新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編 11話
第四章【作戦会議】②
リーナがもたらした情報を伝えるために、カエデとミカエラが隊長のもとへ行くことになった。今度は指揮官のエルダも同行を許された。
アリスはまたしても干されたので会議室でポツンとしていた。ところが、指揮官のエルダが不在になると何となく気まずい雰囲気が漂い始めた。
「あのさぁ、美人とか気に入らないんだよね、あたし」
ベルネは輸送隊の護衛に回され、ただでさえイライラしていた。そこへ、ローズ騎士団というのが美人の集団であると聞かされたのだ。
「あーら、ベルネ、僻んでる」
スターチが参戦した。
「何よスターチ、ちょっとくらい顔がいいからって自慢しないで」
「ちょっとじゃありません、私は正真正銘の美人なの。バロンギアの騎士団なんか、この私を見たらスゴスゴ逃げ出すわよ」
ベルネとスターチが本題とはかけ離れたところで言い争いを始めた。三姉妹はひそひそ笑い、お嬢様はオロオロしている。アリスはとばっちりを受けたくないので下を向いていた。
「こんなヤツと一緒に戦場に行くもんか。荷馬車の護衛なんてみっともなくてやってられるかよ」
「ああ、そう、だったら城砦を出ていけば。部隊の人数は足りてるから」
二人はプイと横を向いた。
内も外も揉め事だらけだ、アリスはため息をついた。
後方部隊なら安全だと思っていたのだが、だんだん不安になってきた。自分だけは死にたくない。部下が盾になって守ってくれればいいが、この様子ではそれも望めそうになかった。
矢に当たったり、剣で斬られてケガをしたらどうしよう。骨折したらさぞかし痛いだろう。痛いのはダメ、血を見るのもダメ、戦場もイヤ、辺境もイヤ・・・
その前にこの場から逃げたくなった。月光軍団よりもローズ騎士団よりも目の前の事態の方が問題だ。
「ヒイイ」
ピリピリした雰囲気に耐え切れなくなったお嬢様が泣き出した。
「うるさいんだよ、お前は。いつもピーピー泣いて。いっそのこと、地下牢にでもぶち込んでおけばよかった」
ベルネが床を蹴った。お嬢様はキャッと飛び上がり、三姉妹は首をすくめた。
「これから戦場に行くんだぞ。殺すか殺されるかのどっちかだ。そんな時にメソメソしやがって」
ベルネの怒りの矛先はマリアお嬢様に向けられた。
「あたしはお前のような貴族のために戦うつもりはない。辺境の兵士が命懸けで守っているから、宮殿でのうのうとしていられるんだ。そうでもなかったら、王様だってコレさ」
ベルネが首筋に手を当てた。
「ギ、ギロチンですか、私が」
お嬢様は自分がギロチンに掛けられるかと思って震えた。お付きのアンナが言い添える。
「ベルネさん、マリアお嬢様の前でギロチンの話はやめてください。お嬢様はギロチンが・・・」
「そうだろう、誰だってギロチンは嫌いだ。首がちょん切れるんだから」
「いえ、お嬢様はこう見えて、ギロチンが・・・」
「何だ? 」
「何でもありません、ギロチンはやっぱり嫌ですよね」
「それじゃあ、戦場から帰ったら、ギロチンの替りにお嬢様を裸にして城砦の高い所に磔にしてあげよう。こいつはいい見せ物だ」
「お嬢様に当たり散らすのはやめなよ」
またもスターチが突っかかった。
「スターチはお嬢様に取り入ろうとしてるんだ。手柄を立てて召し抱えてもらおうって魂胆ね」
「何よその言い方。やってやろうじゃん」
「いいとも、決着付けようぜ」
二人は席を立って外へ飛び出した。
「ヤバいよ、敵と戦う前に味方同士でケンカになっちゃった」
「隊長、止めなくていいんですか」
三姉妹に言われても、アリスにはあの二人の間に入ってケンカを止めることなどできるわけがない。それができるなら敵陣に突撃した方がマシだ。
「やらせておけばいいのよ。戦場に行く前でカッカしてるんでしょう。ちょうどいい訓練だわ。それに私は隊長でなくて、副・隊長・補佐ですから」
「都合が悪いとすぐ逃げる」
「だったら、あなたたちが行ってやめさせなさいよ」
「ほら、こっちに八つ当たりだ」
三姉妹はお付きのアンナに合図を送り、レイチェルを先頭に腰を屈めてソロリと部屋を抜け出した。アンナもお嬢様の手を引いて駆け出した。
「あーあ、どいつもこいつも世話が焼ける。エルダさん、何とかして」
アリスも仕方なく重い腰を上げた。
ベルネとスターチの取っ組み合いが始まった。
「コノヤロー△*●」「お前なんか×◎◇だ」服を掴み、髪を引っ張り、放送禁止用語を連発してのケンカになった。
「マーゴット、あなた魔法が使えるんでしょ。あの二人に争いを止めて仲良くできる魔法を掛けなさい」
自分ではケンカを仲裁できないアリスはマーゴットの魔法に頼った。
マーゴットは魔術の本を広げてページを捲っていたが、
「ありましたっ。仲良くなれる魔法です・・・すいません、まだ習得してないんですけど」
と答えた。
「この場を収められればいいの、早くやりなさい」
「ではいきますね、でも、どうなっても知らないわよ」
マーゴットは何やら呪文を唱え、腕を大きく回して二人に狙いを定めた。
「ラブリー、愛のキューピット」
その指先からビシッと矢が放たれた・・・ように見えた。レイチェルとクーラが恐る恐る近づく。お嬢様とアンナも心配そうに後に続いた。
「どう・・・魔法が効いたかな?」
すると、ベルネが掴んでいたスターチの髪を放した。
「あーら、スターチちゃん、髪を引っ張るなんて、ワタクシとしたことが」
「こっちこそ、ベルネちゃん、お尻、蹴っ飛ばしてごめん」
さっきまで掴み合いのケンカをやっていた二人が手を放し、お互いをいたわりあっているではないか。魔法が効いたのだ。
「大成功、やったね、マーゴット」
「さすがは三姉妹のお姉ちゃん」
二人のケンカが収まったと思ったのもつかの間・・・
「スターチちゃん、可愛い」
「ベルネちゃんこそ、きゃわいい」
スターチがベルネの頬を撫で、ベルネはスターチに抱きついた。仲直りしたというよりは、どうみてもイチャイチャしている。
「アンナ、あの二人は何をしているの」
マリアお嬢様がおっかなびっくりと、いや、むしろ興味津々といった様子で前に出てきた。お付きのアンナが慌てて立ち塞がる。
「お嬢様、見てはなりません、あのようなハシタナイ行為は」
アンナの心配をよそに、二人の行為はますますエスカレートしていった。
「いやあん、そんなことしちゃダメ」
「ベルネちゃん、大好き」
「ああん、死ぬ、もっとして」
マーゴットの掛けた魔法が効き過ぎて、ベルネとスターチは恋人みたいな仲になってしまった。
「アンナ、大変。死ぬと言っているではありませんか。それなのに、もっとしてとは、どういうことなのですか?」
「お嬢様、つまり、その、男女の関係は、いえ、この場合は女性同士ではありますが、いずれにせよ、他の者には理解不能でございまして」
「私はそこが理解したいんです」
お嬢様は訓練はサボるし、台所仕事はアンナに押し付けるのに、こういう時に限って熱心になっている。
「マーゴットさん、あなたの掛けた魔法、どこかおかしかったのでは」
「すいません、これ『出会い確実、男と女のマッチング』という魔法でした」
「何という素晴らしい魔法ですこと。いえ、感心してる場合じゃないわ。お嬢様に悪影響が及んでいるではありませんか。なんとかしなさい」
「大丈夫ですよ、十五分もすれば効き目がなくなります」
「なーんだ、良かった・・・で、その後はどうなるの」
「決まってるじゃありませんか、魔法が解けたら元通りになるだけです」
「ということは・・・逃げましょう。お嬢様、急いでください」
アンナがマリアお嬢様の手を引いて駆け出したとたん、バカヤロー、クタバレ、また二人のケンカが始まった。
ローズ騎士団がシュロスを訪問することを報告に行ったエルダだったが、隊長のリュメック・ランドリーは聞き入れようとはしなかった。守備隊が周辺の街道に送り込んだ偵察部隊からは、そのような情報は伝えられていないというのだ。入隊期限を守らなかったリーナの話など信用に値しないと一蹴された。さらに、副隊長のイリングには、リーナがスパイではないかと疑われる始末だった。
結局、エルダの提案は門前払いとなってしまった。
エルダ自身も批判の的になった。隊長のリュメックに対し不確実な情報を進言したと叱られた。副隊長のイリングには、正規な試験に合格したリーナが現れたことで、エルダは非正規雇用だと決めつけられた。しかも、指揮官と名乗っていることがイリングには許せなかった。
さらに、その矛先はシャルロッテことロッティーにも向けられた。
地下牢に倒れていたエルダを間違って入隊させてしまったのはロッティーだった。エルダを採用するきっかけを作ったロッティーは、余計なことをしたと厳しく責められた。
「申し訳ありません、アリスの部下にうまいこと騙されたんです」
ロッティーが謝罪しても隊長は首を横に振った。
「エルダをクビにして城砦から追放しなさい。さもなければロッティー、お前を部隊から外すことになる」
「は、はい」
このままでは部隊から締め出され、負け組になってしまう。ロッティーは途方に暮れた。
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