※この記事は2020年1月に書かれたものですが、皆さんに是非読んでほしいという思いから、常にトップページに表示されるように、投稿日時を意図的に改変しています。
もうすぐ新学習指導要領が完全実施される。
それには「主体的対話的で深い学び」をやれと書かれている。
では、「主体的~」とは何か。
詳しくは学習指導要領を読んでくれ、となってしまうのだが
ざっくばらんに言うと
・生徒が自分で課題を見つけ、その課題を周囲の者との対話・議論を通して解決するような授業が良い授業である。
・そのような活動が、深い学びになる。
・従来の、講義調の、知識を伝えるばかりの授業展開は認められない。
といったところだろうか。
もちろん、話し合いばかりをやらせるのではなく、話し合いに必要な前提知識の教え込みも大切だ、とも書かれている。
さて、これでなぜ授業が崩壊するのか?の話をする前に、多くの公立中学校で採用されている学級編成のシステムについて説明しなければならない。
そのシステムとは、「クラス間に学力的な差を作らないように編成する」というものである。
なぜそうするのかというと、中学校では、合唱コンクールなど、クラス同士で競わせる行事があるからだ。
もしも、「優秀なクラス」「優秀でないクラス」が存在していたら、その行事が成立しなくなる。
「優秀でないクラス」に勝ち目はなく、しらけたムードが蔓延するに違いないのだ。
それを回避するためである。
すると必然的に、クラスというものは「学力的に優秀な子」「学力的に中間層な子」「学力的に優秀でない子」の混成になるのである。
問題は、その学力的にばらつきのある生徒集団に対して
「課題を自分で見つけろ」
「課題解決の方法を考えろ」
「課題解決のために話し合いをしろ」
等の活動を積極的に生徒にやらせることを教師に求めているのが新学習指導要領だということだ。
学力的に中間層以下の子(特に下位層の子)の気持ちになってほしい。
「課題を見つけろと言われても、何をすれば良いの?」
「自分で調べろ、って言われても、そんなの大変。教えてよ……」
「先生が言っていること、教科書に書いてあることを理解するのも大変」
「話し合いをしろって何を話せば良いの?」
もしかしたら「塾の先生は教えてくれるのに、学校の先生は不親切だ」という学校不信につながってしまうかもしれない。
特に下位層の子は、もっと深刻だ。
「話し合えと言われたが、周囲が何を話しているのかすらわからない」
そんな生徒すら出てくるだろう。
これでは深刻な疎外感を感じることであろう。
もしくは、話し合いに必要な前提知識がそもそも定着していない可能性がある。
それなのに、「自分の意見を持って、しっかり発表をしましょう」と強いられるなんて、生徒にとっては拷問でしかない。
上位層の子にとっては、果たしてこのような議論は有意義になるのだろうか?
答えは否であると筆者は思う。
なぜならば、自習または塾の授業による先行学習で、すでに結論を知っている可能性が高いからだ。
すなわち、「答えを知っているから、話し合うことがない」となっている恐れがあることだ。
その場合は、その子は「授業にまじめに参加しているフリ」をすることを強いられる。
以上の理由から、現状のまま新学習指導要領が実施された場合、筆者は次のようになるだろうと予言する。
「下位層は恐怖心と疎外感を、上位層は不毛感と虚無感を感じるであろう。それは公立中学校の授業崩壊、そして最終的には学校崩壊につながるだろう。」
これを阻止するには、新学習指導要領を大きく方向転換するか、
新学習指導要領を実施する前に生徒が習熟度別に授業を受ける体制を整えるかどちらかをすべきである。
まあ、どちらにしても手遅れ感があるが。
一つだけ朗報があるとすれば、大学入試改革だ。
あれにより、かなり前に決まったことで、施行間近なことでも、反対運動をすれば文科省は折れる可能性があると言うことが示された。
新学習指導要領に対しても、筆者は、強い疑問を表明する。
アンケートフォームを作りました。
是非参加してください。
アンケートフォームはこちら。
もうすぐ新学習指導要領が完全実施される。
それには「主体的対話的で深い学び」をやれと書かれている。
では、「主体的~」とは何か。
詳しくは学習指導要領を読んでくれ、となってしまうのだが
ざっくばらんに言うと
・生徒が自分で課題を見つけ、その課題を周囲の者との対話・議論を通して解決するような授業が良い授業である。
・そのような活動が、深い学びになる。
・従来の、講義調の、知識を伝えるばかりの授業展開は認められない。
といったところだろうか。
もちろん、話し合いばかりをやらせるのではなく、話し合いに必要な前提知識の教え込みも大切だ、とも書かれている。
さて、これでなぜ授業が崩壊するのか?の話をする前に、多くの公立中学校で採用されている学級編成のシステムについて説明しなければならない。
そのシステムとは、「クラス間に学力的な差を作らないように編成する」というものである。
なぜそうするのかというと、中学校では、合唱コンクールなど、クラス同士で競わせる行事があるからだ。
もしも、「優秀なクラス」「優秀でないクラス」が存在していたら、その行事が成立しなくなる。
「優秀でないクラス」に勝ち目はなく、しらけたムードが蔓延するに違いないのだ。
それを回避するためである。
すると必然的に、クラスというものは「学力的に優秀な子」「学力的に中間層な子」「学力的に優秀でない子」の混成になるのである。
問題は、その学力的にばらつきのある生徒集団に対して
「課題を自分で見つけろ」
「課題解決の方法を考えろ」
「課題解決のために話し合いをしろ」
等の活動を積極的に生徒にやらせることを教師に求めているのが新学習指導要領だということだ。
学力的に中間層以下の子(特に下位層の子)の気持ちになってほしい。
「課題を見つけろと言われても、何をすれば良いの?」
「自分で調べろ、って言われても、そんなの大変。教えてよ……」
「先生が言っていること、教科書に書いてあることを理解するのも大変」
「話し合いをしろって何を話せば良いの?」
もしかしたら「塾の先生は教えてくれるのに、学校の先生は不親切だ」という学校不信につながってしまうかもしれない。
特に下位層の子は、もっと深刻だ。
「話し合えと言われたが、周囲が何を話しているのかすらわからない」
そんな生徒すら出てくるだろう。
これでは深刻な疎外感を感じることであろう。
もしくは、話し合いに必要な前提知識がそもそも定着していない可能性がある。
それなのに、「自分の意見を持って、しっかり発表をしましょう」と強いられるなんて、生徒にとっては拷問でしかない。
上位層の子にとっては、果たしてこのような議論は有意義になるのだろうか?
答えは否であると筆者は思う。
なぜならば、自習または塾の授業による先行学習で、すでに結論を知っている可能性が高いからだ。
すなわち、「答えを知っているから、話し合うことがない」となっている恐れがあることだ。
その場合は、その子は「授業にまじめに参加しているフリ」をすることを強いられる。
以上の理由から、現状のまま新学習指導要領が実施された場合、筆者は次のようになるだろうと予言する。
「下位層は恐怖心と疎外感を、上位層は不毛感と虚無感を感じるであろう。それは公立中学校の授業崩壊、そして最終的には学校崩壊につながるだろう。」
これを阻止するには、新学習指導要領を大きく方向転換するか、
新学習指導要領を実施する前に生徒が習熟度別に授業を受ける体制を整えるかどちらかをすべきである。
まあ、どちらにしても手遅れ感があるが。
一つだけ朗報があるとすれば、大学入試改革だ。
あれにより、かなり前に決まったことで、施行間近なことでも、反対運動をすれば文科省は折れる可能性があると言うことが示された。
新学習指導要領に対しても、筆者は、強い疑問を表明する。
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