息抜きじゃないですけど、毎回ちょっと重いこと書くと飽きられたりするかな、なんて思ったりするんですよ。
食物連鎖の頂点が人間じゃないなら、僕達はワガママに怖がり、抗うんだと思います。
そう考えたら昨日の夕方に更新したブログってよい感じにクールダウンできたかなって思うんですよね。
これを「クールダウン」と呼ぶのか怪しいですけどね。まあ気にしないってことで。
クールダウンが終わったということで、今から始めるのは「ウォーミングアップ」です。
以前より僕は進撃の巨人という作品が大好きなのですが、もしこの世界に巨人が居たらって考えると凄く怖くないですか?
作品の内容についてはネタバレにならない程度にしか触れませんが、もし「人間より大きく、人間を食べる存在」が実在したら、すごく怖いですよね。
食物連鎖の頂点が人間じゃないなら、僕達はワガママに怖がり、抗うんだと思います。
牛や豚、時には虫や植物まで食べている僕達が、自分が「その立場」になった瞬間に反抗するんです。
絶望や恐怖や怒りの感情を全面に押し出し、慟哭の耐えない地獄の中で、束の間の幸せや当たり前の毎日を反芻し、ミカサのように「この世界は残酷だ」なんて悟るんです。
でも僕は「人間に殺される動物の気持ちが分かる」とは思いません。
「人間にしか分からないこと」
「人間以外の動物の間での常識」
この2つの間には決して越えられない隔たりがあると思ってます。
もちろん動物にも感情があるだろうし、声を出すことだってあります。
でも人間の文化は人間にしか分からないし、逆に動物の世界を理解しようとしても不可能だと思います。
動物の「本能」という面で同じ種で共通している部分もありますが、それは俗に言う「プロトタイプ」に近い存在では無いか?と考えます。
我々が思う「この生物はこういう特徴がある」という知識が全てに当てはまるとは限りません。
「知っている」というだけで「理解している」ということではない。
ただ…
人間が時間をかけて進化してきたように、他の動物が人間に近い存在になれば、分かり合える時が来るのかな、なんて思ったりします。