恐怖日和 ~ホラー小説書いてます~

見よう見まねでホラー小説書いてます。
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こどもひゃくとおばんの車 最終話

2019-10-17 11:55:53 | こどもひゃくとおばんの車



               *

「お友達連れて来たよ。その子を先に着せ替えてから由愛ちゃんのオムツ換えてあげる。また写真いっぱい取ろうね」
 そう言って箱を覗いた笹本が下卑た微笑みを浮かべた。
 いやだいやだいやだっ
 そう叫びたいが、そんなことをすればまた頬や頭を殴られるだろう。お仕置きだと言って大事なところをつねられるのも痛くて恥ずかしくて悲しかった。
「うっ」
 急に声を詰まらせた笹本が驚いた表情を浮かべ、後ろを振り返った。
「なめんなよ、てめぇ」
 荒々しい女の子の声が聞こえる。
 笹本は呻きながら崩れ落ちて箱の縁から消えた。
 由愛は恐る恐る箱から顔を出した。
 金色の髪の少女が笹本の背中からナイフを抜いている。血がどくどくと溢れ出し笹本の下に血溜まりを作っていく。
 折りたたんだナイフをジーンズのポケットに差し込むと今度は笹本の上着を探り始めた。
 スマホを見つけてそれもポケットに入れ、由愛をしばらくじっと見つめてからガレージを出て行った。
 その少女が通報したのか、しばらくしてパトカーが到着し、箱の中で動けないでいた由愛は救助された。
 笹本はすでに失血死していた。

               *

 車の窓ガラスに付着した大量の指紋により容疑者の一人として早川保が任意の事情聴取を受けた。凶器の遺留もなく早川の犯行だという証拠はなかったが、方々から通報されていた不審者と一致したことですぐ釈放とはいかなかった。
 早川は笹本と一緒に去った金髪少女が何らかの理由を知っているはずだとあの日の出来事を全部告白した。
 だが、そのような少女を目撃したものは他に誰もおらず、被害者の少女にも聴取したが知らないという答えしか返ってこなかった。
 通報してきたのは確かに被害者より年上の声だったが、それが早川のいう金髪の少女なのか、それともほかの誰かなのかは不明で、笹本のスマホの行方とともにいまだ謎のままである。

こどもひゃくとおばんの車 第十話

2019-10-16 12:30:28 | こどもひゃくとおばんの車



               *

 オ人形サン、オ人形サン、今度ハ、トッテモ素敵ナ、金髪ノオ人形サン――

               *

 笹本はこの前と同じ場所に路駐し、書類の確認をしていた。
 ホルダーから缶コーヒーを取って飲んでいると急いで駆けて来る少女がルームミラーに映り、その少し後からあの男が追いかけてきた。
 笹本は車を降りて少女を止めた。
「どうしたの?」
「あのおっさんが追っかけてくんだよっ」
 少女が振り返ると同時に笹本も男を見た。
「僕が何とかするから早く車に隠れて」
 後部ドアを開けて少女を中にかくまった。
 足を止めた男は笹本をじっと睨んで様子を窺っている。
 この前みたいに逃げ去ってしまえばいいのに、今回はこっちに向かって走って来た。
 慌てて車に乗り込み、ロックしてエンジンをかける。
 発車する間もなく、憤怒の表情を浮かべた男は平手でガラスを叩いた。ドアを開けようと何度も取手を引っ張り、開かないとわかるとまたガラスを叩き始める。
 ガラスを割られるような勢いに笹本は男に構わず発進させた。
 悔しそうに追いかけてくる男を引き離し、やっと一息ついた。
「大丈夫? 怖かったね」
 笹本はルームミラーで少女に微笑んだ。
「別に。それよりもう降ろしてよ」
「まだ追いかけてくるかもしれないから、このままお家まで送ったげるよ」
「いいから降ろせよっ」
 まだ走行中にもかかわらず、少女はロックを解除しドアを開けようとした。
「ちょ、危ないから、止めるまで待って」
 笹本は慌てて車を停止する。
 外に出た少女は礼を言うこともなく薄暗い裏通りを横切ろうとした。
「こんなところ歩いたらまた危ない目に合うよ」
 窓を開けて少女に注意をしたが振り向こうともしない。
 ため息をつきながら笹本は助手席に載せた配達用のケースからエーテルの瓶を取り出した。間違って配達し返品されたものだ。蓋を開け、ポケットからハンカチを取り出すと中の液体をたっぷり滲み込ませた。
 仄暗い防犯灯に金色の髪が鈍く光る。
 笹本は少女の後ろにそっと近づき、鼻と口をエーテルを含んだハンカチで塞いだ。
「だから危ないって言ったろ」
 笹本は暴れる少女を電柱の陰に引きずり込み意識がなくなるのを待った。
「トッテモ素敵ナ、金髪ノオ人形サン――」
 小さな声で歌いながらぐったりした少女を車まで運んで後部座席に乗せる。
「あのおっさん趣味いいなぁ。狙う子みんなかわいいわぁ」
 笹本はほくそ笑んだ。
 車を返却するため帰社しなければならなかったが「着せ替えの時間くらいはいいよな」と独り言ち、車を発進させた。

 自宅横のガレージに車を入れると急いでシャッターを閉めた。
 倉庫と兼用しているガレージは中が広く、棚と作業台が設えてあっても狭くない。
 車から降りて照明を点けると、笹本は作業台に乗せた大型の収納ボックスに近付いてふたを開けた。
 ドレスを着た由愛がじっと横たわっている。
 笹本が覗き込んでも光のない目を宙に向けてぼんやりしているだけだ。
 泣くたびに何度も脅し、時には頬を叩いた。顔が腫れるので暴力は振るいたくなかったが、言うことを聞かない時はやむを得ない。
 今はまだ足首にガムテープを巻いているものの、だいぶ大人しくなり、泣くこともなくなったので笹本は安心していた。
 ナンテ可愛イ、ボクノ、オ人形サン――

こどもひゃくとおばんの車 第九話

2019-10-15 10:54:02 | こどもひゃくとおばんの車



               *

 オ人形サン、来ナイカ待ツヨ。
 チャンスガクルマデ、イツマデモ待ツヨ。

               *

 通報されていることを恐れ、二日ほど様子を窺っていた保だったが警戒が強化されていないことを知り、三日目の夕暮れ、再び倉庫の物陰に潜んでいた。
 逃した少女にまた会えないかと期待していたが望みはないだろうと思った。
 あんな邪魔が入らなければ。
 自分とは正反対の整った容姿の男に悔しさも倍増した。
 落ち着け。
 保は自分に言い聞かせる。
 もしかわいい少女が通ったら今度こそうまく誘い込まなければ。
 かりかりと小指の爪を噛みながら物陰から顔を出した時、保の心臓がどきゅんと撃たれた。
 寂れた倉庫街がそこだけ光り輝いているような一人の少女が歩いてくる。
 くるくる巻き毛の金髪に大きな目、バラ色の頬にぽってりしたピンクの唇。着崩れたトレーナーにぼろぼろのジーンズを着ていても、保にはその子がお姫様にしか見えなかった。
 ただ、この間の子とは違って背が高く六年生か中学生かもしれないところは気に入らなかったが、近づくにつれ妹の持っていた――保が欲しくてたまらなかった――お姫様の人形に似ていると知って興奮が最高潮に達した。一度だけ妹の目を盗んでドレスの裾をめくり、レース仕立てのドロワーを脱がせたときのめくるめく快感を思い出し、股間が熱くなる。
 どんなに高価でもいい、最高のドレスを着せてあげよう。
 保は間近まで来た少女の前に立ちはだかった。
「き、きれいなドレス、着たくないかい?」
 緊張する保を上目遣いで見る少女はこの上なく可愛らしい人形だった。
 だが、
「はあっ?」
 憎々しい表情に顔を歪め、少女は「何言ってんの、くそやろう」と口汚く罵って唾を吐いた。
「き、君はお姫様なんだよ。そんな口きいちゃいけないよ」
 本来の姿を取り戻してあげなければと保は手を伸ばす。
 舌打ちして少女は逃げ出した。
「ま、待って」
 少女を追いかけて角を曲がった保が数メートル先に見たものはこどもひゃくとおばんのステッカーを貼ったこの前邪魔をした同じ車だった。
 運転席から慌ててあの男が出てくる。金髪の少女の腕を取って何か話しかけ、二人一緒に保のほうを振り返った。
 男は少女を後部座席へかくまうとヒーローのように凛々しく眉尻を上げた。
 保は立ち止まった。
 一人目は簡単に誘い込むことができたのに、なんでこいつは邪魔ばかりするんだ。
 保は一人目の少女、エリを思い浮かべる。
 エリは嬉しそうにTシャツだけ脱いでドレスを被ろうとした。
 だが、保が下着まで全部脱げと強要するとその異常さに怯えぐずり出した。待ちきれなくて無理矢理脱がせるととうとう大泣きし、保はエリをあきらめ帰すことにした。
 もちろん大人に告げ口しないよう脅すのを忘れなかった。
「おじちゃん見たよ、エリちゃんの恥ずかしいところ。
 このことをお母さんや先生に言ったら、エリちゃんのあそこがどんなだったか友達みーんなに言いふらしてやるからな」
 脅しが効いているのか、保のことはばれていないようだ。
 子供なんて他愛ないもんだな。
 前回のことも含め保は自分の幸運を喜んでいた。
 だが、こいつがその幸運に水を差す。一度ならず二度までも。
 許さない。
 保は車に向かって猛スピードで走り出した。
 それを見た男が慌てて運転席に乗り込む。
 発車されてはおしまいだ。
 保は全力で車にしがみつき、窓ガラスをばんばん叩いた。

こどもひゃくとおばんの車 第八話

2019-10-14 12:34:15 | こどもひゃくとおばんの車



               *

「お家にはどっちのほうへ行くの?」
 運転手の声に由愛は背もたれの間から顔を出し、「あっちです。おじさん」と人差し指を自分の家の方向に指した。
「ははは、やだなあ、君からしたらもう僕はおじさんか――僕は笹本です。君は?」
 笹本の問いに、由愛はごめんなさいと舌をぺろっと出して、「由愛です。藤木由愛」と答えた。
「由愛ちゃんか。かわいい名前だね。あっ、ごめん。名前だけじゃなく由愛ちゃん自身もかわいいよ」
「えへへ、ありがとございます」
 由愛は照れた。
 小学二年の少女から見ても笹本は胸がときめくようなイケメンだった。その人が自分を悪い奴から守ってくれたのだと思うと今更ながら頬が染まってくる。
 おじさんなんて言ってごめんなさい。
 由愛の一番好きなのはかっこいい父親だったが、あっさりとその順番が笹本と入れ替わってしまった。

こどもひゃくとおばんの車 第七話

2019-10-13 12:04:11 | こどもひゃくとおばんの車



               *

 オ人形サン、マタ来ナイカナ。
 コノ間ミタイニ来ルトイイノニナ。

               *

 保はかりかりと右手の爪を噛んだ。きょうは火曜日なので人差し指の番だった。
 親指は月曜日、中指は水曜日と順番に噛み、土日は休みで次の週は左手に代わる。ずっと噛んでいるので爪は伸びてないが、歯に当たる感触があればそれだけで構わなかった。
 爪と一緒に悔しさも噛み締めていた。
 二人目も誘うことに成功すると思っていたが失敗に終わったからだ。
 あんなかわいい子、めったにいないのに。
 あまりの悔しさに指先から血が滲み出ているのにも気づいていなかった。