JASRACこと日本音楽著作権協会が、大手音楽教室における楽器の指導・練習のための演奏を「公衆の前での演奏」行為とみなし、受講料から著作権料を徴収する、と発表した問題があります。当ブログでも取り上げましたし、大手をはじめ、多くのサイトでこの問題は取り上げられました。わたしの見た限りですがこの件で書かれた記事でJASRACの肩を持つ記事は全く見当たらず、ほとんどが非難、あっても"やりすぎ"感を込めたうえでJASRACの言い分も掲載しているのがせいぜいで、ほぼJASRAC側の批判一色だったと言ってもいい状況でした。「徴収料の調整以外の交渉は受け付けない」としたJASRACの態度もそうした批判の声を大きくする一因だったように思います。もちろんわたしも、こうした言い方にかつてのSARVHを連想し、音楽関係は興味の対象外ではありますが非難していました。
そうした一般の声を追い風と感じてか、音楽教室側はこの件を裁判に訴えました。JASRAC側が交渉に応じる気がない以上、徴収に反対するための裁判は当然です。同時に著作権等管理事業法に基づく文化庁長官裁定も申請しており、少なくとも裁判の裁定が下るまでJASRACによる徴収は延期になる、はずでした。
音楽教室から徴収、文化庁が開始容認へ 拒否なら保留 JASRAC著作権料
このリンク先では会員登録してログインしないと記事の冒頭の一部分しか読めないので、これだけではわからないのですが、他に見当たらなかったので・・・。この先の記事にはこのような記載があります。
"同法は裁判で係争中の事案を行政府が判断することは想定しておらず、徴収開始は認めるべきだとする一方、社会混乱が生じないようJASRACが配慮すべきだとする見解をまとめた。"
"長官査定と行政指導を組み合わせることで、判決確定まで教室の負担が生じないようにする一方、JASRACも勝訴すれば使用料をさがのぼって徴収でき、両者に実害がないと判断した模様だ。"
「両者に実害がない」などと書いていますが、これはようするに教室側の要求である徴収の延期の却下です。裁判が決まる前でもJASRACは請求だけは行うことができ、教室側がそれを拒否したとしても、裁判でJASRACが勝訴すればその却下した分までさかのぼって徴収することができる、という裁定を出す方針なわけですから。事実上裁判ではJASRACが勝つことを想定しているわけで、どう見ても両者に実害がないどころか教室側に害の大きな判断です。行政がそう判断したことは、少なからず裁判に影響を与えるでしょう。少なくともJASRAC側はそれを主張して裁判を有利に進めることができるはずです。前からそう思っていましたが、さすがは文化庁、著作権側の要求丸のみの体質は京都への移転が決まって(移転そのものはまだ先)なお、変わっていないようです。ただし、この裁定はまだ完全に決まっておらず、記事によれば「分科会が5日にまとめる答申を受けて最終判断する」とありますから、少なくとも5日までは正式は通達は出ないようです。一応記事が間違っていることも考えられますが、今までの文化庁の行動パターンからみてこのまますんなり通ってしまう気がしてなりません。
ことが表に出てからだいぶ時間が経ち、世間の関心も一時ほどではないように感じます。明日このまま裁定が下ったとたん、おそらく音楽教室側は圧倒的不利になるでしょう。わたしはこの件に関しては例の「カラオケ法理」のさらなる拡大、それも無限拡大を狙った解釈を押し通す前兆のように感じ、要求は通すべきではないと思っています。この件、もう一度世論が盛り上がってほしいものです。
そうした一般の声を追い風と感じてか、音楽教室側はこの件を裁判に訴えました。JASRAC側が交渉に応じる気がない以上、徴収に反対するための裁判は当然です。同時に著作権等管理事業法に基づく文化庁長官裁定も申請しており、少なくとも裁判の裁定が下るまでJASRACによる徴収は延期になる、はずでした。
音楽教室から徴収、文化庁が開始容認へ 拒否なら保留 JASRAC著作権料
このリンク先では会員登録してログインしないと記事の冒頭の一部分しか読めないので、これだけではわからないのですが、他に見当たらなかったので・・・。この先の記事にはこのような記載があります。
"同法は裁判で係争中の事案を行政府が判断することは想定しておらず、徴収開始は認めるべきだとする一方、社会混乱が生じないようJASRACが配慮すべきだとする見解をまとめた。"
"長官査定と行政指導を組み合わせることで、判決確定まで教室の負担が生じないようにする一方、JASRACも勝訴すれば使用料をさがのぼって徴収でき、両者に実害がないと判断した模様だ。"
「両者に実害がない」などと書いていますが、これはようするに教室側の要求である徴収の延期の却下です。裁判が決まる前でもJASRACは請求だけは行うことができ、教室側がそれを拒否したとしても、裁判でJASRACが勝訴すればその却下した分までさかのぼって徴収することができる、という裁定を出す方針なわけですから。事実上裁判ではJASRACが勝つことを想定しているわけで、どう見ても両者に実害がないどころか教室側に害の大きな判断です。行政がそう判断したことは、少なからず裁判に影響を与えるでしょう。少なくともJASRAC側はそれを主張して裁判を有利に進めることができるはずです。前からそう思っていましたが、さすがは文化庁、著作権側の要求丸のみの体質は京都への移転が決まって(移転そのものはまだ先)なお、変わっていないようです。ただし、この裁定はまだ完全に決まっておらず、記事によれば「分科会が5日にまとめる答申を受けて最終判断する」とありますから、少なくとも5日までは正式は通達は出ないようです。一応記事が間違っていることも考えられますが、今までの文化庁の行動パターンからみてこのまますんなり通ってしまう気がしてなりません。
ことが表に出てからだいぶ時間が経ち、世間の関心も一時ほどではないように感じます。明日このまま裁定が下ったとたん、おそらく音楽教室側は圧倒的不利になるでしょう。わたしはこの件に関しては例の「カラオケ法理」のさらなる拡大、それも無限拡大を狙った解釈を押し通す前兆のように感じ、要求は通すべきではないと思っています。この件、もう一度世論が盛り上がってほしいものです。
人様のふんどしで商売してるなら何でもっと上手くやろうとしないのか、そのうち自分達の存在意義が問われ兼ねない事になりゃせんかと、そうなると困るアーチストも出て来るよねえと余計な心配を・・・
ピーク時で96年より売り上げがこれだけ下がっています などと言うのが「もっとも間違っている」 なぜそれだけ売れていたのか それ抜きでは何も進まない
個人的には 97年春までは半場ファンの義務のような状態で押している人の言う事なら良かったと言う物を買い この人の曲良いよねと言えばCD2枚くらい買い 友達同士これが良いとなればそれも買う 買わないとボッチにされかねない場合すらあったのですから そりゃあ 買いますよ
忙しいからこれで何か食べて とか1日1万軽く親に渡されたりする時代でしたし しかし今はそんなことはまずない 高校生が夏のアルバイトをして100万前後のAV家電そろえられたりもしない
そんな時代と比べる方がどうかしているだけの話 仕事先から売りつけられたりもしませんし 買ってもらう難易度は今の方がずっと高くなったそれだけの話なんです その穴埋めに徴収を厳格化させようなんて近づきたくない話ではあります
もっと回る話が出てくれば良いのですけどね もっと楽しかったから何とか頑張って買ってみるよと思うような… 私には
ラジオとアニメしか窓が無い 枚数は増えていなくもないが が、やっぱり 楽しい時 楽しいを思い出した時しか買っていない
出したからすぐ買うばかりでは他の物が買えなくなるからだ たかがCD1枚ペットボトル1本程度でそんな話じゃない 日常的に買い続けられるか それで他の物が買えるのか それだけの話
スミマセン長くなり過ぎました
著作権使用料が沢山入ってく社会るなら学校教育無償化なんて話にも出ない 厳しく締め上げればみんな逃げていくだけ そお思うのですよ
買えない人の事を考えましょう そお忖度(ソンタク)した教育で何とか回っているのですから ですよねw
「自分たちのやっていることは著作者の権利を守るための正義の行為だ」と思ってやってるでしょう。そう思い込まなければとてもあんな請求できませんし。
なんだかんだで囲い込みとか裏工作はかなりうまい組織ですから、外圧でもなければ組織そのものは安泰でしょう。問題は収入で。
>emanonさん
もはやCDも死にかけのメディアと言わざるを得ませんからねぇ。街中で流す流行歌の放送を金に、ドラマの中で流す音楽を金に、軽いカラオケを金に、それぞれ変えようとしてどんどん市場を狭くしていったJASRACの仕業ではありますが。
思い出を形に残すためにメディアを買う、ってのが今一番大きな理由なのかも知れないです。あるいは思い出を得るための参加資格を得るためとか。
農家から種籾取り上げて食べてしまえ的な
CDはサントラ中心に結構買ってるなぁ。グレーテスト・ショーマンも買ってしまったし。
ハイレゾも安くなるときにポチってしまう。
でも彼らは90年代のバブルで沢山売れたのがいまだに忘れられないのでしょうね。
業界に弱いというか、自分たちで作業部会なり立ち上げてきちんと検討しようとしない。
最近特に思いますね。政治と業界団体は太く繋がってると。
政教分離と同じくらい、いやそれ以上に政治とこういった組織との分離を徹底して欲しいですね。
4Kの録画禁止の話(まだ決定してない?)といい、自分たちの首を締めてるだけってことにどうして気付けないのか・・・ほとほと呆れます。
>街中で流す流行歌の放送を金に、ドラマの中で流す音楽を金に、軽いカラオケを金に、それぞれ変えようとしてどんどん市場を狭くしていった
>枚数は増えていなくもないが が、やっぱり 楽しい時 楽しいを思い出した時しか買っていない
なるほど こお並べると どうでしょうか?
日々の 楽しい時に 場の空気を邪魔しない 最新楽曲が 自然に適切な音量で耳に入ってくる
これが国内音楽では種子をまく行為となると やってみる価値はあると思いませんか? どうでしょうか
そもそも 販売促進に店員がおしを路上に他店に負けない音量で流したのが問題でしたし…
鉛フリーの機器になったことで一音一音のピークまで上がるのが極端に早くなり過ぎた結果 先が細く刺さるような音が出ているのが問題なのだと思います
mp3や編込み・ツイストケーブルのヘッドフォン流行も鉛フリー後の流行 からみても 刺さる音なんだなと思いますよ
将来自分らの側に来る人間に、今のうちに上に逆らわない、上に金を払うという習慣を身に着けさせる狙いもあるのかも。ある意味青田刈りですか。
収入で言えば全盛期に比べれば・・・なんでしょうね。少しでも溝を埋めたいのはわかりますが、努力の方向は少し違いますね。
>ドラピーさん
行政のトップにとっての一般人の基準とは大企業の経営者のことなんでしょうね。下の人間はしょせん上の方針に逆らったりはしないでしょうし。
機器メーカーが4K録画の規格を作ったりして「もう録画できるのは決まり」みたいな空気を作ろうとしてますけど、全く引っ込めてないですからね。まぁできたとしても我々録画好きの考える自由な録画とは程遠いものになりそうですが。
>emanonさん
街には邪魔にならない程度の流行歌が当たり前のように流れていた、映画なんかもわざとそうした音楽を入れて時代の空気を作ってましたが。そうした空気に金の概念を入れてしまったために変わってしまった。わたしはそういう解釈でしたが、機器の能力のせいで街に馴染まない音楽しか再生できない機器ばかりになった・・・それはなかなか斬新な解釈です。ハイレゾ音楽も当たり前になってきた昨今、あえて木と松脂と真空管の音と組み合わるのは悪くなさそうです。
http://www.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/1603/12/news035_2.html
具体的に鉛フリー時代でどうピークまでの速度を調節するかなのですよ 音色を変わったと感じさせずに感じ方をかえるわけですから ある意味凄い無駄で謎な回路のために価格が上がる訳ですからねw
低コストで短絡的に考えれば 2万どころか1万8千程度で終わる様に徐々に下げていくとか しかし曲によって感じるイメージが変わってしまいます
現代音楽で高音域がフィルタリングされると空を飛んでいるイメージに作られた曲が 高い丘の先端で立っているイメージに変ってしまう事が有りまして ハイレゾをただ否定すればいいでもなく なかなか難しいのです
極端に言えば 笑い声は一歩間違えば見下すような表現に近くなる訳で 言葉に出る発声のネガティブな印象は強調されるのです
真空管というと、ある程度の大きさがあってナンボ、というイメージがどうしてもあるのですが、最近は小型化できてるんですね。ちなみにウチのアンプは真空管です(笑)音質の流行り・・・と言いますかメーカーの宣伝文句は「重低音」の充実一択ですからね。
なるほど、確かに音の幅=音質、というわけではないですね。場合によっては広げ過ぎてイメージが変わるということはありそうです。気持ちよく聞くためには自然音に近ければいいというわけでもなく。ある程度調整でなんとかならないですかね。