2008-02-10
1.広大な宇宙ステーション
タケルの乗った宇宙船は、順調に航海を続け、宇宙でも最大級のラミネス宇宙ステーションへ到着していた。
この宇宙ステーションは、地球からの旅行者の疲れを癒すため、地球から運ばれてきた娯楽施設などが、ブロック状に四方八方に広がるようにつながっている。
緊急時には、それぞれの施設に待機している宇宙飛行士が操縦士となり、宇宙ステーションから離脱して、それぞれ安全な場所へと移動する。
砂漠のオアシスのように、何もなく果てしない宇宙への長旅を癒すために、こういった宇宙ステーションがところどころに遊泳していた。
宇宙船の中で暴れだしたタケルは、睡眠を持続させるピコ・マシンを注入され、カプセルの中で静かに眠っている。
タケルの両親は、火星移住者の医療チームのスタッフに事情を説明し、このステーションにしばらく滞在して、タケルと今後のことを話し合ってから、地球へと戻ることにした。
両親は宇宙船から降りると、タケルをカプセルの中で眠らせたまま居住区に運び、入居手続きを終え、Mフォンもこの宇宙ステーションで機能するように、居住区の受付で調整を頼んだ。
タケル達が乗っていた宇宙船は、これまでに生じた故障を直すため、しばらくこのステーションで休息をとり、火星へと出発する予定だ。
タケルの両親にも、心を癒すための休養が必要だ。
睡眠状態のタケルを部屋に残し、2人は宇宙船の乗組員たちとレストランに出かけ、お酒を飲みながら、仲間との別れを惜しんだ。
2人とも、最後の望みと思って取り組んできた、聴力の回復という研究を、こんな形で断念するのは、とてもつらいことだった。
意気投合し合った研究仲間とも、離れがたいし、やっと共同研究にも慣れてからの決断に、慰留を求める医療技師も多い。
しかし、2人ともタケルの耳が聞こえるようにしてやりたい、ということにこだわりすぎて、今のタケルの気持ちを理解してやっていなかった。
宇宙船の中では、ずっと良い子を演じてきたタケル。
これからという時に、大事なパスボーや友達からも離れて火星へ行くという、つらい運命を与えてしまったのに…。
誰にもそのつらさを打ち明けられず、心を病んで急に暴れ始めたのも、考えてみれば無理からぬことだ。
パスボーのプロ選手になりたいという、タケルの希望はかなえてやれそうにないが、せめて人として、充実した人生を送ってもらいたい。
それを実現することが、タケルの誕生を望んだ、親としての役割だと思い直した。
睡眠から覚めたタケルは、普段と何も変わっていなかった。
あの騒ぎがウソのようだ。
しかし、耳が聞こえなくなるという現実は、変えられない。
この子のためなら、地球に帰ってからどんなつらいことが待っていようと、何とかやっていける。
そう決心した両親は、タケルの具合も良さそうなので、さっそく地球に帰ることを告げた。
タケルは、ポカーンとしていた。
あの宇宙船がこの宇宙ステーションに停泊している間に、宇宙船でお世話になった人たちにお別れを言いに、一緒に出かけようと両親は誘ってみた。
もちろん、タケルが宇宙船で暴れてみんなに迷惑をかけたこと、悪態をつき、ケガをさせてしまった人もいることを言って聞かせた。
タケルはしばらくショボンとしていたが、自分のしでかしたこととはいえ、謝りに行くのは、あまり気乗りがしない様子だ。
そこで、父親が「タケルが反省していることをみんなにわかってもらえたら、帰りに宇宙ステーションのゲーム・コーナーで遊んでもいいんだが…」と条件をつけた。
すると、タケルはだまって、出かけるための準備を始めた。