譲二さんルートとの混乱を避けるため、ヒロインの名前は佐々木美緒とします。
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好きになったヒロインに迷わず告白し、実力行使にでてしまう男らしい譲二さん。
ただやっかいなのは、ヒロインが好きなのは譲二さんではなく、別の男の人だった。そう…、たとえばハル君。
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茶倉譲二: 喫茶クロフネのマスター
身長:183cm 体重:70kg
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『七夕祭りの夜』の続き
『胸騒ぎ』その1
〈美緒〉
七夕祭りも終わった数日後、学校で変質者が出るというのが噂になっていた。
あれからハル君とは話ができそうで、できていない。
色々考えてながら彷徨って、土手についた。ぼーっとしていると辺りは暗くなっていた。携帯に着信やメールがたくさん来ていた。
〈譲二〉
美緒が夜遅くなっても帰って来ない。クロフネに集まったみんなも心配して、メールや電話をするが、返事がない。
ここにいないのは美緒だけで、ハルも一護もいるというのが心配だ。1人で何をしているのだろう。胸騒ぎがする。
みんなで手分けして探しにいく。俺も店をcloseにして探しに出かけた。
美緒の名を呼びながら、土手を歩いていると、争っているような声が聞こえて来た。
走っていくと、ハルと一護がつかみ合って喧嘩をしている。その側に美緒がいて、少しホッとする。
2人とも興奮していたが、もう遅いからと帰らせて、美緒をクロフネに連れ帰る。
美緒がいなくなったことの心配と見つかった安堵、ハルと一護のただならぬ雰囲気。
俺の心はいっぱいいっぱいだった。
とにかく美緒を連れ帰り、何があったのかを問いただそう。
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『胸騒ぎ』その2
〈美緒〉
ハル君と一護君の喧嘩を止めた譲二さん。私を連れてクロフネに帰ってくれた。
2人で並んで歩く間、譲二さんはずっと黙っている。なんだかとても怒っているみたい。いつも穏やかで優しい譲二さんの怒った顔はとても怖かった。
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クロフネに着くと、譲二さんは私のためにココアを作ってくれた。
譲二さんは私と並んで腰掛けると、「まずはココアを飲んで気持ちを落ち着けて」と言った。
私が飲み終わるのを見計らって、譲二さんは真剣な顔で尋ねた。
譲二「今日何があったのか、全部話してくれる?」
私は譲二さんに今日の出来事を話した。
考え事をしながら、何となく土手でぼーっとしていたこと。
時計を見ると、遅くなっていたので、慌てて帰ろうとしたら、不審な男に襲われた事。
ナイフをつきつけられて、茂みに連れ込まれそうになった時、ハル君が来て、助けられた事。
そこまで話すと譲二さんは私を抱き寄せた。私の顔を覗き込むと聞いた。
譲二「それで…、怪我はなかったのか?」
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『胸騒ぎ』その3
〈譲二〉
ナイフを持った不審な男、そこまで聞くと俺の心臓は止まりそうになった。
あの胸騒ぎはあたっていたのか。
とにかく美緒を抱き寄せ尋ねる。
譲二「それで…、怪我はなかったのか?」
美緒「うん。突きつけられたナイフをハル君が蹴り上げてくれたから…。」
譲二「よかった…。でも、ハルが来てくれなかったら、取り返しのつかないことになっていたんだな…。」
まさに危機一髪だったようだ。
もしハルが間に合ってなかったら…。
男に乱暴され、ナイフで切り刻まれた無惨な美緒の姿が浮かんで来て、俺は心臓が凍り付きそうだった。
(よかった。ハルが助けてくれて。それも最初に見つけたのがハルでよかった。俺や一護では美緒を怪我させずに、ナイフ男から助け出すことはできなかっただろう)
俺は安堵のため息を漏らした。
〈美緒〉
苦悩と安堵のまじった譲二さんの顔。
それを見て、私は悟った。
さっきの譲二さんは本当は私の事をとても心配して、余裕がなくて、それが怒っているように見えたのだと。
そして、遊園地でデートをした日にも、今日のようなことがあったんじゃないかとすごく心配してくれていたんだということも。
(それなのに、私はわざと譲二さんに意地の悪いことを言って傷つけたんだ…)
譲二「でも、ホントによかった。美緒に何もなくて。もし、美緒が傷つけられていたら…俺は…」
美緒「ごめんなさい。譲二さん、ごめんなさい、いっぱい心配をかけてしまって。」
譲二「美緒が謝る事はないよ。俺が心配したことなんかどうでもいい…。美緒が無事で、美緒の身に何もなかった事が一番大事なんだから…。もう、そんなに泣かないで。」
譲二「美緒、本当に怖かったね。それなのに、俺は美緒が一番大変な時に側にいて、守ってやる事ができなかった…。」
譲二さんは泣き続ける私を黙って抱きしめてくれた。
私が少し落ち着くと、譲二さんは腕をほどいて、私を見つめた。
譲二「それで…。その後何があったの? 俺が行った時、どうしてハルと一護が喧嘩していたの?」
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『胸騒ぎ』その4
〈譲二〉
美緒「怖くって泣きじゃくる私を…、ハル君が慰めてくれて…。そこへ私を探しに一護君が来てくれて…。ハル君は私に一護君に送ってもらえって、一護君がいるなら安心だからって。」
譲二「…うん。それで?」
美緒の話によると、自分が身を引いて一護に送れというハルに、一護は怒ったらしい。
ハルは欲しいものを欲しいと言わないし、美緒に期待させては突き放すような無神経さを一護は怒ったというのだ。
一護は『今だって、お前が出てくるから』といい、売り言葉に買い言葉で、ハルは思わず『好きな女を守って何が悪いんだよ』と叫んだらしい。
それを話す美緒は心なしか嬉しそうだった。
譲二「…」
美緒「ハル君は一護君に『お前こそ、何やってんだよ。佐々木の事守れないで』って。
『俺はそんなつもりでお前に佐々木をまかせたんじゃない』って。
それで、二人とも取っ組み合いの喧嘩を始めたから…。
なんとかやめさせようとしてたところに、譲二さんが来たの」
俺は美緒の頭を優しく撫でた。
ハルの『お前こそ、何やってんだよ。佐々木の事守れないで』という言葉は俺の心にも鋭く突き刺さった。
譲二「…俺も一護と同じで美緒を守れなかったんだよな…」
守れないばかりか、いつも美緒を傷つけている…。
美緒「!」
それにしても、あまりにハルの『好きな女を守って何が悪いんだよ』というくだりを話す美緒が嬉しそうだったので、疑問に思った俺は聞いてみた。
譲二「それで、もしかして美緒は、それまでハルが美緒のことを好きなことに気付いてなかったの?」
美緒「だって、ハル君は七夕祭りの時も一護君に『好きなヤツはいるのか』って言われて、『いない』って答えたり、『一護と佐々木が幸せになればいい』って、言ったり…。」
譲二「…七夕祭りの時って? 何があったの?」
やっぱり俺のいないところで、3人の仲では色々なことがあったみたいだ。
それをはっきりさせようともう一度聞いてみた。
譲二「それで? 何があったのか話して。」
美緒「一護君が先に『2人だけで七夕祭りに行こう』って、誘ってくれたので、みんなで行くのを断って、一護君と七夕祭りに出かけたの…」
譲二「…一護と?」
なんてこった。
ハルのことばかり警戒している間に、一護も美緒に手を出して来ていたとは。
一護は昔の七夕祭りで美緒が迷子になったときの話をして、告白をしたらしい。
そこへ偶然ハルが通りかかったそうだ。
美緒「一護君がハル君に『聞きたいことがある。おまえ好きなヤツはいるのか』って。ハル君がいないって言ったら、一護君は『俺はいる。ハルも同じかと思ってたら違うんだな』って。」
美緒「『俺がもらうぞ』って言った一護君にハル君は『それは佐々木が決める事だ。俺は口出しできない』って…」
美緒は話しながら、涙を流す。俺はティッシュを渡した。
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『胸騒ぎ』その5
〈譲二〉
美緒「そんな風だから、ハル君は私の事は好きじゃないって思ってた。一護君もいつも意地悪ばかりだし…、私を好きなわけじゃないって思ってた…。」
美緒は自分がどれだけモテているか全然わかってないらしい…。
譲二「男がそんな風に言うってことは、その子が好きだって証拠だよ…」
美緒「…そうなの?」
譲二「そうでなくても、ハルも一護も端から見て、美緒が好きなのは一目瞭然だったよ。」
美緒「…気付かなかった。」
俺は大きなため息をついた。
譲二「なんで俺は、自分の好きな子に他の男の気持ちを教えるはめになってるんだろうか…。」
譲二「美緒は天然というか…鈍すぎだよ…。」
美緒「…ごめんなさい」
譲二「美緒はハルに好かれているのを知ってるんだと俺は思ってた。知ってて、その上で俺を受け入れてくれてるんだと…。でも、ずっと片思いだと思っていたんだな…」
美緒「…」
譲二「それで…。これからどうするの?」
美緒「え?」
譲二「ハルと両思いだと分かって、ハルと付き合うの? それとも一護の方にする?」
俺の言葉に美緒は動揺した。
美緒「譲二さん…」
譲二「俺は…。美緒を抱いて自分のものにしたと思っていたけど…。
自分のものに出来たのは美緒の体だけだったんだな…。
美緒の心まで自分のものにすることはできなかった…。それが今日良く分かった。」
俺の突き放したような言葉に不安を覚えたのか、美緒は俺の手を掴んだ。
譲二「美緒。俺たちの仲をどうするかそろそろ真剣に考えないといけないみたいだ。
俺と別れてハルと付き合うか…。それとも俺との仲を続けるなら、そろそろみんなに付き合っていることを話した方がいい…。
秘密にしていたことが間違いだった。
もっと前にみんなに公表していたら、こんなややこしいことにはならずに済んだんだから…」
美緒「みんなに…話すの?」
譲二「秘密にしたのは、俺に後ろめたい気持ちがあったからだ。10歳も年下の未成年を無理やり体を奪ってまで恋人にしたから…。でも、このままじゃ美緒が辛いだけだろ?」
美緒「…」
譲二「それとも、やっぱり俺とは別れる?」
美緒は黙ったまま考え込んだ。しばらくして、決然と俺を見つめた。
美緒「譲二さん。今の私の気持ち、はっきり言うね。
私がハル君のことが好きな気持ちは変わらない。
諦めようと何度も思ったけど、諦めることは出来なかった。」
当たり前にわかっているつもりなのに、何度聞いてもその言葉は俺の胸をえぐる。
美緒「でも、譲二さんのことも好き。今はハル君とどっちの方がたくさん好きなのかわからないくらい。私の心の中で譲二さんはだんだん大きくなって…。でも、これではだめなんだよね?」
俺の心臓がドクドクと胸を打つ。
俺のことも好きだって??
いや、好きでいてくれることは知っていたけど、ハルには遠く及ばないものだと諦めていた。
それが、ハルと同じくらい俺を好きなんだって?
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『胸騒ぎ』その6
譲二「今は…俺のことをハルと同じくらいには好きでいてくれるんだ…。」
美緒「うん。」
美緒は俺をじっと見つめた。
心の中に嬉しい気持ちがわき上がってくる。
美緒が俺をもっと好きになってくれるなら、それが期待できるなら、俺は何も怖くない。
譲二「それは…いつか俺の方が大きくなって…。俺だけが美緒の心の中を占めることがあるって期待してもいいってことかな?」
美緒「きっと…」
譲二「それなら…。俺たちが付き合っていることをみんなに公表しよう。少なくともハルと一護にははっきり言った方がいい。」
美緒「えっ!」
譲二「ハルも一護も自分の気持ちを美緒に伝えたんだから、美緒の答えを聞きたがっていると思う…。
もし、美緒がその2人のどちらかの気持ちに応えたいと思っているなら、今のままでもいいと思う。
でも、いずれ俺を選ぶのなら、ズルズルと引き延ばすのはみんなが苦しむだけだ。」
今までの俺の臆病さがこんなややこしい事態を招いて来たんだ。もう逃げるのはやめよう。
いつみんなに公表するかを話し合う。俺は出来るだけ早い方がいいといった。
しかし、ハルに未練のある美緒はなかなかうんと言わない。
俺から言うからと押し切った。
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『胸騒ぎ』その7
〈美緒〉
私はまだ好きな気持ちの残るハル君にはっきりと拒絶の言葉を伝える勇気が持てなかった。
ハル君の空手の全国大会が二日後にある。
みんなへの交際宣言はそれが終わってからにしようということになった。
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翌朝、ハル君から「話したいことがあるから井の頭公園にきて」というメールがあった。
私は譲二さんとも相談して、
「今日はどうしてもいけない。でも、明日の空手の全国大会が終わったら、話したいことがある」
と返信した。
本当は飛んででも、ハル君に会いに行きたかった…。
でも、今ハル君に会いに行くことは、一護君がハル君に言ったように『期待させるばっかり』なんだと思う。
譲二さんを選ぶと決めたのだから、ハル君に期待させて、苦しめるのはイヤだ。
〈譲二〉
翌朝、ハルから「話したいことがあるから井の頭公園にきて」というメールがあったと美緒が教えてくれた。
今までだったら、俺に内緒で会いに行っていたことだろう。
危なかった。
ハルはきっと美緒にもう一度告白するつもりだろう。
美緒は大好きなハルから告白されたら、決してことわれないだろう。
俺たちのことを公表するまで、ハルとも一護とも2人っきりにさせてはならない。決して。
『胸騒ぎ』おわり
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この続きは『全国大会』です。