サンヒョクが帰宅して階段を上がろうとすると、リビングの電話が鳴った。それはチュンサンが院していた病院から父あての電話だった。
「父は不在ですがどなたですか?」
「こちらソンジ病院ですが、カンジュンサンのことでお父様にお話があります」
「なぜ病院から電話なんですか?」
「それが、アメリカの手術のついて書類に不備がありまして、、、、」
「手術?」どういうことですか?」
サンヒョクは電話を切るとすぐにユジンのアパートに車を走らせた。今しがた聞いた医師の言葉を思い出しながら。
「現在も非常に危険な状態が続いています。今手術しても完治する保証はありません」
医師の深刻な物言いから、病状が相当重いことが分かった。あのとき、チュンサンが「もう戻らない」ときっぱり言ったことの意味がようやく理解できた。彼は死んでしまうかもしれない自分が身を引いて、サンヒョクにユジンを頼んでいたのだった。自分はなんて愚かで身勝手だったんだろう。サンヒョクは自分を恥じて悔いていた。
そしてユジンの部屋に急いで飛び込んだ。するとユジンはリビングの椅子にぼんやりと座っていた。いきなり
「ユジン、空港に行くぞ」
と言うサンヒョクに驚いた様子だったが、すぐに
「知ってる、でも昨日チュンサンに約束したから、空港に行かないって」
とあきらめた様子で言った。しかし、サンヒョクは焦った様子で
「バカ、何言ってんだ。そんな場合じゃないんだ。」
そして大きなため息をついて、しばらく言い淀んでいたが、決心して話し始めた。
「僕は君をだましてたんだ。チュンサンに2度と奪われたくなくて、いやあいつが父さんの子だと認めたくなくて、、、黙ってたんだ。」
ユジンは激しいショックを受けていた。
「それって、、、どういうこと?」
「チュンサンは、、、僕の父さんの息子なんだ。だから僕と兄弟で、君の兄さんではないんだ。それから、あいつは死ぬかもしれない、、、。事故の後遺症で失明するか死ぬかもしれないんだ。だから君に黙ってアメリカで手術を受けようと、、、、」
ユジンはハラハラと涙を流していたが、ショック状態で何も考えられなかった。その場から動けなくなってしまったユジンを無理やり引っ張って、サンヒョクは夜の高速を空港に向けて走り出した。ユジンは険しい顔のまま助手席何も言わずに暗闇を見つめていた。彼女は小さく肩をふるわせており、嗚咽と震えはどんどん大きくなっていった。無数の街の明かりが流れ星のように見えるぐらい飛ばして、車は空港に急いだ。早く、早く、間に合ってと二人は願った。
一方チュンサンは空港で時折り後ろを振り返りながらも、搭乗口の列に飲み込まれて行った。ユジンが来てほしいという微かな望みがないかと言えばうそになる。しかし、それ以上に彼女にはもう自分に振り回されずに自分の生き方を貫いて欲しいと思っていた。ユジン来なくていいからね、さようなら、チュンサンは搭乗口の向こうに消えて行った。
空港に着いたユジンとサンヒョクは、いつかの空港のようにニューヨーク行の飛行機の搭乗口を目指して走りに走った。そして搭乗案内口についたものの、時計はすでに10時を指していた。そして案内員が
「当機は10分前に離陸しました」
と明るい声で告げたのだった。
しかたなく二人はとぼとぼと自宅に帰った。サンヒョクはあと10分、いや15分早く着いたら、と悔やみに悔やんでいたが、ユジンはショック状態で何も考えられず、立っているのもやっとの有様だった。サンヒョクがしきりに誤り続けているのはわかっていたが、そんなことはどうでも良かった。ただ自分を責めるばかりで、何も話すことは出来ず、無言のままアパートに着いた。サンヒョクは抜け殻のようになったユジンをアパートに送り届けると帰って行った。ユジンはベッドの上に座ったまま、一睡もせずにその夜は明けていくのだった。