台風一家

なつかしの地に思いを馳せて

子供たちは幼稚園が休みだったが、伴侶は仕事のため、9時前に家を出て行った。
私はせっかくの休みに取り残された子供たちを連れて以前から気になっていた地に、子供たちを連れて行くことにした。
そこは、私が短大の2年間を過ごした懐かしの箕面である。
短大は美術系だった。
短大の近所に田村さんと言うお宅があり、そこで4畳半の部屋を借りて2年間を過ごしたのだ。
雨の日も、暑い日も、重い画材や、長い定規を抱えて、田んぼのあぜ道を近道して通うのだ。
TAさんは白髪の上品なおばさんだった。
自分の子供は傍にいないとのことで、私たち間借りする学生にやさしくしてくれ、時に餃子パーティーなどを開いては楽しませてくれた。

同じ建物に間借りした学生でみっちゃんと言う綺麗な女の子がいた。
その子に誘われて、171号線(イナイチと呼んでいた)ぞいのミスタードーナッツで生まれて初めてバイトなども体験した。
友達の車に乗り合わせて箕面の滝にサルを見に行ったり、その道沿いにあるマクドナルドで夜中まで話し込んで翌日の製図授業でうとうとしたこともある。
本当に懐かしく思い出がいっぱいの地であるが、毎日に追われ、足が遠のいていた。

こいちゃんといっくんが嬉しそうに車に乗り込みながら「どこにいくの?」と聞いてきた。
先に「さるを見に行く」と言えば、着くまでずっとまだかまだかと煩いので「ドーナツを買いに…」とごまかした。
が、30分、1時間と走っているうちに「なんか、へん」と気づいたらしく「おばあちゃんちに行くの?」などと疑い始めた。
やっとイナイチに入った頃には怪しんだ子供たちの質問ぜめにあい、白状してしまった。
子供たちはサルが見られるかもしれないことや、私が独身の頃住んでいた家などに興味を持ち車の中で叫びながら喜び始めた。

ちょうど12時に私がバイトをしていたミスタードーナツに着いたので、昼食を取ることにし、子供たちを連れて中に入ると、以前の狭い通路が無くなって、広々とリフォームされていた。
水滴が落ちるたびに気になっていた、痛んだフローリングが、立派な床張りに変えられている。
私たちの間で「幽霊が出る」とうわさになっていたトイレ付近の奥のテーブルは喫煙ルームとしてガラス張りのテーブルスペースになり、見事に一新されていた。
新しいのに、懐かしい店内で子供達とドーナツをほおばり、お土産のドーナツを少し買った。



お土産のドーナツを持って向かった先は、下宿でお世話になっていたTAさん宅である。
行ってみると、すぐに様子が変わったことに気がついた。
まず全日空の大きな寮が全て無くなり、住宅地になっていたのだ。
私が近道して通った小道もなくなっている。
何より、TAさん宅が「しん」として、どうも学生の気配がない。
そうなのだ、私が短大を卒業してすぐ、他の大学と統合してしまい、もう短大がなくなってしまっていたのだ。
もちろん、学生が下宿を借りる必要も無くなったというわけである。
子供を車に残し、どきどきしながらインターホンを押す。
突然の来訪、しかも覚えてくれているだろうか…。

出てきてくれたのは懐かしい面影をたたえた、おじさんであった。
少しやせていた。
私がおばさんの話をするとおじさんは「おばさんねぇ、亡くなったんだよ」と言われた。
ショックで言葉をなくした。
が、あの働き者で気が利くおばさんが、一番にインターホンに出なかったことで、ある程度なんらかの予感していたように思う。
もう7回忌を済ませたと言うだけあり、説明してくれたおじさんに深い悲しみの色は見えなかった。
肝硬変を患い、ずっと入院生活を送り、最後は肝ガンへと移行してなくなられたとの説明を受けつつ、現実味がなかったが、子供たちを紹介し、お土産を渡し、さあ帰ろうと言うとき「ちょっとまってて」と家に入り、持ってこられたおばさんの遺影を見たとたん、涙があふれた。
私の訪問はとんでもなく遅すぎた。
おじさんに挨拶を済ませて車に乗ると、こいちゃんまで悲しみを感じ取って泣き始めたのがかわいそうであった。

迂回してよってみた短大の敷地部分はぎっしりと住宅が建てられ、地図でも見て確認しなければどこが短大だったのか判別も出来ないほど。
切ない気持ちを抱えてハンドルを握っていると、ケロリとしたいっくんとは対照的にこいちゃんはいつまでもめそめそ泣いている。
「あの写真のおばさんは死んだんだねぇ…」と後ろで泣いているのだ。
仕方が無いので「さぁ、お猿さんを見に行くよ!」と無理やり気持ちを切り替え、子供たちに声をかけた。

曲がりくねった山道に入り、おまけに狭い。
せり出した雑木などで車体に傷がつかないように慎重に対向車とすれ違いを繰り返して、頂上に着くと駐車場はほぼいっぱいであった。
運良く空いた場所に車を止めると、子供たちの手を取り、3人で箕面の滝を見に坂を降りた。
急斜面の坂道にこいちゃんが「こわい~」と言うと、いっくんが「じゃぁ、いっくんの腕にちゅかまってて、いいで」と斜に構えて気取って腕を出した。
こいちゃんはいっくんの腕をとり、二人でよちよちと降りていく。
その後姿がなんとも愛らしかった。


先日からの雨で滝は見事にその姿をあらわし、下流では子供達が水遊びをしている。
出店も多数の人手ににぎわっているようで活気があったが、肝心のサルがいない。
こいちゃんといっくんは出店で「もみじのてんぷら」などを頬ばりながらも「しゃるは?みたい~!」
と当初の目的を決して忘れない。
売店の女性の話では「いるけど、人が多いときは降りてこない」とのことだった。
私が来ていた頃は、人が多かろうが、ガードマンに威嚇されようが、逃げることなく食べ物を奪取して怖がられていたものだが、ここも変わってしまったのか。
子供たちがしつこく、しょうがないので、さらに奥にある穴場のサルスポットまであがってみた。
やっとそこで十数匹のサルを見ることが出来、子供たちは檻にも入っていないサルに怖がりつつも、大喜びだった。
とにかく、私がサルが怖くて仕方ないので、外には一歩も出られなかったが…。


子供たちの約束を果たすことが出来、私も満足だった。
懐かしさも、切なさも、楽しさも一度に頬張って、まさにお腹いっぱい、といった感じのおでかけだった。
仕事から帰宅した伴侶に、お土産に「もみじてんぷら」を買った。
次回はぜひ4人で温泉でも入りに行きたいものである。

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