夫の母が倒れたら

ある日、突然。備忘録。

10

2019年07月10日 | 日記
夫が不機嫌な顔でトイレを2度往復し、3度目の腰を上げようとした時。
パタパタと足音がして、先ほどの医師が廊下にあらわれた。

「先生!」

小声で呼び止めて、いかがでしょうか、とうかがう。
人のよさそうな大柄な医師は、まだ処置の途中ですがと前置きし

CTの結果、特に気になる点はない。
頭痛と吐き気の症状から見て耳からくるめまいだと思うが、
ものも食べられず吐き続けているので脱水症状を懸念している。
この状態では家に帰せないので、今夜は念のため入院をすすめる。
ただ、今日・明日は週末なので退院手続きができない。
月曜に耳鼻科の外来を受診して退院になる。

とおっしゃった。
うるさい夫も黙って、丁寧に頭を下げていた。
私は先生の話を聞きながら、メニエール病…?と考えていた。


胸をなでおろした私たちは、うってかわって食べ損ねた夕食の話をしたり、
あずけた子がどうしているか心配になってA叔母にラインした。
姑に大きな心配はないこと、子がお世話になっているお礼。
控えめなスタンプをひとつ。
すぐに着信音が鳴り、笑顔のスタンプと、興奮していた子もようやく眠った、
と返信が届いた。


ほどなく、病棟担当を名乗るナースさんがやってきた。

「個室がよろしいですか、大部屋がよろしいですか?」

姑の性格的に、個室しか無理だろうと耳打ちすると、苦笑いしながらも
一日二日なら大した額になるまい、と夫がOKした。
あわせて家族の付き添いを聞かれ、私は一晩泊まろうと言うのに夫が反対。

「下手に素人が手を出すより、完全看護なんだから任せればいい」

ま、私の親じゃないからいいか。と自分を納得させると、急な眠気に襲われた。


日付が変わる頃、ようやく病院を出た。
姑のいない実家で眠るのは、結婚して初めてのことだった。

9

2019年07月09日 | 日記
どれだけ待てばいいんだろう。
私たちが病院に着いた時、すでに待っていた家族が呼ばれ、もう戻ってこなかった。
私たちの後に来た患者の付き添いは、長椅子に横になって小さな鼾をかいている。
夜の病院は人気もなく静かすぎて、心もとない。

「カオルは、とうに寝る時間過ぎてるでしょ?よかったら、いったんうちに連れてくわ」

A叔母が申し出てくれたのは、23:00を過ぎたころ。
確かに小学生には遅すぎる時間だった。緊張で、疲れもピークに達していたらしい。
1人では嫌だとぐずるかと思ったら、すんなり娘たちの間に挟まれた。

「よろしく、お願いします…」

「結果が出るまでは起きてるから、何かあったら連絡して」

と言い残し、子の背中を優しく守るように、A叔母と娘たちが帰っていった。


夫婦二人になると、待っていたかのように夫がイラつき始めた。

「いつまで(時間)かかってるんだ」

「夜だから、人がいないんじゃないの?」

「それにしたって遅すぎるだろ…」

普段なら携帯のゲームばかりやっているのに、それどころではないらしい。

「コーヒー買ってこようか?」

「…頼む。」

たいていの病院が敷地内禁煙になった今。
タバコが吸えないのも、夫の不機嫌に拍車をかける。
自分の親のことなのに、こっちに気を遣わせるんだからなぁ…
自販機に小銭を入れながら、腹を立てる自分に言い聞かせる。
こういう時は、怒っちゃいけない、怒っちゃいけない。



8

2019年07月08日 | 日記
「母さん…!」

処置室の入口で、姑に大声をかける夫をたしなめる人はいなかった。

姑は処置室の入口に向かってななめ後ろ向きの姿勢で、車椅子に座っていた。が。
カポッ、カポッ…
透明なビニール袋で覆ったプラスティック容器を持って、吐き続けているようだ。
固形物は出てこないが、喉の奥からカポッ、カポッ…
背筋の冷たくなる音がする。

夫の呼びかけに一瞬目を上げ、再び顔を落とした。


当直の医師は消化器内科が専門だと自己紹介し、これから脳のCTを撮ると言う。
あらためて、ナースさんから持病はないか、普段飲んでいる薬は?
と聞かれ皆 首をふった。

「姉さんは、大きな病気したことない」とA叔母。夫も頷いた。


そして、再度待合室で待つように促され、ぞろぞろと廊下に出る。
夫と子と3人並んで座り、自然に指先をつなぎあう。
A叔母の長女の、うるんだ視線を感じた。

7

2019年07月07日 | 日記
「…すみません、主人があわてて何度もお電話しちゃって、私もラインを…」

私はA叔母に説明しながら、かけつけた3人の目が赤く口調がゆるいのに気づいた。

「ごめんね、ほんっと、私たち気がつかなくて。
主人も出張だし、みんなで駅近の居酒屋さんにいたの」

次女は友人と出かけていて不在。
母娘3人で飲んでいたので、夫の電話や私のラインにも気づくのが遅れたと言う。
夫の一族は皆 大酒飲みだ。
A叔母の隣で頷く一番年下の三女も、口数は少ないがかなりの酒豪だったはず。


ひととおり話すと我にかえる。全員立ったまま、話し続けていた。

「そうだわおばさん、こちらにどうぞ。みんなも…」

すすめながら自分も堅い椅子に座ると、大柄な男性に声をかけられた。

「事務の者です。ご家族?ご本人の保険証、ありますか?これ書いていただけますか」

一枚の書類に、複数の項目がある。
事務の男性に、のちほど夫が保険証を持ってくると伝え、姑の生年月日、住所氏名、
既往症などA叔母にも確認しながら書いていった。


それからまた小一時間。
「(姑に)お会いになれますよ」とナースさんから声がかかったのと、
夫と子が小声で「ママ―!」と言いながら走ってきたのは同時だった。

6

2019年07月06日 | 日記
救急車に同乗してどのくらいの時間が経ったのか。

外は見えず、閉じ込められた場所にいるのが辛い。
もともと閉所恐怖症気味なのに加えて、あの気丈な姑が
一言も口をきかず、身動きすらしないで横たわるのを見ているだけ。
ピッピッという継続的な電子音が、私の心臓に響く。
脇下に嫌な汗を感じる。

右へ曲がり、左へ曲がり…サイレンの音がふっと消え、救急車は停まった。

S病院の救急入口に向かって、担架で移動。
姑は、ただ目を閉じたまま。声もかけられず、右肩のあたりで一緒に早歩き。
暗い廊下から蛍光灯がまぶしい処置室に着くと、ナースさんに
「廊下でお待ちください!」と肩を押された。

うなだれて待合室の椅子に座っていると、携帯の端が光っている。誰かのラインだ。

『今、到着しました。お姉さんがどこにいるのかわからないんだけど…』

A叔母は、既に病院に着いていたらしい。
救急入口とは別の入口そばに女性の姿が3人。A叔母と、その長女・三女だった。

「おばさん!こちらです」

「あぁー、ヨウコさん。大変だったわね。姉さん、どうなの?」

泣きそうな顔のA叔母。…姑の、本当の姉妹だもんなぁ。
私も大変な事が起こってしまった、という顔で続ける。

「実は…イチロウさん(夫)の携帯に、お義母さんから着信があったんです。
ワンギリのように切れたので、イチロウさんがおかしいと思って
かけなおしたんですが…」