①「新型コロナウイルス 感染症対策の現状を踏まえた 学校 教育活動 に関する提言」
(https://www.mext.go.jp/content/20200501-mxt_kouhou02-000004520_1.pdf)
②「新型コロナウイルス感染症対策としての学校の臨時休業に係る学校運営上の工夫について(通知)」
(https://www.mext.go.jp/content/20200501-mxt_kouhou02-000004520_2.pdf)
この2つが、5月1日付けで出された文書です。
①が大まかな方針、②が具体的な方策っていう感じですかね。
私は、この2つの文書をまとめて「新ガイドライン」と呼ぶことにしました。
これを読んで思ったことを書きます。
まず衝撃的だったのが、①のこの一節。
「現在のように、学校における感染リスクをゼロにするという前提に立つ限り、学校に子供が通うことは困難であり、このような状態が長期間続けば、子供の学びの保障や心身の健康などに関して深刻な問題が生じることとなる。
この感染症については持続的な対策が必要であることを踏まえれば、社会全体が、長期間にわたりこの新たなウイルスとともに生きていかなければならないという認識に立ち、その上で、子供の健やかな学びを保障するということとの両立を図るため、学校における感染及びその拡大のリスクを可能な限り低減しつつ 段階的に実施可能な教育活動を開始し、その評価をしながら再開に向けての取組を進めていくという考えが重要である。」
「ウイルスと共に生きよう」ってもののけ姫かよ!
とまあ、冗談はさておき。
私は以前より、「リスクがあるうちに学校を再開するのはいかがなものか」とブログで主張してきました。
ところが文科省は、新ガイドラインで
・リスクがゼロになるのを待つのは現実的ではない。
・リスクをある程度負わせても良いから、学校を再開させた方が良い。
・ただし、いきなりいつも通りというわけにはいかないから、リスクを少なくできるような工夫をせよ。
・優先順位を付けよ。小1、小6、中3が優先度が高い。
と言っているわけです。
これをどう思うかですよね。
私は、これに賛同できません。
学校を再開すると言うことは、登校を強いると言うことです。
それによってリスクを負うのは学校・教師側ではなく児童生徒でありその家族です。
そもそも、世間は、リモートワークとかテイクアウトとかドライブスルーとか、「どうやって外出を最小限にとどめるか?」という方向性で悩んでいます。
それなのになぜ文科省は「どうやって児童生徒を登校させるか?」の方向で議論をしているのでしょうか。
児童生徒をコロナが落ち着くまで家にとどめるという前提で、「何かできることはないだろうか?」という発想の方が妥当だと私は思っています。
さて、②の方に話題を移しましょう。
コロナが完全に収束していない情勢下で学校を再開するにあたり、取るべき対策の例が挙げられています。
3密を回避しろだとか、様々なことが書いてありますので、是非お読みください。
象徴的な例として、この図を紹介しましょう。
これらの対策を読んで、私は、たとえるならば
「大きな音を出さないように気をつけながら、カラオケパーティーを楽しみましょう」
と言っているのと同じじゃないか、と思いました。
カラオケパーティーは、大きな音を出しても、誰にも迷惑がかからないような状況でやるべきなのです。
また、休み時間とかはどうするのでしょうか。
久々に学校に来て、級友と談笑したい……そんな当たり前のことを、我々教師に制止せよと?
前にも書きましたが、3密回避を徹底して学校を再開したら
授業は生徒生徒間・教師生徒間のコミュニケーションが少ない、意義に疑問があるものになり
休み時間や給食でのコミュニケーションも制限された、まるで少年院のような雰囲気になると予想されます。
リスクを負わせて登校させるのに、それはないだろう、と思います。
私は、以前、「児童生徒を家から出さない」という前提の元、やるべき支援は何か、という意見を書きました。
新ガイドラインは、それとは全く違う方向性のものでした。
頭が痛いです。
保護者の皆様におかれましては、文科省が各教育委員会に発出している文書を、逐一読まれることをオススメします。
常に、文科省のHPで公開されています。
修飾語が多く、1文が長いので、とても読みにくいですが、全国の教師の行動根拠になるものです。
是非読んで、場合によっては批判の声を上げることも必要かと思います。
また、文科省は今後、このような文書を出すときは「保護者向け概要版」も出すべきだと思いました。
でも多分出してくれないので、みんなで頑張って読みましょう。
この件についてどう思いますか?
皆さんの意見をお寄せください。
ご意見はこちらまで。
(https://www.mext.go.jp/content/20200501-mxt_kouhou02-000004520_1.pdf)
②「新型コロナウイルス感染症対策としての学校の臨時休業に係る学校運営上の工夫について(通知)」
(https://www.mext.go.jp/content/20200501-mxt_kouhou02-000004520_2.pdf)
この2つが、5月1日付けで出された文書です。
①が大まかな方針、②が具体的な方策っていう感じですかね。
私は、この2つの文書をまとめて「新ガイドライン」と呼ぶことにしました。
これを読んで思ったことを書きます。
まず衝撃的だったのが、①のこの一節。
「現在のように、学校における感染リスクをゼロにするという前提に立つ限り、学校に子供が通うことは困難であり、このような状態が長期間続けば、子供の学びの保障や心身の健康などに関して深刻な問題が生じることとなる。
この感染症については持続的な対策が必要であることを踏まえれば、社会全体が、長期間にわたりこの新たなウイルスとともに生きていかなければならないという認識に立ち、その上で、子供の健やかな学びを保障するということとの両立を図るため、学校における感染及びその拡大のリスクを可能な限り低減しつつ 段階的に実施可能な教育活動を開始し、その評価をしながら再開に向けての取組を進めていくという考えが重要である。」
「ウイルスと共に生きよう」ってもののけ姫かよ!
とまあ、冗談はさておき。
私は以前より、「リスクがあるうちに学校を再開するのはいかがなものか」とブログで主張してきました。
ところが文科省は、新ガイドラインで
・リスクがゼロになるのを待つのは現実的ではない。
・リスクをある程度負わせても良いから、学校を再開させた方が良い。
・ただし、いきなりいつも通りというわけにはいかないから、リスクを少なくできるような工夫をせよ。
・優先順位を付けよ。小1、小6、中3が優先度が高い。
と言っているわけです。
これをどう思うかですよね。
私は、これに賛同できません。
学校を再開すると言うことは、登校を強いると言うことです。
それによってリスクを負うのは学校・教師側ではなく児童生徒でありその家族です。
そもそも、世間は、リモートワークとかテイクアウトとかドライブスルーとか、「どうやって外出を最小限にとどめるか?」という方向性で悩んでいます。
それなのになぜ文科省は「どうやって児童生徒を登校させるか?」の方向で議論をしているのでしょうか。
児童生徒をコロナが落ち着くまで家にとどめるという前提で、「何かできることはないだろうか?」という発想の方が妥当だと私は思っています。
さて、②の方に話題を移しましょう。
コロナが完全に収束していない情勢下で学校を再開するにあたり、取るべき対策の例が挙げられています。
3密を回避しろだとか、様々なことが書いてありますので、是非お読みください。
象徴的な例として、この図を紹介しましょう。
これらの対策を読んで、私は、たとえるならば
「大きな音を出さないように気をつけながら、カラオケパーティーを楽しみましょう」
と言っているのと同じじゃないか、と思いました。
カラオケパーティーは、大きな音を出しても、誰にも迷惑がかからないような状況でやるべきなのです。
また、休み時間とかはどうするのでしょうか。
久々に学校に来て、級友と談笑したい……そんな当たり前のことを、我々教師に制止せよと?
前にも書きましたが、3密回避を徹底して学校を再開したら
授業は生徒生徒間・教師生徒間のコミュニケーションが少ない、意義に疑問があるものになり
休み時間や給食でのコミュニケーションも制限された、まるで少年院のような雰囲気になると予想されます。
リスクを負わせて登校させるのに、それはないだろう、と思います。
私は、以前、「児童生徒を家から出さない」という前提の元、やるべき支援は何か、という意見を書きました。
新ガイドラインは、それとは全く違う方向性のものでした。
頭が痛いです。
保護者の皆様におかれましては、文科省が各教育委員会に発出している文書を、逐一読まれることをオススメします。
常に、文科省のHPで公開されています。
修飾語が多く、1文が長いので、とても読みにくいですが、全国の教師の行動根拠になるものです。
是非読んで、場合によっては批判の声を上げることも必要かと思います。
また、文科省は今後、このような文書を出すときは「保護者向け概要版」も出すべきだと思いました。
でも多分出してくれないので、みんなで頑張って読みましょう。
この件についてどう思いますか?
皆さんの意見をお寄せください。
ご意見はこちらまで。