子供が保育園に入れなかった母親の人の、国への不満や失望を書いたブログが話題になってる。
一億総活躍だのなんだの言ってて実情は伴ってない、と、表現は荒くて乱暴でも書いてることは的を射てるしその切実さはとても伝わるものだ。
普段ならそういうブログの記事は、軽くネット上で話題になるくらいで終わるものもあるなか、その話題の切実さ、重大さ、そして共感を呼ぶ内容ということもあり、そのブログ記事がテレビで流れるほどのニュースにもなってきてる。
そして、そのあと、それが国会にまで話がいってるらしい。
ある女性議員が、そんな共感してるたくさんの母親の人らの署名を預かって国会に持ち込んだ、と。
匿名のブログからの話題、問題提起とはいえ、もちろん深刻で切実で実際にそんだけ共感している人々がいるなら、少なくとも国ももっとまともに耳を傾けその実情を親身に考えないといけないものだろう。
俺はそう期待したい。自分がいる、民主主義の国だから。
しかし、俺個人とか俺の周りとか関係なく、なんかこういう国の理不尽さ、矛盾、わけのわからん制度や慣習、そして俺がいつもここでグチってる「(議員らの)自分たちさえよければいい」ってな感覚で今の世の中になって押し付けられてる現状に、そしてこんな庶民の生活に直結して影響してることに、時に涙が出るくらい、とても残念な、歯がゆい、ハラの底からハラもたつ、国への不信感、「なんで?」っていう疑問、「よくそんなんでやってるなあ」というあきれる気持ち、国や議員に失望する気持ち、などなど、俺個人もしんどくなるくらいつらくなる。
さらにしかしだ、しかし、そんな母親たちの署名や女性議員の投げかけも、なかなかに国会でまともに取り上げて、親身になって聞いてくれてない。
国会で女性議員がそんな話題を取り上げて総理大臣などに投げかけるも、周りの男性議員は、そんな匿名ブログからの話題ということで「誰がそんなことを言ってるんだ、誰が?」、「出典は?どこからだ?」なんてヤジを飛ばしてる。
俺がショックだったのはソコ。ショックというかハラもたった。
そんな根拠も大事だろう、そこをついて反論したりヤジりたいのもあるんだろう、でもな、もっと大事なことがあるんよな。
ヤジを飛ばしてたオッサン議員らはそこがわかってんのか?
その記事がホントかどうか、そこを揚げ足とるようにつっつく幼稚なことではなく、そんな現状があるかもしれん意識、ひとつの女性議員からの指摘、提起ってのをまず謙虚に聞けよ、と。
何を威張ってデカイ声でヤジってんだ。
そのブログを書いた母親が日本という国に対して絶望、失望してひどいキツイ表現で書いてたけど、俺、今回のそんな国会やら議員やらのそんな感覚、ヤジを聞いて、そこで初めて、その母親のキツイ、ハラたつ、「ふざけるな」っていう憤りが改めてわかったような気もした。
そら、当事者ならなおさらハラもたつだろう。
ブログでの表現は確かにキツイ言葉でよろしくないものかもしれん、でも言ってること、書いてることは、そんだけ「国が、議員が、庶民にいきわたる‟仕事”をしてない、それで一億総活躍?なんてちゃんちゃらおかしい」という核心をついたものだろう。そんなブログの書き方をどうこう言う前に、議員の連中がやってること、この現状、そしてそんなヤジについてもうちょい議員側も考えないものか。
そんな議員連中が、ホントにそんな母親にも普段からケアできてて現実的に対策を練ってて、そんなブログが(たとえば)狂言だと言えるくらい、ホントに効果や実績があるようにやってて自信満々でそうヤジって怒ってるならいい。「俺らはちゃんとやってきてるじゃないか、多くの賛同の声があるぞ、それでもさらにそんなことを言うのはどこのどいつだ」と、そんだけやってるなら、そんだけ結果を出してるなら言えるだろう。
しかし、あんたらはどこまでそんな母親たち、庶民に親身になって考えてんのか、一体何をやってんのか、それで実情はどうよ?、と俺の方がそんなオッサン議員らにヤジりたくなった。
ホントさ、カン違いも甚だしい、いいかげんにしろ、ふざけんな、と。
あんたらこそ、なんの実績、なんの根拠があってそんなことを声高らかにヤジれるんだ、と。
確かに、匿名のブログだから出典元や書いた人はわからんかもしれん、そんな事実かどーかわからんことに国会の時間を割けない、って言い分かもしれん、それはわかる、でも、だからといってそんな邪険なヤジ、返し方ってあるのか?
あんたらはそんだけ普段から、こんなブログがあがる前からそんな母親たちのケア、対策が充分できててそんだけのヤジをデカイ声で威張って言ってんのか?
恥ずかしくないんか。
そんな自分のことは棚にあげてよくそんなことをそんな場でそんな大きな声で言えるな、と。
ほんで、「誰がそんなこと書いてんだ、誰が言ってんだ」ってそんなヤジを飛ばしたオッサン議員がエラそうに言ったもんだから、今度は、同じような境遇の人らが「私だ!」、「私だ!」とプラカードをもって国会前で抗議してるそう。
預けられない小さな子供を抱えてさ、一生懸命訴えてたよ。
しかしさ、国民、それもまだ寒いなか子供を抱えてる母親の人たちにそんなことをさせてる議員連中さ、そこも恥ずかしくないんか?
「私は、俺は、議員として何をしてるんだろう?」って恥ずかしくなってこないか?
そんな感覚さえ持ち合わせてないか?
それも「ごく一部だろう」、「マスコミがいいように、いいとこだけ取り上げてるんだろう」ってヒトゴトのように流せるものか?
俺さ、そういうのを見てても、(報道の誘導とかそういうのは置いといても‟事実の一部として”)やはり涙が出そうになるくらい、なんか国に対してくやしいような、ふがいないような、つらい気持ちになる・・現にそうやって大変な思いをしてる人が大勢いるのに。
俺はニュースで見てる程度だけどさ、少なくともヒトゴトとは思えん。
そんな切実な状況を、それでもまさしくヒトゴトとしてとらえてる議員の連中に俺だって失望する。だから俺個人としてもこんだけ書くくらいハラもたつし、やりきれんようにもなる。
そうやって集まって抗議してる母親たちの様子を見て、そんなヤジるオッサン議員に対して「ざまあみろ、おまえらがどんだけ国民のことがわかってないか、そこがわかったか!」なんても思ったよ。
な、これが今の国会議員の質なんだよ。
議員みんながみんなそうじゃないけど、そんな体質があり、そんな連中の数が多いから、そんなまんまでいってしまってる。
庶民、国民のことがまるでわかっちゃいない、そんな感覚のズレた連中が小さな永田町とやらでこの国全体の、俺ら庶民みんなに関わることを話し合って決めてるんだよな。
んなもん、国民のリアルな実情、日々の生活と噛み合ったことができるわけがない(笑)。
で、たとえば、母親たちの署名をもって総理大臣に直接訴えてた女性議員みたいな声も国会では消されてしまう、と。
国がよくなるわけなかろう。
そんな小さなこと?、そんな出典もわからんこと?、ってなことをまともに取り上げられないという意識かもしれんけど、そういう庶民に直結してる小さなことの積み重ねで庶民は日々生活してるんよ、んで、そういう小さなことからでもよりよくできる立場、身分が国会議員なんよ。それさえも耳を傾けようともせずあしらうようなそんな議員がいること自体信じられん。
「あんたの、議員としての資質や信念、プライドはどこにあんねん」と。
そういうのが非常にハラたつ。
だからさ、国会議員になったら、当選何回目だろうと、庶民の生活を体験させることがまず大事だとも思うんよな。
年金暮らしの人の生活を経験してみたらいい。
少ない収入で消費税があがったしんどさや、税金や保険料の負担を感じてみたらいい。選挙も前倒しして、うかった議員はそれでまず1年でもそんなことをやってみたらいい、任期は翌年から数年あるんやから。
・・なんか支離滅裂な暴論だけど、もともとの現状が理不尽なんだから俺のこんな飛躍したムチャクチャな案もこの個人的なブログではまだ許されるかな(笑)。
さらには、議員が実際に企業に履歴書でも送って就職活動したみたらいい。自分の年代の人らが就職すんのがどんだけ大変か思い知ったらいい。
それで就職できて実際に働いてどんだけの給料になるか体感したらいい。「非正規労働者」として働いてみたらいい。
んで、それで数ヶ月でも民間の会社で働いてさ、特にまともに企業に勤めたことないような二代目とかの無知な議員とか長い間議員でいて浮世離れしてる議員ならなおさらそういうのをやったらいい(笑)。
共働きしないといけない、そしてだから子供を預けないといけないという、そんなひっ迫した状況を実際に体験してみたらいい。
ああいう議員はすべて庶民の生活を経験せなわからんやろ。
この国のこんな状況をどーすんねん、そんなのを経験してもそれでも楽観的に考えられるのか?ヒトゴトとしてヤジりながらその場しのぎであいかわらずやっていけるのか?
国会議員には全員、例外なく、そういう体験をさせたらいい。それを義務付けたらいい(笑)。
国民や民間の会社にはあれこれ義務付けてるやん、それと同じように、自分たちで決められることなんやから、ホントに国のため、国民のためにって思うなら、そんな義務を自分たちに課したらいい(笑)。それで費用がかかる?時間がかかる?、いやいや、もっとムダでもっと不可解な税金や時間の使い方してるやん、そんなんよりもっと国民が身近にリアルに共感得られることなら、国民だってそういう有効な税金の使い方ならむしろ歓迎だってするだろう(笑)、ウチの地方をわかってくれるなら、中小企業の実情をわかってくれるなら、そして、子供を預けたい家庭のことをわかってくれるなら、って。
でも当の議員にはそこまでの根性もホンキさもないやろ。形だけのあいさつやらパフォーマンスやらで回ってても、それでこんなかんじだもん。
しかし、仮にそうやるにも、ほとんどの議員連中はそこまでは「したくない」って思うだろう、おそらく、「なんで俺が」って。
そもそもそんな感覚が間違ってる。
「なんでそんなことを」って議員が上からエラそうに思ってるような現実のなかで庶民は日々生きてるんだよ。
わかるか?
その庶民の感覚、その目線をもってる議員がどれだけいるか?
「俺は関係ない」、「なんで国会議員の俺が」などと思ってる時点で、庶民、国民のことをまったく考えてないわけだ。違う、違う、国会議員だからこそ考えるべき、知っとくべき、わかっとくべきなんだよ(笑)。
・・はいはい、それも理想論、キレイごとね・・、と俺も自分で書いてて情けなくなるが(笑)。
今回のその母親のブログ記事になってることでも、もし仮にその子供が保育園に無事に入れて母親の人も働けて、それで「一億総活躍」のごく一部がかなったとしても、実際にそうなるのにどんだけ大変か議員はわかりっこないやろ?
どんだけの手間や時間がかかり苦労がかかるか、そういう議員らにはわかりっこないとも思う。子供をベビーカーででも抱っこしてでも母親が役所に何度も出向き、そんな手続きをする大変さが議員の連中はわかってるか?それもやってみたらいい。自分の親戚でもいい、甥っ子でもいい、なにかしらそんな苦労に直面してる身内の実情ですらホンキで話を聞いて変えようと意識してんのか、と。
それで少子化対策やらなんやら言ってるけど、子供がいる家庭でのそういう現状から目をそむけてはあかんやろ。まったくもって庶民とかけ離れた感覚で政策うったって効果があるわけがない。それでも、ちょっとでもいろんな数字やら賃金やらがあがったようなら、「効果があった」って豪語するんだろうけど、いやいや、それこそごくごく一部の例だったりムリに平均をとった数字でもあったりで、実際にそういう苦労してる庶民のことまで考えてのことでもないだろう。
そんな建前やら名称やらより、ホントに中身を、現実をどーにかしろよ、それが仕事だろ、と。
「仕事」をしろよ。
っていうか、彼らはそもそも「どーにかしないと」、「さらによりよくしないと」って思わんのか?(笑)そのためにあんたらは税金使ってそんな立場でいるんじゃないのか?
ま、そこまで思ってないから庶民の実情と噛み合ってないんだろうな。
・・そのブログや報道を真に受けて俺も不満を言ってるわけでもない(俺は普段からこういう国の不満はあるし(笑))、議員の方々も大変だろう、しんどいこともあろう、俺らが知らん大変さも苦労もあろう、でもさ、あんなヤジとかもいただけないし、もっと国民にわかる形、伝わる形でちゃんとしなよ、もっと胸張って庶民に向き合えることしなよ、せっかく議員になってさ、せっかくそうできる立場、身分なんだからさ。
だって、実際に国の政策のおかげでのいい話はそこまでないやん。
彼ら自身はそう思わないもんやろか。そこさえもヒトゴトか?それなら結局のとこ国をよくするのは誰なんだ?(笑)じゃ、国会もなくてもいいし議員もいらんやん(笑)。
「国会議員」ってのも、彼らは自分でなりたくてなってるわけやろ?
「庶民にはわからんことがあるんだ!」って言い返したくたって、彼らそのものがわけのわからんことばっか、ムダなことばっかやってるから効果もなく自己満足になってるんちゃうの?
だから多くの、議員の数なんかより多くの庶民から文句言われるんよ。
だからこんな乱暴な書き方でブログも書かれるんよ、現に今それが話題にもなっててさ。
んで、選挙が近くなれば選挙の対策だ派閥だなんだ、ってさ、それよか、「国民の生活の対策」をしっかりやれよ、そしたらそんな余計なことせずにカネも使わずにうかれるからさ(笑)。
あんたらの本来の仕事はなんなんよ?・・
それで政治離れだ、投票率が低い、って言うけど、そらそうだよ、そういう庶民も「誰に投票したって一緒」、「政治も興味ない」、「どうせ誰が議員でもラクにはならん」ってなるよ。
当然だ。
そして残念だ(笑)。
利権やらしがらみやらでさ、票があるとこしか興味なく、自分たちがよけりゃあいいってかんじもいいけど、「もういいだろ、充分だろ?」(笑)。
そういうのを繰り返してて飽きないか?(笑)
そんなのももうわかったからさ、いろんな明るみに出てないことがあんのもわかるけどさ、もうちょいまともに、ちゃんとしなよ。
どーせ庶民にわからんことはずっとわからんもんかもしれん、でも、せめて庶民にわかってること、日々しんどくさせてることは、よりよくしてくれよ(笑)。
あんだけ人数いて、そこでも「俺は悪くない、俺のせいじゃない」ってなかんじであの国会の場にいんのか?
だから、あんなヤジも、恥ずかしげもなく大きい声で言えるのか?
そんな感覚が庶民とズレててあんなヤジも平気で飛んで、そういう庶民の小さな、それでも切実な声もつぶされてさ、それでいてそれがまかり通る連中のいる国会に、庶民のために何ができるんだ?
だーかーらー、「日本死ね」とも日本人から言われるんだ。
その言い方そのものは賛成できんでも、そんだけの憤り、理不尽さは痛いほどわかる。
でも、それでも自分たちの立場が究極にどーこーなることなければ、より一層そういう議員連中は「自分たちさえよければいい」で任期いっぱい無難にやって、んで、また再選されるのに知恵使って、あわよくば天下りもできて、資産もため込んで、年金もたくさんもらい、庶民とかけ離れた生活のまま、ホントの庶民の生活や現実がわからんまますごせるわけで。
まさしくそれで天命をまっとうできたら庶民のことなんか知らんでもいいもんな(笑)。
そんな連中は最初からいらんやろ。
なんのための「国会議員」なんだ?・・
今のこの時期、震災から5年、ともよく言われてる。
そういう大きな対応も、国しかできんことで、国がもっとホンキでやってりゃあ、カネの使い方も対応の仕方も時間のかかり方もまだマシになってたかもしれん、東北の人たちの生活や実情がまだよりよくできてるかもしれん。でも、そこもやはりまだヒトゴトで永田町でゴチャゴチャやってるだけのようにも思える。
選挙の時だけ庶民に向かってアピールはすれど、うかればどこで何やってるかもわからん、んで、そんな庶民の生活はラクにはならんし、理不尽なことばっかで制度が作られる。そして今回のような、リアルで切実な問題提起みたいなことがあっても、まったく国民の感覚とは合わないリアクションで受け止められる。
それで「政治家?」、「国会議員?」(笑)
それでこれまた彼らも「先生、先生」と呼ばれる立場。
カン違いしてる連中が多そう。
彼らは一体何がしたいねん。
こんな仕組みで実際に国が目に見えてよくなるわけがない・・。
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