力に頼らない護身術(顔面パンチへの対処例)
(福岡県京都郡苅田町「合気道 真風会」)
前人未踏の69連勝を記録した昭和の大横綱、双葉山のお話をご紹介します。
1939年1月15日、69連勝中の双葉山が、安芸ノ海に敗れとき、「70連勝ならず」と当時の新聞は大きく報じたそうです。
この時、双葉山が知人に宛てた電報の文面が、あの有名な「イマダ モッケイタリエズ フタバ」です。
以下、ウィキペディアより引用します。
”木鶏(もっけい)とは、荘子(達生篇)に収められている故事に由来する言葉で、木彫りの鶏のように全く動じない闘鶏における最強の状態をさす。
故事では紀悄子(きせいし)という鶏を育てる名人が登場し、王からの下問に答える形式で最強の鶏について説明する。
紀悄子に鶏を預けた王は、10日ほど経過した時点で仕上がり具合について下問する。
すると紀悄子は、 『まだ空威張りして闘争心があるからいけません』 と答える。
更に10日ほど経過して再度王が下問すると 『まだいけません。
他の闘鶏の声や姿を見ただけでいきり立ってしまいます』 と答える。
更に10日経過したが、 『目を怒らせて己の強さを誇示しているから話になりません』 と答える。
さらに10日経過して王が下問すると 『もう良いでしょう。他の闘鶏が鳴いても、全く相手にしません。
まるで木鶏のように泰然自若としています。その徳の前に、かなう闘鶏はいないでしょう』 と答えた。”
知人からこの話を聞いた双葉山は、自ら土俵の「木鶏」になろうと精進したそうです。
「双葉山の凄さは69連勝よりも、相撲を相撲道に高めたこと。相撲を通して人間を磨いたことに、双葉山の真価がある。」という話を聞いたことがあります。
鍛え上げた身体と”木鶏のような不動心”。
この場所は4敗するも、次の場所は全勝優勝、安芸ノ海に敗れることは、二度となかったそうです。