かおるこ 小説の部屋

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連載第25回 新編 辺境の物語 第一巻

2022-01-21 13:22:48 | 小説

 新編 辺境の物語 カッセルとシュロス 前編 25話

 第十一章【怪物?】②

 

 やられた・・・月光軍団の部隊長ナンリは腰の力が抜けて、その場に膝を付いた。すぐ側にはフィデスもうつ伏せに倒れ込んでいる。
 二人は守備隊のレイチェルのことが気になって後を追ってきた。処刑を止めることはできなかったが、形見の品だけでも見つけたいとフィデスが言った。
 崖の近くで千切れた服を発見した。ズタズタに破れて血がこびり付いていて、地面には血溜まりもあった。ここで激しい闘いがあったのだ。キューブがレイチェルを襲ったのだろう、そう考えるのが自然だ。
 レイチェルは、そしてキューブはどこだと、崖下を覗き込んだとたん、激しい衝撃を受けて倒れてしまった。
 まだ身体が痺れている。
 バサバサッ
 頭上で鳥の羽ばたきがした。かなり大きい鳥だと直感した。ただの羽音がいつになく恐ろしく感じられる。

「助けてっ」
 月光軍団の隊員が転がるように駆けてきた。
「怪物が来たっ」
「怪物? あの黒い騎士か」
「違う、もっと大きくて凶暴なヤツよ。隊長も襲われて・・・」
「なに、隊長が襲われた?」
「血だらけで・・・もうダメ、死んじゃった」
「そんなバカな」
 隊長が死んだなど、そんなことがあるはずはない。誰に殺されたというのだ。その怪物とやらの仕業なのか。
「本当です、この目で見たんです。怪物と一緒に守備隊が襲ってきた」
「守備隊が・・・」
 捕虜にしておいた副隊長補佐たちが決起したのだろうか。しかし、副隊長補佐や兵士は厳重に縛って拘束しておいた。指揮官のエルダに至っては気絶して、指揮を執れるような状態ではなかった。あるいは逃げたと思った残兵が戻ってきたのかもしれない、その可能性は十分にあり得る。
 ザワザワと木々が揺れ不気味な風が吹いてきた。地面も揺れた。
「来た、怪物だ」
 隊員が叫んで逃げ出した。
 一斉に鳥が飛び立ち、バキッと枝が折れた。

 何かが近づいている。
 間違いない、ナンリとフィデスの背後に何かが迫ってきた。
 ナンリは意を決して振り返った。
「誰だっ」
 じっと目を凝らすと、闇の中に漆黒の鎧兜を身に着け、背中に翼が生えた者が動いているのが見えた。
 これが怪物か。
 怪物が手を伸ばした。その指先は鋭い爪が黒く光っている。あれで摑まれたらひとたまりもない。衝撃が再び全身を包んだ。足が痺れる。衝撃波はこの得体の知れない怪物が発しているのだった。
 ナンリは身構えた。しかし、これまでに味わったことのない恐怖感に、腕も足も指先までも固まった。
 怪物が伸ばした腕がナンリの頭を、そしてフィデスの頭を彷徨う。フィデスがしがみついてきた。

 鋭い爪が髪を掠めて止まった・・・殺されると覚悟した。
 だが、怪物は何故か腕を引き、ゆっくりと後ろへ下がっていった。
 フワリ、怪物が舞い上がった。

「・・・あれは?」
 その時、フィデスは怪物の首に掛かるキラリと光る石を見た。
「ああ、はあ、助かった」
 ナンリは大きく深呼吸をした。助かったのだ。
「恐ろしいヤツでした。あれがテントを襲ったのでしょうか」
 あの怪物に襲撃されたら月光軍団にはさぞや大きな被害が出ていることだろう。そこへ守備隊が攻め込んできたら・・・どうやら戦場を支配しているのはカッセル守備隊のようだ。
 しかし、負けるわけにはいかない。
「テントに戻って戦い・・・うっ」
 立ち上がりかけたナンリだったが、痺れた身体は思うように動かない。膝から崩れ落ちてしまった。怪物が放った衝撃波は凄まじい威力だ。
 フィデスは呆然と空を見上げた。
「あれは・・・レイチェルのペンダント」
 フィデスは見たのだ。
 怪物の首に下がっていた赤と青の石のペンダントを・・・
      ***** 
 後方に待機していたカッセル守備隊のカエデは、合図の花火を見て、リーナ、マーゴット、クーラ、マリアお嬢様、アンナとともに出発した。
 先頭に立っていたクーラが破れた服の切れ端を見つけた。鋭い爪で切り裂かれたように千切れて血が滲んでいた。まだ血が乾いていないので、それほど時間が経っていないように思われる。獣にでも襲われたのだろうか、あちこちに服の破片が散らばっていた。
「これは守備隊の服じゃないわ、月光軍団の物ね」
 服の色は灰色で月光軍団の戦闘服に似ていた。
「あそこに誰か倒れている」
 リーナが確かめると月光軍団のナンリとフィデスだった。二人は腰が抜けたように蹲っていたので、すぐさま身柄を確保した。捕虜を確保し、さらに前進を続けた。

 エルダとロッティーがいる所へカエデたちが駆け付けた。一同は抱き合って無事を喜んだ。だが、エルダは無事とは言えない有り様だった。顔には殴られた跡があり、髪は短く切り落とされていた。酷い暴行を受けたのだ。
「戦況は? 」リーナがロッティーに尋ねた。
「月光軍団の兵が逃げて来ている。ベルネさんたちは何が起きたのか偵察にいった」
 どうやら守備隊が優勢とみて間違いない。
「こちらも収穫があった。二人を拘束しました」
 リーナは捕虜にしたナンリとフィデスをエルダに引き合わせた。月光軍団の副隊長を捕虜にしたのだ。今や完全に立場は逆転している。
「ロッティー、捕虜を連行して先に行くから、エルダさんたちと来てくれ」
 捕虜にした二人を盾にしてリーナが敵陣へと向かった。

「私たちも前線へ急ぎましょう」
 形勢が優位になったことを確信してエルダは元気を取り戻した。
「これが落ちてました、月光軍団の服です」
 クーラが血に染まった服の切れ端を見せた。身に着けていた隊員は相当な大怪我を負ったはずだ。クーラから、守備隊の物ではないと聞いてエルダはホッとした。
 襲われたのはレイチェルではなさそうだ。
 早く助けなければ・・・

 すでにそこはカッセル守備隊の支配下に置かれていた。
 月光軍団の隊長スワン・フロイジアが負傷し、参謀のコーリアスや副隊長のフィデスは行方知れずだった。命令系統が失われ、残された隊員だけでは指揮を執ることができない。何よりも隊長の怪我が酷すぎた。誰の目にも、もう死んでいるとしか思えなかった。
 怪物が発する衝撃波で身体の自由が利かなくなったところへ守備隊が攻撃してきた。副隊長のミレイ、部隊長のジュリナはたちまちに討ち取られた。
 リーナが突撃してきた時には、ベルネとスターチは月光軍団から分捕った焼き肉を食べているところだった。
「あたしの食べる分も取っておいてくれたろうね」
「あるよ、カエルが三匹」
「カエルはお嬢様にやるわ」
 シュロス月光軍団の隊員はそこかしこに数人ずつ集められ、逃げられないようにベルネたちが見張った。

 そこへ指揮官のエルダたちが意気揚々と乗り込んできた。
「隊長と参謀はどこ? 」
 エルダがベルネに尋ねた。
「それが・・・あれを、あれを見てください」
 ベルネが指差す方向には、倒壊したテントの前に血だらけの兵士が横たわっていた。顔面が真っ赤な血に染まり、誰だか判別がつかないほどだ。
「月光軍団の隊長です」
「うっ」
 エルダは口元を押さえた。
「生きているのよね・・・」
 しかし、これでは手当てのしようがない。隊長のスワンの命はもはや時間の問題だろう。
「誰がこんなことをしたの」
「あたしたちが突っ込んできた時は、黒い鎧兜の騎士が襲いかかっているところだった」
「ああ、あの黒づくめの騎士」
「騎士の仲間かもしれない。黒いマスクで覆われていたので顔は分からないが、背中に翼があり、爪も鋭く・・・とにかく怖かった」
 全身黒い鎧兜、黒いのマスク、翼が生えている、まるで怪物のような姿ではないか。
 その怪物が月光軍団のスワンを襲った。怪物はシュロス月光軍団には敵となり、カッセル守備隊には味方となったのだ。
 黒ずくめの騎士のおかげで、思いがけずエルダの作戦が成功したのだった。
 とはいえ、これで終わったわけではない。殴られ蹴られ、宙吊りにされた仕返しをしなければ気が済まない。そして月光軍団を降伏させ、カッセルの城砦に帰還したい。全員で帰還するのだ。
 全員で・・・レイチェルだけがまだ見つかっていなかった。

 時が経つにつれ月光軍団の隊長スワン・フロイジアの姿は正視できなくなった。血が固まって全身がどす黒く汚れてきている。
「アリスさん見たの? 」
「ええ、ちょっとだけ見たわ。わたしも襲われるんじゃないかと怖かった」
 アリスがその時の様子を話した。
 血だらけのスワンを見て気分が悪くなり草むらに屈みこんだ。そこで、目の前に異様な姿を目撃した。殺されると観念したが、その怪物はアリスには何もせず、空に舞い上がって姿を消した。
「守備隊の味方だわ、きっと。人を襲うだけなら捕虜になっていたわたしたちの方が簡単なはず。それが月光軍団のテントを壊して、しかも、隊長だけを狙ったとしか思えない」

 テントから隊長だけを・・・
 それを聞いて、得体の知れない不安がこみ上げてきた。
 まさか。
 エルダはとてつもなく恐ろしいことに気が付いた。
 レイチェルだ。

 月光軍団のテントを襲い、隊長を無残な姿にしたのはレイチェルだ。
 全身が黒い鎧兜、顔を覆う仮面。鋭い爪、大きな翼・・・
 レイチェルがそんな姿に変身するとは想像していなかった。せいぜい身体の一部が変化するのだとばかり思い込んでいた。しかも、レイチェルは攻撃を受けた時に防御のために変身するのではなかったのか。
 それなのにこの惨状だ。
 クーラが拾ったという引き裂かれた血だらけの服は、おそらく月光軍団の隊員の着ていた物だろう。その隊員もレイチェルが襲ったのだ。
「ムフッ」
 胸が痛くなった。右手と左足がビリビリと軋んだ。明らかに身体が変調をきたしていた。
 レイチェルに変身するように命じたのは他ならぬ自分だった。
 月光軍団の隊長だけを狙えと指示したのも自分だ。そう、この惨状を引き起こした原因は紛れもなくエルダ自身にあるのだ。
 これは人間におこなえる業ではない。
 レイチェルは隊長のスワンを破壊したのだ。怪物だからこそできたのだ。姿形だけではなく、心までもが怪物になってしまった。

 レイチェルはどこに? 
 まさか・・・今でも怪物の姿のままなのだろうか。
 だとしたら、取り返しのつかないことをしてしまった。

 

<作者より>

 本日もお読みくださり、ありがとうございます。

 ブログでの連載形式ですと、最新話が一番上にくるので、前に遡って読まれる方にはお手数をお掛けしているのではないかと存じます。申し訳ございません。

 



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