最初の一歩だらけ

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今日は何をしたのかな?忘れてしまわないよう記録したいから。

昨日はラッキーな日だったんだ。

2016-02-29 09:59:16 | 日記

今日は何もしない日。昨日の疲れでぼーとして過ごした。昼寝を3時間もしてしまった。なんだか夢も見たような気がする。

昨日が私にとってのこのボランティアの働きは初めてだってうっかりすると事態がどんどん過ぎていってぼーっとしてると見過ごすことばかりだったように思えてすごく気を使ってしまったのに成果がでなかった。その反省会をスカイプで夜した。いろんな人のいろんな感じ方が伝わって、やはりみんな思いかたが違うんだな。それが感想。でもいいことはあった。尊敬する先生を二番目の席でお話が聞けたこと。

ラッキー!!だった。この女の私がうっとり見とれるひとなんてそういない。私の出会った人間の中で全面的に信頼と尊敬できる雲の上の人なのだ。そんな人に出会えて人生の宝物を手に入れたようなもの。その方のお話をまじかに見れたんだから絶対その方の目の中にその他大勢でも私の姿は入っているはず。3月2日の日、その時の映像が見れるのできっとこのみっともない姿が聴衆の中にまぎれて映し出されるだろう。

 

 


今日の挑戦

2016-02-28 22:58:15 | 日記
今日はいろんな人と話をした。イベントがあって初対面の人ばかりの中に入って話を聞いたり話したり。見えない心の動きが現実を作っていくという話を体験談として持っていて、やはり自分の心しだいで現実を変えていくことが出来るので、その勉強をしよう。この考えで生きる人が増えたらどんなに日本が変わるだろうと話しあった。
大勢の仲間がいて楽しみながら働きをしたが朝から夜までだったので帰ってくるとどっと疲れが出た。

今日の挑戦から

2016-02-27 22:01:38 | 日記
昨日はコアトレの無料体験に参加した。ストレッチのようなもので右肩の痛い私は少しの腕の伸ばしが結構きつかった。
でも、私とよく似た体形の年齢もそう離れていないであろう方々と同類のよしみで楽しい時間を過ごし、多少気のせいもあって体も動きが良くなった感じがした。3月から週2のコースと自主トレも入れて頑張ってコレステロールを低くすることも目指そう。もちろんやせるともっといいんだが。
今日は遅くまでスカイプをしたのでここにこれなかった。仕方がなく今日書き込んだ。

さて、今日は忙しい日だったのだ。
ボランティアで映画上映のお手伝いを朝9時から荷物運びの役目を引き受けてホールまで運んだ。
それから会場設営をしてあとは昼ごはんのおにぎり二つでまた会場がかりで3時まで映画をみた。
感動して泣けたけれど、インド映画なのでそこはうきうき音楽とダンスが入って楽しく一緒に踊りたくなるほどでした。
画面と音が大きくってやはり映画館ならではの味わいがあった。
「ニューヨークイン・マダム」の題名で衣装が華やかできれいだった。
女性の生き方を考えさせられたし、登場人物が善良な人が多くてあまり、はらはらシーンはなかったけれど深刻なのは心臓にわるいから、気楽に見れる作品だった。
目の見えない人ようにシーンをヘッドホンから流すボランティアや、耳の聞こえない人のために手話も舞台のそでに立っているボランティアも参加しての上映だった。
その他いろんな団体がコラボしてお互い情報交換し合っていた。
参加者が初老の女性が多かったということはチケット入手ルートに鍵があるように思った。
この世代の女性は結構自由を満喫されていて、自分を楽しんでおられるように参加者の姿から想像していた。

余韻を味わう暇もなく帰宅すると二男夫婦が来て一緒に夕食をかつて住んでいた町のなじみの鮨屋に入った。板前さんも女将さんも変わらず、懐かしくお寿司を頂いた。夫もおいしそうにお酒を息子と飲み交わし、楽しそうだった。こんなことはそうあるものでなく、さぞうれしかったろう。

帰りの運転は私がして、帰宅後明日の集いのための打ち合わせのスカイプを私のパソコンを中心にして1時間ほどして終わった。今日の映画のドラマのようにこの仲間たちとは切磋琢磨出来る大切な同志の関係になればいいなと思っている。

今日の出会いの中で、子育てで悩んでいる母親の相談相手、もしくは話相手でもいいから参加してほしいと一つのグループ代表がみんなの前で言っていた。私は自信はないが時間があれば、問題解決には至れないかもしれないけれど、一緒に話を聞いてあげれるくらいならしたいと思ったが即答はしなかった。そんな軽い気持ちで引き受けるものではないとも思ったから。これは保留。かといって人の意見を聞いてから決めることでもないが、人はどう考えるか参考に聞いてからにしょうとも思った。
そこで思ったこと。本当は自分はなにをしたいのか????

50年前の自分の価値観と比べて

2016-02-25 15:08:30 | 日記
成人式の頃の価値観当時の学校教育から男女平等で、成績だけが評価の基準と思ってひたすら勉学にいそしんだのに社会に出ると違ってた。
女性の社会進出なんてどこにもない。あるのは早く結婚相手を見つけて、しかもその相手は高学歴が高収入イコール幸せであると思って、寿退職することを目標としていた。
だが、その相手を見つける手段の縁がないので自分で見つけるしかないと思っていた。
つまり、学歴もなく縁もなく資格を取る財力もなく、ましてたいして男をひきつける魅力もなく、一人生きてゆく能力もないこの私はどうすりゃいいのさと思ってた。
父が社長の友人、美貌でもてる友人、働きながら、国立大学を目指してた才媛の友人を羨望のまなざしで彼女達がそれぞれ、素敵なパートナーに出会って結婚していく姿をただ、指をくわえて眺めているより仕方がない青春時代だった。
見えるところで幸せを計っていた。だから、貧乏な人、地位のない人、病気の人、きつい仕事をしている人、中小企業の人などは幸せではないとすら思っていた。
それでも出会いはやってくる。
しかし、人としての関わり方がわかっていなかった。理解しょうとしただろうかといえば心地よい関係さえ作ればいいと思っていた。
利害関係のない人や合わない人とは関わらなかったように思う。
意見を交わすことすらなかったかな。意見が違うことは喧嘩になるので避けていた。
人間を否定された気持ちになり、議論する前に断絶したものだ。
そんな私が今は:平気で意見を交わし、意見を打ち消されても平然と出来るというか別に意見が違っても私を否定されていないと受け止められるから。
才能がない人はいない。きっと自分にも長所はあると思えるようになったし。
一人でやるよりみんなで力を出し合ったら楽しみは2倍、苦しみは半分になるとか。
今も必要以外のお金はないが、たぶん付加価値はさほどないけど、自分のことより多くの時間を世の中のために使う方が自分も元気になれることを身を以て経験したり・・・
変ったと思う。人生捨てたもんじゃない。
しかし:いまだにこの私を奴隷扱いする夫に対してこう思う。
私を奴隷扱いしてしまうと彼はやることがない。すると体も心も頭も衰退することになるのではないか。
それでもいいのか。いいや、そこで彼のために私の仕事を分配することにした。
今では買い物係、ごみ捨て係、猫のトイレ掃除係、部屋の軽い掃除係、シャッターの開け閉め係、車の移動係(縦列駐車のため)洗濯物の取り入れとたたみ係、庭の草取りと手入れ係、お風呂の掃除とわかし係ets・・・
つまり、残った仕事は三度の食事支度係と洗い物と洗濯機のセットと干す係(時間のないときはこれも委託)
が私の仕事となった。おかげで彼は太る暇はないみたい。もちろん、散歩一日2回のメニューも欠かさない。
これでも私を奴隷と思っているのだ。九州男児のフレージングは抜けきらないみたい。
今日は時間があったからいっぱいかけたな。玉手箱のようなテンプレートに変えた。これもなかなか面白いもんだ。

今日の出来事

2016-02-24 22:23:34 | 日記
さて、今日からブログとやらに挑戦することにした。ここのデザインなかなかいろいろあって、夢がありそうなので決めた。
周囲にこれをやってる人はいないっていうか聞かない。秘密にやってる気配はない。男友達はやってる人いるかもしれないが聞かない。しばらくは秘密の小箱を開く感じでわくわくするだろうな。
さて、今日の夫からの言葉。女は所詮奴隷みたいなもの。・・・きっと私がなんかやり込めたからはいた言葉なんだろ。
それにしてもこんなこといわれながら毎日外に出てゆく私ってすごくない?よくやるよね。団塊の世代の女性の悲しさなのか、それとも私だけの遭遇した男運の悪さなのか、私の性格の弱さなのかこんなこと言われて何十年も連れ添っている現実。
もっと深く考えたほうがいいのかな。外に出て、気の合う友人としゃべってごまかしているのかな。
ひとり生活したくても私のもらえる年金では過疎地に無料の家を提供してもらっても食べていけないのではないのでは。
ではどんな生活したいのって言われてみると。想像しちゃうのよね。たとえばテレビみてて、いろんな話題に前向きにまじめに話し合える人、興味が似ている人との会話。食事作りも二人でしたり、片づけたり。これを何十年もしていくとお互い勉強になるんじゃない。たまに違った洋服着ると「それに合うね、とか、君はもっとこんなのがいいよ」とか・・・一緒に買い物してお互いの趣味を語ったり。悩みももちろん話し合ったりはげましたりしあえる関係。そんなの無理かな。夢・・・