新編 辺境の物語 第二巻 カッセルとシュロス 中編 13話
第八章【忍び寄る魔の手】①
月光軍団の参謀と副隊長は屈服させた。部隊長という標的も・・・
ローズ騎士団副団長ビビアン・ローラはスワンに代わる標的を手に入れて満足だった。ナンリを身代わりにして、死んだスワンの分までたっぷりといたぶってやることにした。月光軍団に対する裁判と処罰は簡単に終った。月光軍団を支配することなど考えていたよりも容易いことだった。
とはいえ、このまま王宮へ帰るわけにはいかない。ビビアン・ローラは失った名誉を回復するために、カッセル守備隊と一戦交えることを決断した。
王宮の親衛隊、ローズ騎士団の名を遍く辺境に知らしめるのだ。
カッセル守備隊と戦って徹底的に叩きのめしてやりたい。そうすれば名誉も自信も回復できる。山賊に不覚を取り、鳥に驚いて川に落下した。逆さ吊りになってみっともない姿をさらけ出してしまった。あの屈辱だけは何としても晴らさなければならないのだ。
しかしながら、金貨も武器も衣装までも奪われたとあっては、今すぐ撃って出ることはできなかった。武器や軍服を王宮から届けてもらうことにした。とりあえず必要なのは当面の資金だ。辺境で金がないのは悲惨過ぎた。
ローズ騎士団は兵舎の食堂を独り占めして食事をしていた。
テーブルの上には、イノシシ肉の燻製、ソーセージ、新鮮なトマトやブロッコリーが載っている。料理は洗練されているとは言い難いが、野菜や果物は採れたてで鮮度が良く、王宮で供されるものよりはずっとおいしい。しかし、辺境のワインは褒められたものではない。苦いし、濁っている。副団長のローラは王宮の透き通った甘いワインが恋しくなっていた。
ローラはイノシシの肉をフォークで突き刺した。
「経理は何と言ってるの。ちゃんとお金出すんでしょ」
「城砦の経理担当者は、戦費も嵩んでいて何かと大変そうでした」
そう答えたのは滞在費用の交渉に当たったニコレット・モントゥーである。
ニコレットは文官のフラーベルにはきついことは言えなかった。それというのもフラーベルがあまりにも美しかったからだった。フラーベルの顔を思い浮かべた。フラーベルは騎士団のメンバーにしてもいいくらいのきれいな顔立ちだった。色白の美人で均整の取れた見事なスタイルだった。シュロスに駐留する間、フラーベルが夜の相手を務めてくれればいいと思った。それだから費用の要求は控えめにしておいたのだ。
「甘いよ。相手の都合なんて気にしないの。その経理も監獄行きにして、金庫の金を全部いただこうよ」
「副団長、経理には自発的に出させましょう。私も同じ文官ですから、もう一度、説得してみます」
「言ってもダメなら一発ぶっ飛ばす」
副団長のビビアン・ローラが文官のフラーベルを痛め付けろと言ったのでニコレットは内心穏やかではなかった。
「カッセル守備隊だって爆弾でぶっ飛ばしてやるわ」
ローズ騎士団が王宮に手配した物の中には強力な爆弾兵器も含まれていた。
*****
兵舎の中をあちこち探し回っていたフラーベルは図書室で州都から来たスミレ・アルタクインを見つけた。
スミレはランプの灯りを頼りに書類を書いていた。報告書だろうか。ナンリを探していると言うと、ここにはいないと首を振った。
「取調べられているとしても、ちょっと長すぎるわ。心配だから事情を訊きに行きましょう」
「騎士団は食堂にいるということでした」
二人で食堂に行くことにした。
スミレが取り調べはきつくなかったかと尋ねると、フラーベルは相手も文官なのでこちらの状況に耳を傾けてくれたと言った。
「スミレさんはローズ騎士団と顔を合わせても大丈夫ですか・・・軍務部の監察業務に差支えませんか」
フラーベルの心配はもっともだ。
「できれば会いたくない・・・」
そう言ってスミレが封書を見せた。
「軍務部の上司に報告しておこうと思って。州都までは郵便馬車があるでしょう」
「ええ、明日の早朝に定期馬車が出ます。州都への直行便ですから翌日には到着しますよ」
「よかった、ちょっと急ぎでね」
ところが、二人が行ってみると食堂に騎士団の姿はなく、メイドが一人で片付けをしているだけだった。フラーベルが挨拶に行ったとき騎士団に怒鳴られて右往左往していたメイドだ。メイドはすまなそうに「宿に引き上げた」と言った。どうやらナンリへの聴取はすんでいるようだ。それなら解放してくれてもいいはずだ。
スミレは悪い予感がした。
二人が食堂を出ようとしたところへローズ騎士団のマイヤールが入ってきた。
スミレとの間に険悪な空気が漂う。
「レモン、ワインを取ってきなさい」
レモンと呼ばれたメイドが倉庫に行った。
マイヤールがフラーベルに向き直った。
「あなた経理の人だったわね。ちょうど良かった、副団長が直々に話があるそうよ。一緒に来なさい」
おそらく費用の要求だろうが、その件はすでに文官のニコレットに事情を説明してある。ニコレットはシュロスの財政状況が苦しいことを理解してくれたと思ったのだが・・・
「そっちは、あんたも事務方なの」
マイヤールがスミレに訊いた。
「はあ、私は・・・」
月光軍団の隊員であると言えば嘘をついたことになってしまう。スミレは事実を答えるしかないと思った。
「私は、東部州都の軍務部から来ました」
「軍務部?」
軍務部と聞いて騎士団のマイヤールが怪訝そうな表情をした。
「何の用で来てるの」
「それはですね・・・」
「もしかして月光軍団の尋問だったりして」
マイヤールはスミレの任務が騎士団の監察であるとは気付いていない。月光軍団の調査だと思っているようだ。
その勘違いに乗ることにした。
「東部州都の軍務部に所属するスミレ・アルタクインという者です。このたびの戦いについてシュロス月光軍団の査察のために参りました」
これは嘘ではない。敗北した月光軍団を取り調べるのは州都の軍務部の仕事だ。聞き取り調査や今後の立て直し策を練る必要がある。上司に当てた手紙にも、騎士団の監察業務に加えて月光軍団の調査もしていると書いておいた。
「私は騎士団の参謀のマイヤール。私たちの方が先に月光軍団を尋問してるから、あなたはその後にしなさい」
「戦場から戻ってきた者に戦時の状況を聴取したいので・・・部隊長のナンリという者を探しております」
スミレはそれとなくナンリの居場所を聞き出そうとした。
「ナンリ・・・ああ、アイツか」
騎士団のマイヤールはナンリの居所を知っている様子だ。
「ナンリはいまどこにいるんですか。まだ取調べが続いているのでしょうか」
フラーベルが心配そうに言った。
「ええと、それより・・・ワインはどうしたのかな」
話をワインにすり替えられてしまった。
マイヤールが奥の扉に向かって「早く」と叫ぶと、メイドのレモンがワインのビンを二本抱えてきた。
このままではフラーベルが連れていかれてしまう。
「私もお供してよろしいでしょうか」
スミレを無視してマイヤールはワインのラベルを見ている。
「あら、なかなか上等そうなワインじゃないの。ここでは苦くてマズいものばかり、これなら副団長が喜ぶわ」
マイヤールはメイドからワインのビンを受け取るとフラーベルの胸に押し付けた。
「ナンリのことを知りたければ付いて来なさい・・・でも、スミレ、あんたはダメ」
スミレを押し退けた。
「州都の軍務部には関係ないことよ」
<作者より>
すみません、いろいろ手違いがありまして、何度か投稿し直しました。どこまで投稿したのか分からなくなって混乱しました。
本日もお読みくださり、ありがとうございます。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます