしのものにしようと,
国々の民からえり分けたからである。」
「聖」とは,神と共にある民,
交わりとして
特別な関係があるということです。
☆彡
(レビ16:21-26)
「そしてアロンは,
その生きているやぎの頭に両手をおき,
イスラエルの人々のもろもろの悪と,
もろもろのとが,
すなわち,
彼らのもろもろの罪を
その上に告白して,
これをやぎの頭にのせ,
定めておいた人の手によって,
これを荒野に送らなければならない。
こうしてやぎは
こうしてやぎは
彼らのもろもろの悪をになって,
人里離れた地に行くであろう。
すなわち,
そのやぎを
荒野に送らなければならない。
そして,アロンは会見の幕屋に入り,
そして,アロンは会見の幕屋に入り,
聖所に入る時に着た
亜麻布の衣服を脱いで,
そこに置き,
聖なる所で水に身をすすぎ,
聖なる所で水に身をすすぎ,
他の衣服を着,出てきて,
自分の燔祭と民の燔祭とをささげて,
自分のため,また民のために,
あがないをしなければならない。
また罪祭の脂肪を祭壇の上で
また罪祭の脂肪を祭壇の上で
焼かなければならない。
かのやぎをアザゼルに送った者は
かのやぎをアザゼルに送った者は
衣服を洗い,
水に身をすすがなければならない。
その後,宿営に入ることができる。」
○
戒めを守る者の祝福
(レビ26:3-6)
「もしあなたがたが
わたしの定めに歩み,
わたしの戒めを守って,
これを行うならば,
わたしはその季節季節に,
雨をあなたがたに与えるであろう。
地は産物を出し,
畑の木々は実を結ぶであろう。
あなたがたの麦打ちは,
ぶどうの取入れの時まで続き,
ぶどうの取入れは,
種まきの時まで続くであろう。
あなたがたは飽きるほどパンを食べ,
またあなたがたの地に
安らかに住むであろう。
わたしが国に平和を与えるから,
あなたがたは安らかに寝ることができ,
あなたがたを
恐れさすものはないであろう。
わたしはまた国のうちから
悪い獣を絶やすであろう。
つるぎがあなたがたの国を
行き巡ることはないであろう。」
神の掟を守る者の祝福です。
申命記28章と同じものです。
2020-04-02