最近、納得することがよくある。私にとっては、納得であり、発見であり、学びでもある。
納得するきっかけは、さまざま。誰かと話している時や、ネット記事や、自分で書いた文章を読み返した時など。そういうことだったのねと、呟く時が多いのである。
その1つは、現在、話題になっている宗教団体との接点が、私の人生では全くなかったと思い込んでいたが、そうではなかったかもしれないということに気づいた。
このブログで、〈このブログの人気記事〉という設定があり、記事タイトルがいくつか並んでいる。人気記事というほど多いアクセスがあるわけではないけれど、前日にアクセスされた記事のタイトルで、
(どの記事が読まれたかしら)
と、気になって、毎日のように見る習慣がある。何年も前の記事だと、こんなことを書いたのねと楽しい気分になり、精神衛生にもいいのである。
その、なつかしさと楽しさのために読み返すのだが、〈このブログの人気記事〉の中に、『ある誘い』というタイトルを見て、書いた記事を読み返したら、あっと気がつき、納得したのである。
その記事を書いたのは13年近く前で、一時期親しくしていたその知人女性とは、次第に疎遠になってしまった。
だから、その知人に確認することはできないが、あの誘いは現在、話題になっている宗教団体への誘いだったのかもしれないと、気がついたのである。
その団体の勧誘方法は、最初は宗教団体名を明かさないことと、被害者相談を受けている弁護士や脱会した人がテレビで言っていた。
私は、その親しかった知人女性が、団体名を質問した時、曖昧な言い方で何故答えなかったかが、妙な気がしたことを記憶している。
また、その知人が心療内科医から紹介された団体というのも気になったことを記憶している。女性医師ということだったが、その医師も宗教団体の信者で、知人女性は苦悩をかかえていたため、紹介というより勧誘されたのかもしれなかった。
被害者相談を受けている弁護士や脱会した人の話では、その団体の信者は献金と勧誘活動を行うと言っていた。
私が一度断っても、数年後にまた講演の誘いの電話をかけてきたことにも、妙な気がした記憶がある。しかも講演は無料なのである。無料の講演は世間にあるのかもしれないけれど、そこで聞いた話がためになったら本を買うというようなことを言っていた記憶もある。
帰りに本を買うなら、本の宣伝が目的の講演なのかと知人女性に質問したら、彼女は慌てたように、買わなくてもいいの、講演の話を聞くだけでいいのと説明した。
その講演は定期的に、年に何回だったか数か月ごとにだったか、頻繁に行われるとも言っていた。
(無料の講演だって新興宗教みたいな話なんて聞きたくないし、読みたくもない本なんか買わないわ)
知人女性には言わなかったが、内心、そう思った。というより、そもそも新興宗教に興味がなかったのである。
思い当たることが他にもいくつかあり、
(そうだわ、私、勧誘されたのだわ)
と気づき、その知人女性の言葉や電話に納得したのである。
納得2つ目は、週刊誌の記事引用のネット記事で、〈患者には出すけど、医者が絶対飲まないクスリ〉というタイトルに惹かれて読んだ時だった。病名や症状ごとにリストになっていて、薬品名と、飲まない理由も記載されている。
(私の知っている薬、ないかしら)
常備薬の中にあるかどうかという気持ちで見ていくが、知らない薬品名ばかり。そう思っていたら――。
(あった!)
ロキソプロフェン! 忘れもしない、昨年、重症の寝違いで診察に行った病院の処方薬の名前である!
このブログでロキソプロフェンをキーワード検索したら、〈調剤薬局〉というタイトルの記事の中に、ロキソプロフェンNaテープとロキソプロフェンNa錠と、間違いなく書いてある! ロキソプロフェンNaテープは湿布薬で、ロキソプロフェンNa錠は処方された3種類の薬の中で何番目かのサイズの錠剤の飲み薬である!
その週刊誌記事引用のネット記事のリストに、病名・症状は頭痛とあり、
――持続時間が短く、1日3回の内服が必要な場合が多い。慢性疼痛には向かない。すぐ胃痛が出る。頭痛は、脳腫瘍や血管障害以外、ほぼ問題ないものと考える――
医師のコメントで、そう記載されている。
そのコメントの文章を、繰り返し、読んだ。
確かに私は1日3回、飲んだ。寝違いは慢性疼痛ではないから、向いている。胃痛は出なかった。副作用は眠気があったかどうか。食欲は減退しなかったかどうか。薬だから副作用は何かあったはずなのに、自覚がなかったのかもしれないが、胃痛はなかった。苦手な錠剤薬を飲めたことがうれしくて舞い上がったような気分だったせいかもしれない。
また、繰り返し読んだ医師のコメントで、
――頭痛は、脳腫瘍や血管障害以外、ほぼ問題ないものと考える――
という文章の意味が、理解できない。脳腫瘍や血管障害の頭痛が問題という意味はわかる。それ以外の頭痛が、ほぼ問題ないものと考える、というコメントが、わからない。頭痛は、頭の痛み、身体の痛みである。シク、シク、シクという頭の痛みを初めて経験し、この上なく辛(つら)くて苦しくて耐え難くて想像したこともないような痛み、少しオーバーに言えば、〈痛烈無比〉と言いたくなるような痛みだった。腹痛の時にするように、寝違いの右首近くの頭の側面をさするとかマッサージをしてみようと思いながら、
(この痛みは何なの、どうして痛いの、ずっと痛みが続くなら、私の人生終わりだわ)
と、深い絶望感に襲われたのである。それは私の心と精神に深くダメージを与えたことになる。肉体の痛みだけではないのだ。それが、どうして、問題ないなんて言えるのだろう。あまり日々勉強していない研究もしたことがない怠慢医師なのかもしれない。きっと、頭痛を経験したことがなく、机上の空論で医療を語るタイプかもと想像される。そんな医師には絶対、出会いたくないものである。
昨年、整形外科で診察してくれた医師の言葉が、今も忘れられない。
「薬は2週間分出しますけど、治ったら飲まないで」
と担当医師に言われて、その時は素直に「はい」と答えただけだったが、病院を出てからや、帰宅後や、寝違いが治癒した以降も、ふとした時に思い出される言葉なのだった。
私にとって、謎だったのである。
――治ったら飲まないで――
の言葉が、どうしても、言わずもがな、の言葉に感じられてしまうのである。
(痛みが治ったら薬を飲まなくなるのは当然なのに……)
市販薬も処方薬も、どんな薬だって、どんな症状だって、治ったら薬を飲まなくなるのは当たり前なのに、何故、わざわざ、「治ったら飲まないで」と言ったのか。ずうっと謎だったのである。副作用があるから治ったら飲まないことを強調したかったのかもという想像は、何となく、すっきりしなかった。
けれど、その週刊誌記事引用のネット記事の、〈患者には出すけど、医者が絶対飲まないクスリ〉のリストにあることを知って、確認しようがないことだけれど、
(そういうことだったのね)
思わず、呟いた。あの医師にとって、ロキソプロフェンは絶対、飲まない薬だったのかもしれない。
だから患者の私にも、なるべく飲まないほうがいい薬、治り次第、飲むのをすぐやめる薬、自分は絶対飲まない薬を患者に出す後ろめたさ、などの認識や潜在心理のため、
――治ったら飲まないで――
という言葉を、思わず口にしたのかもしれない。
そう納得し、発見し、1年余りの謎がようやく解けたのだった。
ちなみに、昨年の重症の首の寝違いで初めて頭痛を経験した後、幸運なことに頭痛は一度も起こらない。
あの頭痛だけは二度と経験したくない。頭痛は絶対に嫌。腹痛のほうが、ずっとマシである。
首の寝違いに気をつけなければ頭痛が起こるかもと思い、就寝前のスマホ・ゲームはあまりしないで、ひたすら翻訳小説を読むことにしているが、途中で睡魔に襲われてしまう時が多いのが不満である。
納得するきっかけは、さまざま。誰かと話している時や、ネット記事や、自分で書いた文章を読み返した時など。そういうことだったのねと、呟く時が多いのである。
その1つは、現在、話題になっている宗教団体との接点が、私の人生では全くなかったと思い込んでいたが、そうではなかったかもしれないということに気づいた。
このブログで、〈このブログの人気記事〉という設定があり、記事タイトルがいくつか並んでいる。人気記事というほど多いアクセスがあるわけではないけれど、前日にアクセスされた記事のタイトルで、
(どの記事が読まれたかしら)
と、気になって、毎日のように見る習慣がある。何年も前の記事だと、こんなことを書いたのねと楽しい気分になり、精神衛生にもいいのである。
その、なつかしさと楽しさのために読み返すのだが、〈このブログの人気記事〉の中に、『ある誘い』というタイトルを見て、書いた記事を読み返したら、あっと気がつき、納得したのである。
その記事を書いたのは13年近く前で、一時期親しくしていたその知人女性とは、次第に疎遠になってしまった。
だから、その知人に確認することはできないが、あの誘いは現在、話題になっている宗教団体への誘いだったのかもしれないと、気がついたのである。
その団体の勧誘方法は、最初は宗教団体名を明かさないことと、被害者相談を受けている弁護士や脱会した人がテレビで言っていた。
私は、その親しかった知人女性が、団体名を質問した時、曖昧な言い方で何故答えなかったかが、妙な気がしたことを記憶している。
また、その知人が心療内科医から紹介された団体というのも気になったことを記憶している。女性医師ということだったが、その医師も宗教団体の信者で、知人女性は苦悩をかかえていたため、紹介というより勧誘されたのかもしれなかった。
被害者相談を受けている弁護士や脱会した人の話では、その団体の信者は献金と勧誘活動を行うと言っていた。
私が一度断っても、数年後にまた講演の誘いの電話をかけてきたことにも、妙な気がした記憶がある。しかも講演は無料なのである。無料の講演は世間にあるのかもしれないけれど、そこで聞いた話がためになったら本を買うというようなことを言っていた記憶もある。
帰りに本を買うなら、本の宣伝が目的の講演なのかと知人女性に質問したら、彼女は慌てたように、買わなくてもいいの、講演の話を聞くだけでいいのと説明した。
その講演は定期的に、年に何回だったか数か月ごとにだったか、頻繁に行われるとも言っていた。
(無料の講演だって新興宗教みたいな話なんて聞きたくないし、読みたくもない本なんか買わないわ)
知人女性には言わなかったが、内心、そう思った。というより、そもそも新興宗教に興味がなかったのである。
思い当たることが他にもいくつかあり、
(そうだわ、私、勧誘されたのだわ)
と気づき、その知人女性の言葉や電話に納得したのである。
納得2つ目は、週刊誌の記事引用のネット記事で、〈患者には出すけど、医者が絶対飲まないクスリ〉というタイトルに惹かれて読んだ時だった。病名や症状ごとにリストになっていて、薬品名と、飲まない理由も記載されている。
(私の知っている薬、ないかしら)
常備薬の中にあるかどうかという気持ちで見ていくが、知らない薬品名ばかり。そう思っていたら――。
(あった!)
ロキソプロフェン! 忘れもしない、昨年、重症の寝違いで診察に行った病院の処方薬の名前である!
このブログでロキソプロフェンをキーワード検索したら、〈調剤薬局〉というタイトルの記事の中に、ロキソプロフェンNaテープとロキソプロフェンNa錠と、間違いなく書いてある! ロキソプロフェンNaテープは湿布薬で、ロキソプロフェンNa錠は処方された3種類の薬の中で何番目かのサイズの錠剤の飲み薬である!
その週刊誌記事引用のネット記事のリストに、病名・症状は頭痛とあり、
――持続時間が短く、1日3回の内服が必要な場合が多い。慢性疼痛には向かない。すぐ胃痛が出る。頭痛は、脳腫瘍や血管障害以外、ほぼ問題ないものと考える――
医師のコメントで、そう記載されている。
そのコメントの文章を、繰り返し、読んだ。
確かに私は1日3回、飲んだ。寝違いは慢性疼痛ではないから、向いている。胃痛は出なかった。副作用は眠気があったかどうか。食欲は減退しなかったかどうか。薬だから副作用は何かあったはずなのに、自覚がなかったのかもしれないが、胃痛はなかった。苦手な錠剤薬を飲めたことがうれしくて舞い上がったような気分だったせいかもしれない。
また、繰り返し読んだ医師のコメントで、
――頭痛は、脳腫瘍や血管障害以外、ほぼ問題ないものと考える――
という文章の意味が、理解できない。脳腫瘍や血管障害の頭痛が問題という意味はわかる。それ以外の頭痛が、ほぼ問題ないものと考える、というコメントが、わからない。頭痛は、頭の痛み、身体の痛みである。シク、シク、シクという頭の痛みを初めて経験し、この上なく辛(つら)くて苦しくて耐え難くて想像したこともないような痛み、少しオーバーに言えば、〈痛烈無比〉と言いたくなるような痛みだった。腹痛の時にするように、寝違いの右首近くの頭の側面をさするとかマッサージをしてみようと思いながら、
(この痛みは何なの、どうして痛いの、ずっと痛みが続くなら、私の人生終わりだわ)
と、深い絶望感に襲われたのである。それは私の心と精神に深くダメージを与えたことになる。肉体の痛みだけではないのだ。それが、どうして、問題ないなんて言えるのだろう。あまり日々勉強していない研究もしたことがない怠慢医師なのかもしれない。きっと、頭痛を経験したことがなく、机上の空論で医療を語るタイプかもと想像される。そんな医師には絶対、出会いたくないものである。
昨年、整形外科で診察してくれた医師の言葉が、今も忘れられない。
「薬は2週間分出しますけど、治ったら飲まないで」
と担当医師に言われて、その時は素直に「はい」と答えただけだったが、病院を出てからや、帰宅後や、寝違いが治癒した以降も、ふとした時に思い出される言葉なのだった。
私にとって、謎だったのである。
――治ったら飲まないで――
の言葉が、どうしても、言わずもがな、の言葉に感じられてしまうのである。
(痛みが治ったら薬を飲まなくなるのは当然なのに……)
市販薬も処方薬も、どんな薬だって、どんな症状だって、治ったら薬を飲まなくなるのは当たり前なのに、何故、わざわざ、「治ったら飲まないで」と言ったのか。ずうっと謎だったのである。副作用があるから治ったら飲まないことを強調したかったのかもという想像は、何となく、すっきりしなかった。
けれど、その週刊誌記事引用のネット記事の、〈患者には出すけど、医者が絶対飲まないクスリ〉のリストにあることを知って、確認しようがないことだけれど、
(そういうことだったのね)
思わず、呟いた。あの医師にとって、ロキソプロフェンは絶対、飲まない薬だったのかもしれない。
だから患者の私にも、なるべく飲まないほうがいい薬、治り次第、飲むのをすぐやめる薬、自分は絶対飲まない薬を患者に出す後ろめたさ、などの認識や潜在心理のため、
――治ったら飲まないで――
という言葉を、思わず口にしたのかもしれない。
そう納得し、発見し、1年余りの謎がようやく解けたのだった。
ちなみに、昨年の重症の首の寝違いで初めて頭痛を経験した後、幸運なことに頭痛は一度も起こらない。
あの頭痛だけは二度と経験したくない。頭痛は絶対に嫌。腹痛のほうが、ずっとマシである。
首の寝違いに気をつけなければ頭痛が起こるかもと思い、就寝前のスマホ・ゲームはあまりしないで、ひたすら翻訳小説を読むことにしているが、途中で睡魔に襲われてしまう時が多いのが不満である。