かおるこ 小説の部屋

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連載第31回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-01-28 13:59:36 | 小説

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 3話

 第二章【帰還】②

 こうしてアリスがカッセル守備隊の新隊長に就任した。エルダは司令官となり、カエデは副隊長に、ロッティーは城砦監督という地位に就いた。それもこれも人事はすべてエルダの一存で決められたのである。

 アリスの初仕事は給料の支給だった。隊員たちに未払いの給料を支払い、リュメックの隠し財産を活用してベルネたちには一時金を与えた。その裏でアリスは自分の昇給も忘れてはいなかった。事務官のミカエラに、隊長になったのだから基本給を倍増するように交渉した。一時金を受け取るより基本給を高くした方が得策だ。
 アリスは隊長という地位を楽しみたかった。
 隊長は威張れる、わがままが言える。さっそく身の回りの世話をするメイドを雇うことにした。出兵している間にメイドを募集したと聞いたので、そこから自分専用に引き抜いてみよう。これからはルームサービスを取ってメイドに料理を運ばせ、兵舎の食堂には行かない。以前はマリアお嬢様と一緒に調理の下ごしらえをしたものだが、炊事の手伝いなんか永久にお断りだ。
 給料がアップしても辺境では使う場所がないから、がっちり貯め込んでやろう。商人からたっぷり賄賂を取ってやる。というか、隊長様には付け届けの品物を持ってくるのが礼儀だ。
 不倫がどうのと言わせない。凱旋将軍様なのだから。
 ところが・・・そんな都合のいい願望はあっけなく吹き飛んだ。

「給料のことですが」
 エルダが給料のことを切り出した。
「みんな一時金と未払いの給与を受け取って喜んでました」
 支払わなかったらベルネたちに何をされるか分からない。上官を殴るのを生きがいにしているような部下なのだ。アリスは事務のミカエラに泣き落としで頼み込んだ。
「でも、守備隊の厳しい財政状態を考えたら、私たちは遠慮しておきましょう。給料は据え置きです」
「そんなことって」
「ミカエラさんにそう言っておきます。今度は泣きついてもダメですから。いいですね、隊長」
 全部バレていたのだ。きっとミカエラがエルダに密告したに違いない。
「アリスさん、誰のおかげで隊長になれたのですか。まさか、自分の力で今の地位に就いたと思っているんじゃないでしょうね」
「エルダさんのお力添えでございます」
 確かに、隊長になったのではなく隊長にしてもらったに過ぎない。
「まあ、大きな部屋で寛げるのなら、給料のアップは取り下げてもいいですよ」
「それなんですが、この部屋は捕虜に使ってもらうことにしましす」
「はあ」
 エルダは前隊長が使っていたこの広い部屋を捕虜に宛がうと言うのだ。隊長に就任したアリスはたった一晩で暖かいベッドを取り上げられてしまった。
「捕虜は大切にしましょう。フィデスさんは戦場でお嬢様たちを見逃してくれたことがありました。その恩返しです」
 エルダは前隊長には暴行を加えたあげくに投獄しておきながら、敵の捕虜は大事にするのである。アリスにはエルダの気持ちが理解できない。
「あの、実は、その、私・・・」
 エルダが珍しくしどろもどろになった。
「フィデスさんのことが気に入ったんです」
      *****
 カッセル守備隊が帰還した時、ミユウは群衆に紛れてその様子を見ていた。
 バロンギア帝国東部州都軍務部の偵察員ミユウはカッセル城砦のメイドに採用された。敗戦の混乱の中、人手不足だったこともあって簡単にメイドになることができた。酒場の主人の紹介状を見せたら、何の疑いもなく採用されたのだった。
 さっそく、先輩のメイドに連れられて兵舎の中を見て回った。一階は隊員の部屋、会議室、食堂などがあった。二階は貴賓室や隊長の居室があり、新入りのメイドは立ち入り禁止だという。入れないのは残念だが幹部の居所はおおかた把握できた。
 すでに、城壁の高さを目測で計ったり、城砦の橋が跳ね上げ式、城門はカンヌキ式であることも確かめてある。
 初めての仕事として隊員の部屋を掃除するように言われた。一階の隊員の部屋に入った時、ちょっと引っかかるものを感じた。その部屋は寝具が二組あるのだが、二段ベッドの上の段には行李が幾つも置かれていた。これでは一人は床で寝るしかない。先輩のメイドがこの部屋を使っているのは貴族のお嬢様だと笑っていた。
 ところがである、ミユウが兵舎のメイドに採用された日の夕刻、全滅したはずのしんがり部隊が撤収してきた。それも、シュロス月光軍団を撃退し、捕虜を奪っての凱旋であった。
 しんがり部隊で生き残ったのは十人にも満たなかった。凱旋とはいえ、かなりの犠牲者を出したのだろう。ところが、隊長の演説を聞いて驚いた。部隊は十二人で、全員揃って帰還したのだという。僅か十二人の部隊に月光軍団は敗北したのだ。
 捕虜を土下座させ、指揮官と名乗る者が頭を踏み付けたのを見て、ミユウは唇を噛みしめ一人その場を立ち去った。バロンギア帝国軍が進攻することを期待していたミユウにとっては信じられない光景だった。
 どうしてこのまま州都に戻れようか。カッセルに居残って凱旋した守備隊に一泡吹かせてやるのだ。バロンギア帝国でそれができるのはミユウだけだ。
 とくに、群衆の前で捕虜を土下座させた指揮官は絶対に許すことができない。
 敵は勝利に浮かれて油断をしている様子だ。先ずは捕虜の安否を確認することが先決だ。捕虜は監獄に入れられることだろう、明日は監獄を調べることにした。
       
    〇 〇 〇

 街道に出たのは陽が沈むころだった。
 シュロス月光軍団は惨めな撤退を続けていた。鞭で打たれて怪我をした参謀のコーリアスや副隊長のミレイは馬車に乗せられ、負傷者は仲間の隊員に支えられて歩くしかなかった。これでは行軍の速度は上がらない。
 今夜も野宿するのか・・・
 帰還の指揮を執るのはフィデスの部下のナンリだった。
 休憩のたびに点呼を取り、全員揃っているかどうか数えた。戦場から退避していた数名が合流して八十三人になった。ここまで一人の脱落者を出さずに来たのは奇跡に近い。行方不明になったキューブの消息も気に掛かる。隊長のスワン・フロイジアと魔法使いのカンナには気の毒なことをしてしまった。命を落とした二人の遺体を運ぶことは叶わなかった。布を掛け、木の葉で隠して埋葬するのが精いっぱいだった。
 退却を始めた時は敵が襲ってこないかと不安だったが、国境を越えてその心配はなくなった。このまま進めば、明日にはシュロスの城砦が見える所までたどり着くことができる。
 道の先に農家とおぼしき小屋が見えた。ナンリはトリルとマギーを伴って食料を分けてもらえないかと頼みに行った。そこは牛を飼っている農家だった。幸い、月光軍団と知るとパンとチーズをくれた。今夜はこれで凌げる。
 ナンリは焚き火に枝をくべた。隣ではトリルが眠っている。自分も徹夜すると言っていたのだがすぐに寝入ってしまった。過酷な撤退行軍にあってトリルたちはよく働いている。副隊長や部隊長のジュリナが怪我をしたので若い隊員に頼らざるを得ないのだ。
 寝ずの番のはずがナンリもウトウトしてしまった。
 捕虜になったフィデスさんはどうしているだろう。守備隊のエルダに頭を下げたのだ、よもや虐待されることはないだろう。
 エルダのことを思い出す。
 戦闘能力は皆無で、宙吊りになったときは「助けて」と叫んで気絶した。
 不思議な女だった。
 チラリと見たエルダの足。あれは見間違いではない。確かに「蓋」の付いた足だった。しかし、そのことは誰にも口外すまいと決めている。
 エルダはローズ騎士団がシュロスへ来ることも知っていた。偵察を送り込んでいたのだ。それで思い出した、シュロスの城砦で不審な女を目撃したことを。しんがり部隊の兵士に似たような女がいた・・・
 そう・・・間もなくローズ騎士団がシュロスへ到着するころだ。
       *****
 そのころ、バロンギア帝国ローズ騎士団の一行はチュレスタの町に向かっていた。夕方にはチュレスタに到着できそうだ。この温泉で二日ほど寛ぎ、最後の目的地シュロスに向かう予定だ。
 ローズ騎士団の衣装は銀色の軽装の鎧兜、白いマント、長い脚を見せ付けるようなミニスカート。まさに都会の、王宮の香りだ。その分、戦闘には不向きであることは否めないところだが、これは致し方ない。
 副団長ビビアン・ローラは馬車の中から周囲を眺めた。
 水平線まで見渡せる澄んだ青空。湧き上がる雲。こんもりとした森。そして遠くには緑の山々。
 辺境の最前線というから、もっと荒れ果てた光景を想像してきたが、思いのほか豊かで拓けた土地が続いている。これも皇帝の威厳の成せるところだろう。いや、ここはまだバロンギア帝国の領土にはなっていない。チュレスタと隣接するロムスタンなど力ずくで帝国に併合してしまえばいいのにと思った。
 シュロスへ着いたらどうやってスワン・フロイジアを虐めようか。手始めに隊員の前で土下座させてやろう。
 いや、そんな必要はない、スワンは騎士団の衣装を見ただけで跪くのだ・・・そうするのが当たり前のように。

 

<作者より>

 本日もお読みくださり、ありがとうございます。

 



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