かおるこ 小説の部屋

私の書いている小説を掲載しています。

連載第24回 新編 辺境の物語 第一巻

2022-01-20 13:57:20 | 小説

 

 <ご注意>この回では戦闘により人が命を落とす描写があります。

 

 新編 辺境の物語 カッセルとシュロス 前編 24話

 第十一章【怪物?】①

 最初の一撃で全てが決まったと言っても言い過ぎではなかった。
 月光軍団のテントが押し潰され隊長と参謀が下敷きになった。隊長のスワン・フロイジアは折れた支柱に足を挟まれ、参謀のコーリアスはテントの布に絡めとられた。
「うわっ、ひゃあ」
 突風が吹いたと思ったコーリアスは夜空を見上げた。
「な、なに」
 テントにのしかかっていたのは・・・
 コーリアスが目にしたのは全身が黒い鎧兜に覆われた何者かだった。
 黒ずくめの騎士が襲ってきたのだ。これまでにも、たびたび現れた黒い騎士、悪魔とも怪物とも呼ばれていた黒い騎士、それが月光軍団のテントを襲ってきたのだ。

「ギャア」「ヒエエエ」「逃げろ」あちこちから悲鳴が上がった。
 誰かが「怪物」と叫んだ。
 それはまさしく怪物だった。黒ずくめの騎士ではない。背中にはハゲタカのような大きな翼が広がっているではないか。姿形が異様なうえに、怪物の身体からは何やら衝撃波が発せられている。衝撃波が月光軍団の宿営地に波紋となって広がっていった。間近にいたコーリアスも体中が痺れた。

 怪物がテントに腕を突っ込みスワンの頭を掴んだ。
「うぎゃあ」
 スワンが吊し上げられる。コーリアスはあまりの恐ろしさに腰が抜けた。

 何かが起きた。
 月光軍団の宿営地の方向からメリメリ、ドタンと物が壊れる音がとどろき、悲鳴と怒号があがった
 木立に潜んでいたカッセル守備隊のロッティーは異変を察知した。エルダが気絶し、レイチェルが連れ去られるのを見て、後方部隊の待機場所へ逃げるタイミングを計っていたところだった。
「どうするんだっけ」
 思い出した、花火だ。
 カエデたちに知らせるために合図の花火打ち上げるのだった。レイチェルが変身するという作戦が成功したかどうか、まだ分からないが、ここは合図を送るべきだと判断した。
 筒を取り出し震える手で着火すると、夜空にヒュルヒュルと花火が上がった。
「よし、次は」
 一つ任務を果たすと不思議に気持ちが落ち着いてきた。これ以上、事態は悪くはならないと思えてきた。ロッティーは後方の部隊が到着するのを待つことなく捕虜の救出に向かった。
 真っ先にベルネとスターチの縄を解く、これで戦力を確保できた。
「ロッティー、ありがとう。何があったの」
「あたしにも分からない。合図を送ったから、じきに助けが来るわ」
 次はエルダとアリスだ。
「エルダさん」
「ううん・・・うう」
 ロッティーが背中を叩くとエルダがかすかに呻いた。良かった息を吹き返した。
 しかし、顔は殴られて腫れ上がり、その目は虚ろだ。肩まで伸びていた髪もザックリと切られ、顎には血が滲んでいた。エルダが自力では立ち上がれそうにないので抱き起こして木の根元に寝かせた。
「酷いことをされたわ」
 スターチがエルダの頬を拭った。

 その間にベルネが副隊長補佐のアリスを自由にした。
 残るはレイチェルだ。
「レイチェルはどこ? 」

 その時、また闇を引き裂いて悲鳴が上がった。まだ戦いは続いているのだ。しかし、ベルネたちにも状況がつかめなかった。何が起こったのか状況を確認することが先決だ。そしてレイチェルを救出しなければならない。
「ロッティーはここに残って後から来る者と合流してくれ。二人で敵陣に向かう」
 ベルネとスターチは悲鳴の聞こえた方へ駆けだした。

「あひひひ」
 黒づくめの鎧に身を包んだ怪物がスワンに迫ってくる。鋭い爪先が襟に触れゆっくりと下へ下りた。ビリリと服が引き裂かれ肩が剥き出しになった。助けてと叫ぼうとしたが口の中に鋼鉄の指が押し込まれた。
「・・・オゴッ」
 やられた。

 カッセル守備隊のベルネとスターチは月光軍団のテントが見える場所に着いた。
 敵を見つけてベルネが戦闘態勢をとった。月光軍団の隊員は五、六十人ほどいるだろうか。もっと多いかもしれない。だが、誰もがへたり込んでワナワナと震えていた。ベルネたちを見ても立ち上がろうとしなかった。攻撃される心配はなさそうなので、二人は警戒しつつ先へ進んだ。
 テントが壊れていた。天幕の布が破れ、木の支柱がポッキリ折れている。垂れ下がった月光軍団の旗は鮮血に染まっていた。
 ベルネの視線の先に黒い鎧を着た者の後ろ姿が目に入った。
 黒づくめの騎士が現れたのか・・・
「うっ、なんだ、あれは」
 黒い鎧を着た者が掴んでいたのは血だらけの人間だった。
「隊長がやられたっ」
 月光軍団の隊員が叫んだ。
「あれが、隊長・・・月光軍団の隊長なの? 」
 額から流れる血で顔面は真っ赤に染まり、上半身にも血が垂れている。月光軍団の隊長スワンの変わり果てた姿だった。
 こんな凶暴な相手に襲われたらひとたまりもない。ベルネとスターチはゆっくりと後ずさりした。
 バサバサッ。
 羽ばたく音がして翼が広がった。
 黒づくめの騎士は掴んでいた隊長のスワンをその場に投げ捨てて闇に消えた。

 月光軍団の隊長は血の海に沈んだ。死んだも同然だ。周囲の隊員たちも気が抜けたように座り込んでいる。戦況は一気に変わった逆転したのだ。
「勝てる、勝てるぞ」
 しかし、まだ決めつけるわけにはいかない。ここは敵陣の真っ只中だ。
「月光軍団を叩き潰すんだ」

 カッセル守備隊、副隊長補佐のアリスはロッティーの助けを借りて起き上がった。
 自分のことよりエルダが心配だった。
「しっかりして、エルダさん」
 エルダは身体を丸めて苦しそうにしている。指揮官のエルダは誰よりも酷く痛めつけられた。宙吊りにされ、月光軍団の隊長に平手打ちされて気絶したのだった。
 そこへ月光軍団の宿営地の方角から何人もの敵兵が走ってきた。しかし、アリスには目もくれず、助けて、怖いと口々に叫んで駆けていった。
「敵が逃げて行っちゃいましたね」
「ホント、さっきまでとは様子が違うみたい」
 敵の姿が見えなくなったので、ロッティーと手を取り合って喜んだ。
「ベルネさんたちが敵陣に乗り込みました」
「何があったんでしょうね、わたしも見てきます」
 状況は悪くはないと判断した。ここは副隊長補佐の出番だ。アリスは迷わずベルネたちの後を追うことにした。

 アリスがほの暗い闇の中を進むと、前方から悲鳴とも叫び声ともつかぬ声が何度も聞こえてきた。先に進んだベルネたちと月光軍団の間で激しい衝突が起きているのだ。再び捕まってしまうのではないかという不安がこみ上げてくる。
「うわっ」
 走ってきた者とぶつかりそうになって身を屈めた。
「助けて」と叫んだのはアリスではなく月光軍団の隊員だった。その隊員は何やら喚きながら下がっていき、足を踏み外して崖の下へ転落していった。
「あらら、落っこちてしまいましたよ。かわいそうに、死んだらどうしましょう」
 そうだった、ここは戦場なのだ。落ち着いて考えれば、自分から落ちたとはいえ敵を倒したことには変わりはない。初手柄なのに、誰にも見られなかったのは残念だ。カッセルに帰ったら水増しして五人ぐらいは倒したと報告しよう。
 少し余裕が出てきたのか、さっそく、恩賞のことを気にしているアリスだった。
 さらに進むと、
「あれは、スターチじゃないか」
 スターチが敵兵を投げ飛ばしていた。ベルネは棍棒で叩きまくっている。どう見てもカッセル守備隊が月光軍団を攻撃しているとしか思えない。

 ドガッ
 後ろから突き飛ばされてトントンとつんのめった。
「おっと・・・うっ・・・は?」
 アリスがそこで見たモノ、それは実におぞましいモノだった。
 誰かが壊れたテントに凭れかかっている。顔面は血だらけで全身が真っ赤に染まっていた。
「うっひゃあ、なに、これ」
「よく見てみなよ、月光軍団の隊長だよ」
「た、たいちょう? 」
 ベルネに言われてアリスは恐る恐る顔を上げたが怖くなって目を背けた。 
 そういえば月光軍団の隊長スワンに似ていないこともない。
 何でこんな大怪我をしてしまったのだろう・・・敵ながら気の毒だ。
 というより、すでに死んでいるとしか見えなかった。
「おうっ・・・うげっ」
 胃の奥から突き上げるような吐き気がした。アリスは口を押えて木の陰に倒れ込んだ。

 ガササ、バサッ

 目の前の暗闇で何かが動いた。
「ああっ、うわあ」
 アリスが見たのは真っ黒な怪物が飛び立つ姿だった。

 

 <作者より>

 本日もお読みくださり、ありがとうございます。

 



最新の画像もっと見る

コメントを投稿