名無しの教師の日誌

ある公立中学校教師の教育私論と日記です。

教師の自主的な時間外労働が無くならない理由

2017-08-24 00:50:25 | 教育に関する私論
教師の自主的な時間外労働はなぜ無くならないのでしょう?

「時間外労働をしなくても、成果を上げれば、認められるはずだ」という意見を聞きますね。

一般論としては、そうかもしれません。

しかしながら、教師の場合は、事情が違うと自分は考えます。

なぜならば、現在の学校公教育のシステムでは、時間外労働をすることが、成果を上げる近道だからです。



一般的には、残業という表現が使われますが

教師の場合は、朝、始業より早く来て行なう業務がかなり重要です。

なので、勤務時間外労働略して時間外労働とここでは呼ぶことにします。



さて、本題に入る前に、教師の成果とは何かを定義しておきましょう。

教師の成果は難しいです。

例えば、営業職なら、いくら売った、どれだけ契約を取った、が成果としてわかりやすいですし

予備校講師なら、難関大学に何人受かった、とか、センター試験でどれだけ取れた、とかが成果になります。

教育基本法によれば、教育の目的は

教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

と示されています。

教育を実行するのが教師ですから、これが教師の仕事の目的であると言い換えても良いと思います。

で、難しい言葉なので、筆者は

・子どもの人間性をはぐくむこと。
・子どもにある程度の教養を持たせること。
・子どもに生活する上で困らない程度の体力や自己管理能力を身につけさせること。


であると解釈しています。

極端な言い方をですが

どんなに熱血に、自分の時間を削って指導をしても、自分の教え子が平和を脅かし民主国家の転覆を謀るような危険人格の持ち主に育ってしまっては、それは成果が出ていないと言えますし

どれだけテキトーに、情熱なく子どもと接していても、子どもが人間的に成長し、様々な知識・教養を身につけ、適度に運動し生活習慣を維持しようと努める姿勢がつけば、それは成果が出たと言えます。


ところが、これらの成果は、分かるまで数年~十数年かかりますし、客観的に数値化されるものでもありません。

つまり、本来の教師の仕事の成果は、視点が長期的すぎるのです。



そこで、ここでは、次のように、短期的な視点で、教師の成果を定義したいと思います。

【レベルの低い成果】
・子どもが、教師の指導やルールに従い、学校または学級の最低限の秩序が保たれている。学級崩壊していない。
・いじめや差別等が無い。
・授業が成立している。
・子どもの、朝起きて学校に来て夜寝るというリズムが維持されている。
……など

【レベルの高い成果】
・子どもが、前向きな姿勢で学校に通っている。
・学級の自治力が成熟し、教師の指示が無くてもある程度の秩序が保たれる。
・子どもが、向上心を持って、授業や宿題に取り組んでいる。
・子どもが、お互いの差異や個性などを理解し、お互いに認め合いが成立している。
・自分の健康増進のためにできることを、子どもが自ら考え、実行している。
……など

こう書くと

「じゃあ何を尺度に、それがどうなっていれば、子どもは前向きな姿勢で学校に通えていると判断できるのか?」

となりますよね。

正直、そうなると反論できません。

子どもの日記とか、保護者の声とか、極めて主観的なものでしかはかれないので、やはり教師の仕事の評価って難しいなぁ、って思います。



教師は、まず【レベルの低い成果】を出す事を目的とし、これらがなされれば、【レベルの高い成果】を目指します。

つまり、【レベルの低い成果】を出さないと、話にならないのです。

さて、【レベルの低い成果】を出すためには、何をすれば良いでしょうか?

校則を大きな声で力説することでしょうか?

ルールを破った子どもを、大声で叱責することでしょうか?

いじめはいけない、差別は人としてやってはいけないことだ、と繰り返し説諭することでしょうか?

「みんな、朝は元気に起きるものだぞ!」とでかい声で朝の挨拶をすることでしょうか?


これで、成果が上がるなら、多分ロボットが教師をやった方が良いです。

私がついさっき書いたことをやってくるような教師を想像して下さい。

そんな人が担任だったら、いやでしょう?

もしかしたら、そんな人が担任で、学生時代いやな思いをした、って人もいるのでは?



教師って、営業職と似ている部分があるな、と最近感じます。

例えば、商品や契約に関する説明能力は同程度の営業マンが2人いると仮定して

片方は、商品の説明しかしてくれない人。

もう片方は、商品の説明に加え、雑談に付き合ってくれたり、特に用が無くても顔を出して、笑顔で挨拶をしてくれたり、商品以外の部分でも困っていたら助けてくれるような人。

どっちから買いたいです?

後者ですよね。

これ教師も一緒です。

我々の商品は、主に授業なんですけど

授業しかしない先生と

朝の時間に教室にいて挨拶をしてくれたり、授業の間に雑談に付き合ってくれたり、困ったことがあったら助けてくれるような先生

どちらが子どもの目には良い先生に映るでしょう?


こうゆうことを積み重ねて、「あいつは良い先生だ」と思われたり「あいつの言うことなら聞いてやるか」と生徒に思われるようになれば

あとは自然と【レベルの低い目標】は達成されます。


【レベルの高い目標】については長くなるのでここでは書きませんが

何にせよ、【レベルの低い目標】が達成されないと、話にならないということは、繰り返しになりますが、書いておきます。



さて、では、先ほど書いたような

朝の時間に教室にいて挨拶をしてくれたり、授業の間に雑談に付き合ってくれたり、困ったことがあったら助けてくれるような先生

をやるには、どうすると良いでしょうか?

やり方は色々ありますが、残念ながら、今のシステムでは、時間外労働が最短ルートです。

以下に、その時間外労働の具体例を書きます。



私の勤務先では(どこも一緒だと思うけど)始業時間は、8:15ですが、子どもの登校時間も8:15です。

そんな遅刻ギリギリを攻める生徒はまれなので、実際にはもっと早くからみんな来ます。

だから、8時前には学校に行き、教室に不備があれば直し、夏場であれば暑いので窓を開け換気し、子どもが来たら挨拶をする。

完全な、始業前の仕事になりますね。



休み時間や昼休みの時間、やろうと思えば、子どもの目が届かない部屋で、あまり長時間ではありませんが、休憩することは可能です。

ですが、その短時間の休憩すら惜しみ、教室や廊下におり、生徒の雑談に付き合う。

これも、労働環境としてはどうなんだと思いますが、良き教師の姿だと思います。



生徒にとって、困ったことがあったら助けてくれる先生。

どうしたらなれるでしょうか?

実は、これには最近よくニュースで話題になる部活の時間がプラスになったりします。

授業時間中や、授業の合間の短い休み時間に、先生に悩みごとを相談するって、生徒にとっては難易度の高いことです。

そうすると、部活の練習の合間や土日の時間に余裕がある日などに、顧問に相談をする……良くある話です。

逆に、部活動をやっていないと、そのように生徒が「困っている」と言い出す機会の少ない先生になってしまいかねません

ちなみに、自分の経験談を書くと、、自分は去年まで3年間、全く経験の無いスポーツの運動部の主顧問をやらされましたが

子どものために、備品の修繕をしたり、ビブスを洗濯してあげたり、頭下げて他校の顧問の先生に合同練習をお願いしたりしました。

こうゆう姿は、子どもの目に入りますし、「ああ、俺たちのためにあんなことやってくれてるんだ」と生徒が感じることは多いはずです。

ところが、この部活動指導は、何度もニュースなどで取り上げられているような負の側面も持っていますし、そもそもほとんどが時間外労働です。



長くなってしまいました。

まとめますと

現在の学校公教育のシステムでは、時間外労働

すなわち

・朝、始業時間前に出勤し、教室環境を整備したり、生徒とふれあったりすること
・自分の休憩時間も惜しみ、生徒と関わること
・勤務時間終了後にもかかわらず、部活動指導をすること

を地道に行なうことが、最も確実に成果を上げることにつながるのです。


逆に、これらをやらずに生徒と関係を作れる先生は、よっぽど授業力・トーク力または才能のある人だと思います。

そんな先生はとっとと公立小中学校をやめて、どこかの予備校講師か芸能人にでもなった方が良いですよ。

一躍人気になって、「今でしょ!」の人ではありませんが、それだけで生計を立てられると思いますよ。



では、先ほど言ったような時間外労働を行なわずに、平均的な教師が確実に成果を上げるには、どうすれば良いでしょうか?

そのためには、今の学校の姿を、大幅に変える必要があるでしょう。

例えば、生徒の登校を9:30分にする。

そうすれば、教師は8:15に出勤しても、十分に先ほど述べたような朝の業務ができます。

または、教師を大幅増員し、早番と遅番を作る。

次に考えられるのが、授業と授業の休憩時間を長くする。

一般的な学校は、10分の休み時間と、15分または20分の休み時間の組み合わせだと思いますが

どれも20分の休み時間にすれば、教師は十分な休憩を取りつつ、生徒と関われます。

または、教師の大幅増員でも良いでしょう。

さらに考えられるのは、どの部にも最低1人、テクニカルコーチとして、部活動指導員を配置する。

そうすれば、教師は部活動に「いれば良い、場合によってはいなくても良い」存在になることができるので

負担を軽くしつつ、生徒との接点を持てます。

いずれの案も、今の現実とかけ離れているのは分かっていますから、突っ込みは入れないで下さいよ。



なので、いまの学校のシステムのまままでは、教師の時間外労働は無くならないと思います。

むしろ、ある程度経験を積み、仕事が分かってくれば来るほど、時間外労働に向かいます。

私も、新米の頃は、先ほど紹介したような時間外労働をすすめる先輩をうっとおしく思っていましたが、

今ではそれは大きな間違いだったと反省しています。

その先輩達は、時間外労働をすすめていたのでは無く、私に成果への近道を教えてくれていただけなのです。

言い換えると、今の公教育は、時間外労働を基盤としているとも言えます。

ブラック企業・ブラックバイトなどと呼ばれる労働状態が、これだけ社会問題だと言われる今日、これは良いことなのでしょうか?

と、読者の皆様に疑問を投げかけて、この記事を終わります。


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