興味はたくさんあるけど続かない

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15日目突入!! 皮袋について学ぶ

2019-05-15 09:52:53 | 五月の聖書
おはようございます😃
昨日のブログは、
私のメモ帳のようで読みにくかったかと思います。
すみません。🙇🏻‍♀️
119:75の真実については、
まだ調べている途中なのでもっとわかったことがあったら、後日アップしますね。
 
 
 
気がついたら 15日目に突入!!✨✨
119編の学びも半分になりました。
 
今日は、詩篇 119: 79-84からです。🌱
 
"どうかあなたを恐れる人々と
あなたのさとしを知る者たちが
私のところに帰って来ますように。
どうかあなたのおきてのうちに
私の心が全きものとなりますように。
私が恥を見ることのないためです。
私のたましいはあなたの救いを慕って
絶え入るばかりです。
私はあなたのみことばを待ち望んでいます。
私の目はあなたのみことばを慕って
絶え入るばかりです。
私は言います。「いつあなたは私を慰めてくださるのですか」と。
たとえ煙の中の皮袋のようになっても
私はあなたのおきてを忘れません。
このしもべの日数はどれだけでしょうか。
あなたはいつ私を迫害する者どもに
さばきを行われるのでしょうか。"
詩篇1197984節聖書
新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
 
この箇所で疑問思ったのは、
「煙の中の皮袋」ってなんだろう?と思い調べてみたら、
C.H.スポルジョンという牧師さんが、 1856323日に説教していたという本人の録音動画がありました。📺
 
その説教を聴くと、東南アジアの昔の人は、ワインや水を皮袋に入れて水筒代わりにしていました。
使われなくなった皮袋は、天井に干される習慣があったそうです。
そして、家の中で火を炊くと煙は自然と天井に行くので、皮袋は煙の中に...
煙突があっても、煙が漏れて天井に溜まったそうです。
それで、使い古された、忘れた皮袋は煙の中にあったそうです。
 
11983 たとえ煙の中の皮袋のようになっても私はあなたのおきてを忘れません。
 
という表現は、たとえ、古くなっても、忘れられても、私はあなたのおきてを忘れません。
 
炎のあるところに煙が出る。🔥
炎の激しいところには、もっと煙がでる。🌫
だから、辛い経験をしている人は、
苦しさを感じないという考えは間違っている。
辛い経験の試練の炎や宣教中のエネルギー溢れる炎の中でも沢山の煙が出るからです。
 
そして、皮袋が天井に干されたのは、
中身が空っぽになったからです。
忘れられているかもしれない。
忍耐の時、待つ時何かもしれないけれど、
私はあなたのおきてを忘れません。
 
とスポルジョンは言っています。
 
 
煙について私なりに考えました。✍️
煙が周りにあると聞いて私の思ったことは、
目が痛いとか煙で周りは見えないかも
と思いました。👀
見えないものを見る信仰
 
ヨハネ 20:29 を思い出しました。
"イエスは彼に言われた。「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ないで信じる人たちは幸いです。」"ヨハネの福音書
 
そして、煙の中では息ができない。苦しい。
でも、聞こえはするなぁと。👂🏻
 
そして、ヨブの経験を思い出しました。😱
 
"神は苦しむ人をその苦しみの中で助け出し、抑圧の中で彼らの耳を開かれる。"
ヨブ記3615節聖書
 
たとえ煙の中の皮袋のようになっても私はあなたのおきてを忘れません。
 
たとえ、息ができず、周りが見えない、そして、黒くくすんで忘れられてしまっても、
私はあなたのおきてを忘れません。😲
 
辛い時、御言葉を忘れないと詩篇の詩人は言っている。究極の神様を知りたいという思い。神様の教えを忘れないという心😲
 
煙に巻かれる日は、必ずくる。その前に、御言葉を覚え蓄えようと思いました。🌱🌱🌱