かおるこ 小説の部屋

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連載第30回 新編 辺境の物語 第二巻

2022-01-27 13:08:38 | 小説

 

 新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 2話

 第二章【帰還】①

 ああ、生きて帰ることができた。
 カッセル守備隊のアリスは大の字になって寝台に寝ころんだ。
 ここは隊長室だ。前の隊長を追い出して自分の部屋にした。天井はアーチ造りで、床板もピカピカに磨かれている。執務用の机があり、床には絨毯が敷いてある。暖炉もある。窓も大きくて開放的だし、カーテンは二重になっている。寝台には柔らかい布団までもが用意されていた。広々として居心地の良い部屋だ。
 この広い部屋を一人で占領しているのだ。正確には一人ではなくエルダと一緒だったが。
 シュロス月光軍団に勝利した。凱旋したのだ。一昨日まで戦場で敵に追いかけられ、逃げ回っていたのが嘘のようだ。
「うははは、うはっ」
 アリスはこみ上げてくる喜びを押さえることができない。誰に聞かせることもなく独り言をつぶやく。
「隊長になってしまいましたよ。一番偉いのですよ。誰もあたしには逆らえません」
 そう、アリスは副隊長補佐からカッセル守備隊の新隊長に昇進したのだった。
「まあ、エルダさんには頭が上がらないけど・・・」
 アリスが新隊長ならば、エルダは指揮官から新司令官に昇格した。

 話は城砦に帰還中の時点に遡る。

 アリスは勝利を喜ぶ隊員から、勝ち組、最強戦士、凱旋将軍などと持ち上げられていた。
「もうすぐ城砦が見えてきますのであまり浮かれないようにしてください」
「はいはい、指揮官、いえ、司令官殿」
「いいですか、カッセルに帰ったら、たくさん仕事が待っています」
「司令官ともなるとお忙しいですねえ」
「アリスさん、あなたの仕事です。真っ先に、あの逃げた隊長をクビにしてください」
 アリスたちが勝利を収めたので、今や隊長のリュメック・ランドリーは部下を見殺しにして逃亡した卑怯者になったのだ。
「そして、あなたが新しい隊長になるんです、アリスさん」
「あの隊長はそう簡単には辞めないと思うけど」
「でしょうね。だから、こっちからクビを宣告するんです。嫌だなんて言ったら牢屋に押し込むか、殺せばいいんです」
「ギクッ。クビにして牢屋に入れて殺すだなんて」
「裏の仕事はリーナさんかベルネさんが請け負ってくれます。二、三人殺すだけですから」
「その・・・殺すというのはやめてください、戦場ではないのですから。話し合いで解決するとか、自発的に退任してもらうとかでもいいんではないでしょうか」
「甘いです。そんなことでは隊長は務まりません」
 あっさり撥ね付けられた。月光軍団との戦いは終わったが、今度は仲間内の主導権争いが始まろうとしている。
「隊長がそうおっしゃるのならば・・・殺すのは最後の手段にしましょう。とりあえずは協議の場を設けて説得してみることにします」

 カッセルの城砦に到着するとアリスたちの部隊は大歓迎を受けた。
 なにしろ、しんがりとして、敗戦処理を任された部隊が逆転勝利を収めて凱旋してきたのである。敵の軍隊の旗や馬車を奪い、捕虜を連行してきたとあって、まさしく英雄扱いだった。
 大勢の群衆の前で捕虜にした月光軍団の副隊長を土下座させた時、アリスは完全に舞い上がった。
 今こそ人生最高の瞬間だ。

 その興奮と勢いのまま隊長のリュメック・ランドリーと対決した。
 これがまた凄かった。
 エルダは自分たちがしんがりを押し付けられ、いかに大変だったか、そして、苦労の末、月光軍団に勝利したことをまくし立てた。リュメックには一切の反論を許さず、今すぐ辞職しろと迫った。リュメックが言い訳めいたことを口にするとエルダはたちまち逆上して、手近にあったカップを投げつけた。
「ぶっ殺すぞ」
 会議室の外にまで聞こえそうな大声で怒鳴った。
 これがエルダの言う話し合いか・・・
 アリスは追及する立場でありながら巻き込まれないように壁際に避難した。
「優しく言ってあげているのだから、さっさと辞めなさい」
 エルダの勢いに押されてリュメックは声も出せない。
「辞めないのなら、うちの戦闘員にやらせるわ」
 エルダの背後にはベルネ、スターチ、リーナの三戦士、それにカエデとロッティーが控えている。
「あなたたちの出番よ。好きなようにやりなさい」
「殴ってもいいんですか」
「当然。コイツを殴ったら報奨金として金貨二枚あげる」
「そんな規定ありましたっけ」
「いま決めたの。これからは何でも私の自由にできるのよ」
 ベルネたちは待ってましたと襲いかかった。ベルネは前の部隊では上官を殴って解雇されたことがある。それが、上官を殴れば報奨金がもらえるとあっては大喜びだ。
 隊長のリュメックの顔面を殴り、ワインのビンでぶちのめした。副隊長のイリングは壁に掛かっていた鉄の盾で叩きまくった。逃げようとしたユキはリーナが肩に担いで椅子に叩きつけた。

 シャルロッテことロッティーはカエデの後ろにこっそり隠れた。
 リュメック・ランドリーが悲鳴を上げ、イリングが倒れる。ロッティーはとうてい正視できなかった。戦場に置き去りにされたとはいえ、元はリュメックの部下だったのだ。今やエルダとアリスが勝ち組になり、逃げたリュメックは負け組となった。もしかしたら自分がこの立場に置かれていたかもしれない。エルダに従ってきてよかったと思うのだが、かつての上司が痛め付けられる姿を見るのは耐えられなかった。
「ロッティー、あんたを忘れていた」 
 エルダに見つかってしまった。
「あんたは隊長の取り巻きだったよね、違うとは言わせないよ」
「隊長の部下でした。でも、部隊を追われて一緒に置き去りになりました」
「そうだよね、それなら、リュメックを殴れるだろう」
 戦場でも同じようなことがあった。月光軍団の参謀を鞭打ちにしろと言われた。あの時は戦場の高揚感もあり、仲間外れになりたくない気持ちがあった。しかし、今度は以前の上官であり同僚だ。見捨てられたとはいえ手を上げらえるものではない。
 迷っているとエルダに睨まれた。戦場で見せたような恐ろしい目付きだ。
 グスッ・・・ロッティーは堪えきれず鼻を啜った。
「泣いてんの? ロッティー」
 エルダが薄笑いを浮かべた。
「あんたなんか助けるんじゃなかった。コイツらを殴れないなんて、意気地なしね」
 見かねてカエデが間に入り「ロッティーに殴らせるのはやめておきましょうよ」と助け船を出した。アリスも同調して「戦場で勝利に貢献したんだし、もう私たちの仲間だわ」と引き留めた。
 エルダは腰に手を宛がって考えていたが、
「それならロッティーには別の役を与える。リュメックの部屋を片付けなさい。あんな大きな部屋は取り上げる、私物はすべて没収よ」
 と言った。
 部屋の掃除ですむのならとロッティーは胸を撫でおろした。

「さて、隊長」
 アリスはエルダに呼びつけられて弾かれるように壁際から離れた。
「隊長、コイツラの処分を決めてください」
「処分ですか」
 痛めつけておいてから処分を決めろと言われてアリスはたじろいだ。医務室で手当てを受けさせるなどと言ってもエルダが認めるとは思えなかった。牢屋に監禁するしかないだろう。
 それを言わせるエルダが怖くなった。
「リュメックさんには、どこかで休んでいただいて・・・部屋は・・・そうでした、ロッティーが片付けているんでしたっけ、でしたら、別の部屋を用意しましょうか」
「別の部屋とは監獄ですよね、隊長」
「ええ、まあ、その方向で検討してもいいかと」
「決まり。リュメック、イリング、ユキ。お前たちは監獄へ行きなさい。命が助かっただけでも、ありがたいと思うことね」
 前隊長たちの監獄行きが決まった。裁判もせずに一方的にエルダが言い渡したのだった。前隊長のリュメックは椅子の陰で怯えて震えていた。
「言っておくけど、入る時は生きているけど、出る時は死体かもね」
 出る時は死体、それも酷いが、いきなり殺すことだけは止められた。

 ロッティーはカエデと一緒に隊長室の掃除した。私物を捨てろという命令だった。今夜からはエルダがこの部屋の主になるのだろう。掃除係を言いつけられてもイヤとは言えない自分が情けなかった。
 サイドテーブルの中身を掻きだしたとき、ロッティーは小さなカギを見つけた。カギを見て、前隊長に隠し財産があったのを思い出した。リュメックは金貨や銀貨をため込んでいた。確か、チェストの一番下の引き出しだったはずだ。一度だけ見せてもらったことがあったが、かなりぎっしりと詰まっていたのを覚えている。
 カエデと一緒にカギを開けた。
「うわ、いっぱいある」
 びっしり並んだ金貨と銀貨、ネックレスや指輪などの宝石を見てカエデが驚いた。守備隊の財政状況は厳しいというのに、こんなに貯め込んで隠し持っていたとは知らなかった。
「持って行ってエルダさんに見せましょう」 
 ロッティーも頷いた。
 本来ならば経理を預かる事務官のミカエラに報告するところだが、もはやカッセル守備隊はエルダが取り仕切っている。エルダがいうところの報奨金もここから出すことになるのだろう。リュメックの隠し財産はそっくりエルダに差し出すことにした。

 

<作者より>

 本日もお読みくださり、ありがとうございます。感謝しております。

 この巻では、エルダについては、その行動や周囲の人の反応だけで描き、エルダ自身が心情を吐露することは控えめにしております。



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