やり直し人生

過去は変えられない。変えるのはこれから。

10月最後

2020-10-31 15:04:45 | 日記
生きづらさを何とかしたくて色々調べて読んできましたが、結局、最後は母親を出してくるんですよね、どっこも。

こことの関係が全てだと言ってるモノもありました。

母親を肯定できれば、自動的に自分自身も肯定できる、という事らしい。

いわゆる毒親と呼ばれる人達の子供は、どーしたらいいか固まっちゃいますよね。

あんな事を自分にした人を肯定するの?

より深く読んでいくと、その疑問が解かれます。

私の場合は、母親だけでなく父親も、家庭環境が悪かったのだと想像できます。つーか、父親にされた事の方が大っきいのに、母親ばかりフォーカスするこの手の内容に、最後はうんざりしていました。

両親の過去をさかのぼったからといって、あの人達のしてきた事が帳消しになるワケではありません、ありませんが、私だけが被害者という認識は薄れます。

そして、あの人達なりに私を愛して育ててきたのも分かってきます。

知らなかったのでしょうね。愛情のかけ方を。人は、自分がされてない事は人に与えることはできないそうですから。

まぁ、口には出せない酷い事を散々やられてきましたが、ほんと、これが他人なら即、刑務所ですよ。事件ですよ。

家庭内で起こったことはほとんどおおやけになりません。子供は言いません。私も言えなかった。

言えない事を抱えたまま大人になり、自分は欠けてる、という証拠集めをするような生活の中、生きづらさを実感するものの、どーしていいか分からず模索する、の繰り返し。


親のことは嫌いなままでいいと私は思います。

無理やり感謝しなくても全然いい。

ただ、あの人達が私を愛してくれているのが分かりさえすれば、あとはどーでもいいと私は思ってます。

仲良くなれなくても全然いい。問題なし。

一家団欒、仲良し家族、そーゆーのに自分を当てはめなくてもいい。

まさに、よそはよそうちはうち、ですね。


私はずっと親に早く死んでくれと願っていました。心の底から。子供の頃は母親に父親と離婚してくれと願ってました。確かそれを母親に伝えた事もあったはず。

どの願いも叶いませんでした。

今は、早く死んでくれとは思いませんが、長生きしてくれ、とも思いません。

人の寿命に口出しするのはやめようと思ってるくらいです。


今、心の隅々まで爽やかな気持ちで過ごせているのは、両親への気持ちがスッキリしたからだと思います。

近づきたくない、仲良くしようと思わない、その気持ちにOKを出せた。

嫌いなままで全然大丈夫。
こーゆー話をすると、時間が経てば仲良くなれるから大丈夫よ、とか、親が死んでからは遅いから、今のうちに仲直りしたら?とか、後悔するよ?とか見当違いの意見を言ってくる人がいるけど、喧嘩と仲直りの話じゃないし、そもそもが違う。

親と子のあり方なんだけどね。

全員同じ環境で育ったワケじゃないんだから、それぞれ違うあり方があって当然だと思う。

人を肯定する時ってその人の事を好きにならなきゃいけないと思ってたけど、嫌いなままでもできました。

親を肯定できると、確かに自分も肯定できます。

自分を肯定できると、自分の人生が回り始める気がします。

20代30代も生きては来ましたが、自分の人生を生きてる感はあんまり無かったように思う。結婚、出産という大イベントがあったのに、我慢して自分を押える方が多かったように思います。

今は普通に、自分の人生が好きだ、自分である事が好きだと思えます。

エンジンがかかるのが遅かったですが、40過ぎてからでも人生はいくらでも楽しめるんだと感じました。

もうすぐ49歳。来年は、信じられないけど50歳。



突然ですが、庭のレモンが濃い緑から黄緑色に変わってきました。もう少しで黄色になりそう。



こぼれ種から育ったマリーゴールド。黄色が目に染みます。



リベンジの、種から育ててるルピナス。今年は咲いてるとこを見たい。


来月も、気持ち良く、楽しく暮らそう。