新たに1人の遺体発見、死者は5人に 山形特急転覆 (朝日新聞) - goo ニュース
山形県庄内町のJR羽越線で特急「いなほ14号」が脱線・転覆した事故で、県警は27日午後4時前、新たに1人の遺体を発見した。これで、事故による死者は計5人になった。遺体は大破した先頭車両の6号車付近に閉じこめられており、発見が遅れた。
県警には、同県鶴岡市の検察事務官の女性(28)の母親から「事故列車に乗った娘が鶴岡についていない」との連絡が入っていた。
また、これとは別に、複数の乗客から「先頭車両に4~5歳の女の子を連れた母親が乗っていて、女の子が歌をうたっていたのを見た」などとの情報も寄せられた。
迫り来る地吹雪の中、懸命な救助活動に関わった皆さんにはお疲れ様と言いたかったところなのだが、初動体制の不備を指摘されても仕方ないのであろうか。この悪条件の下における救助活動で、一旦捜索が打ち切られた後の再捜索だけに、関係者の疲労の蓄積が心配される。未だ行方不明の母子2名に関しては、手違いで乗っていなかったことを祈るのみだが…。
強風規制 3年半で98回 最上川の鉄橋 山形・特急脱線 (産経新聞) - goo ニュース
9割、冬季に集中
山形県庄内町のJR羽越線脱線転覆事故で、電車が現場手前の最上川の鉄橋上を通過時、強風による減速や停車の運転規制が、平成四年六月から七年十二月までの約三年半の間に計九十八回あったことがJR東日本の調べで二十七日、分かった。内訳は風速二五メートル以上で速度を規制した例が八十二回、三〇メートル以上で運転を見合わせた例が十六回だった。運転規制の九割が十一月から三月の冬季に集中しており、脱線が突風によるものとする推定根拠のひとつとなりそうだ。
JR東日本の在来線では二百二十二カ所の風速規制場所があり、うち危険度が高い四十一カ所は風速二〇メートルで減速する「早め規制」の区間がある。だが、この鉄橋を含む百八十一カ所は発生時の風速二〇メートルは指令が警戒するだけでよく、指令から鈴木高司運転士に風速の情報伝達はなかった。風速二〇メートルは、減速や停車の規制値以下で、二五メートル以上で速度規制し、三〇メートル以上で運転を見合わせる区間のためだ。
この鉄橋が三年半で百回近い風速規制があったのに「早め規制」区間としなかったことについて、JR東日本は「地形などを総合的に勘案した」と説明している。また、JR東日本管内で橋に暴風さくを設けているのは四カ所だけで、トラフ橋の最上川鉄橋には暴風さくはなかった。
JR東日本は事故調査結果を待って脱線原因が強風による影響と断定された場合は鉄橋の暴風対策を強化する方針で、この鉄橋を「早め規制」区間に組み入れる方向。また、鉄橋周辺の防護さく、防風林の設置や、風速計設置の位置や増設も検討課題となりそうだ。
どうもマスコミや一部ブロガー達の中には、春の尼崎事故の時もそうだったが、とにかくJR憎しとばかりにJRを叩いておけばそれでよいとする風潮があるように見受けられるが、今回の事故の場合はまったくをもっての天災であり、JRを叩いたところで事故を防げたわけでも、死者を救えたわけでもないのである。尼崎事故の時と違って、突発的な想定外の強風に煽られて列車が脱線転覆したというのはもはや自明の理であり、JRの危機管理体制の甘さを指摘したところで、単なる反権力の訴追のそれでしかない。もちろん、無事故で運行業務を遂行するに至ることに越したことはないのだが、では今回の場合、JRの危機管理体制の甘さを指摘し、風速20メートルの段階で運行を見合わせたらどうなるのか。首都圏なら交通網が壊滅的になるのは間違いない。
鉄道は、その昔から、どんな悪条件下でさえも、「運行できるところは運行する」という方針でそのシステムを成り立たせていった。それはもちろん、鉄道が情報の伝搬という重要な使命を担っていた頃の話で時代錯誤なのだが、その昔はどんな悪条件下に於いても「要確保列車」として、どんなことをしても運転を確保する列車が存在したことからも伺い知れることが出来る。
もちろん、現在は「疑わしきは運行見合わせ」というシステムが出来上がり、ちょっとでも異常が見つかれば運行を停止するように出来てはいるが、それでも、悪条件下においても最大限の努力を払って列車をぎりぎりの段階で運行させるのが鉄道業としての使命であり、今回の事故は、悪条件下に不運が重なった事案として捉えるのが筋と考える。
山形県庄内町のJR羽越線で特急「いなほ14号」が脱線・転覆した事故で、県警は27日午後4時前、新たに1人の遺体を発見した。これで、事故による死者は計5人になった。遺体は大破した先頭車両の6号車付近に閉じこめられており、発見が遅れた。
県警には、同県鶴岡市の検察事務官の女性(28)の母親から「事故列車に乗った娘が鶴岡についていない」との連絡が入っていた。
また、これとは別に、複数の乗客から「先頭車両に4~5歳の女の子を連れた母親が乗っていて、女の子が歌をうたっていたのを見た」などとの情報も寄せられた。
迫り来る地吹雪の中、懸命な救助活動に関わった皆さんにはお疲れ様と言いたかったところなのだが、初動体制の不備を指摘されても仕方ないのであろうか。この悪条件の下における救助活動で、一旦捜索が打ち切られた後の再捜索だけに、関係者の疲労の蓄積が心配される。未だ行方不明の母子2名に関しては、手違いで乗っていなかったことを祈るのみだが…。
強風規制 3年半で98回 最上川の鉄橋 山形・特急脱線 (産経新聞) - goo ニュース
9割、冬季に集中
山形県庄内町のJR羽越線脱線転覆事故で、電車が現場手前の最上川の鉄橋上を通過時、強風による減速や停車の運転規制が、平成四年六月から七年十二月までの約三年半の間に計九十八回あったことがJR東日本の調べで二十七日、分かった。内訳は風速二五メートル以上で速度を規制した例が八十二回、三〇メートル以上で運転を見合わせた例が十六回だった。運転規制の九割が十一月から三月の冬季に集中しており、脱線が突風によるものとする推定根拠のひとつとなりそうだ。
JR東日本の在来線では二百二十二カ所の風速規制場所があり、うち危険度が高い四十一カ所は風速二〇メートルで減速する「早め規制」の区間がある。だが、この鉄橋を含む百八十一カ所は発生時の風速二〇メートルは指令が警戒するだけでよく、指令から鈴木高司運転士に風速の情報伝達はなかった。風速二〇メートルは、減速や停車の規制値以下で、二五メートル以上で速度規制し、三〇メートル以上で運転を見合わせる区間のためだ。
この鉄橋が三年半で百回近い風速規制があったのに「早め規制」区間としなかったことについて、JR東日本は「地形などを総合的に勘案した」と説明している。また、JR東日本管内で橋に暴風さくを設けているのは四カ所だけで、トラフ橋の最上川鉄橋には暴風さくはなかった。
JR東日本は事故調査結果を待って脱線原因が強風による影響と断定された場合は鉄橋の暴風対策を強化する方針で、この鉄橋を「早め規制」区間に組み入れる方向。また、鉄橋周辺の防護さく、防風林の設置や、風速計設置の位置や増設も検討課題となりそうだ。
どうもマスコミや一部ブロガー達の中には、春の尼崎事故の時もそうだったが、とにかくJR憎しとばかりにJRを叩いておけばそれでよいとする風潮があるように見受けられるが、今回の事故の場合はまったくをもっての天災であり、JRを叩いたところで事故を防げたわけでも、死者を救えたわけでもないのである。尼崎事故の時と違って、突発的な想定外の強風に煽られて列車が脱線転覆したというのはもはや自明の理であり、JRの危機管理体制の甘さを指摘したところで、単なる反権力の訴追のそれでしかない。もちろん、無事故で運行業務を遂行するに至ることに越したことはないのだが、では今回の場合、JRの危機管理体制の甘さを指摘し、風速20メートルの段階で運行を見合わせたらどうなるのか。首都圏なら交通網が壊滅的になるのは間違いない。
鉄道は、その昔から、どんな悪条件下でさえも、「運行できるところは運行する」という方針でそのシステムを成り立たせていった。それはもちろん、鉄道が情報の伝搬という重要な使命を担っていた頃の話で時代錯誤なのだが、その昔はどんな悪条件下に於いても「要確保列車」として、どんなことをしても運転を確保する列車が存在したことからも伺い知れることが出来る。
もちろん、現在は「疑わしきは運行見合わせ」というシステムが出来上がり、ちょっとでも異常が見つかれば運行を停止するように出来てはいるが、それでも、悪条件下においても最大限の努力を払って列車をぎりぎりの段階で運行させるのが鉄道業としての使命であり、今回の事故は、悪条件下に不運が重なった事案として捉えるのが筋と考える。
同じ「JR」というだけで、いかにも大衆の関心をあおるかのような論調は、確かに疑問を禁じえません。
但し、安全対策をより充実させる必要はありますね。
安全対策は、これで充実されるでしょうね。
しかし気象には鉄道側もいかんともしがたいわけで…。
予測のつかない自然に対し、何処までの対策を打つのかという線引きは非常に難しいものがあると思います。
今の時点でJRを吊し上げたりあら捜しをするような報道は避けるべきですね。
JRの責任を追求したがる姿勢には疑問を禁じ得ません。