恐怖日和 ~ホラー小説書いてます~

見よう見まねでホラー小説書いてます。
たまにグロ等閲覧注意あり

恐怖日和『口禍~くちわざわい~』

2023-10-14 13:43:54 | 恐怖日和
  
  
 職場の新人男子岩田君には、すでに新築一軒家で共に暮らす結婚間近の彼女がいるという。
 岩田君の実家は裕福らしく、なので二十歳そこそこでも、新人という立場でも、結婚の二文字に躊躇することがないのだろう。さらに高級車で通勤までしているし――
 職場の駐車場で見る度に古い軽自動車の自分は羨ましく思っていた。
 毎日が、仕事ですら楽しそうに、岩田君は人生を|謳歌《おうか》している。そこもとっても羨ましかった。

 ある日の休日、ショッピングに行くために軽自動車を走らせていると、見覚えのあるナンバーの車が前方を走っていた。
 あれ? 岩田君と同じ?
 だが、彼の車はシルバーのセダンだが、前を走る車は丸っこくて可愛らしいピンクの車だ。もちろん分類番号等は同じではないが、一連指定ナンバーはまったく一緒。
 あ、彼女さんだ。
 ピンときた。きっと同じ番号で登録しているのだ。
 その車は自分と同じ行先のショッピングモールに入っていった。
 どれどれ、未来の嫁の顔でも拝んでやるか。
 興味津々で同じエリアの駐車場に止め、見失わないように急いで降りて、後を追った。
 後姿はかっこいい岩田君とお似合いな可愛らしい雰囲気をまとっている。
 もしかしてナンバーの一致はただの偶然かもしれないが、入口の手前で思い切って声をかけてみた。
「こんにちは、あのぉ――ぜんぜん違っていたらごめんなさい。もしかして岩田君の彼女さんですか?」
 呼びかけに、びっくりした顔で彼女が振り向いた。あまりに突然で、しかも見知らぬ女に声をかけられたのだから当然だろう。
「あ、わたし岩田君の同僚です。よく岩田君から|惚気《のろけ》話聞かされてるんですよぉ。で、彼女さんで間違いないですか? 違ったら、わたしすっごい迷惑女なんで申し訳ないんですけど――」
 そう言うと|訝し気《いぶか げ》に歪んでいた彼女のきれいな顔に満面の笑みが咲いた。
「そうです。岩田の彼女です。彼の同僚さんですか――やだ、どうしてわたしのことわかったんですか?」
「車のナンバーが同じなの見かけて、もしかしてそうかなって――あ、たまたまわたしもここに買い物があって、追っかけてきたわけじゃないですよ」
 ゲスの勘繰りに思われるのが嫌で、慌てて言いわけした。
「そうなんですか」
 彼女は何も疑わず、にこやかに微笑んだ。
「で、きょうは岩田君と一緒じゃないの?」
「ええ。彼は用事があって――わたしも自分の買い物があったんできょうは別行動なんです」
「もうすぐ結婚式でしょ。もう新居にも住んでるんですって?」
 そこまで言って彼女の顔色が曇ったことに気づいて、
「ああごめんなさい――やだどうしよ。岩田君自身に聞いたとはいえプライベートなことをべらべらと。お喋りなわたしも悪いけど、会社でお喋りしている岩田君のこと叱らないであげて」
「大丈夫です。叱りません」
 そこでくすくす笑って、
「ほんと、男のくせにお喋りだなって思いましたけど――」
「だよね。でもよかったぁ。彼女さんが許してくれて。
 岩田君、すごく幸せそうに話してるんですよ。可愛い彼女さんと住む新居はお洒落でさらに新築、しかも誰もが憧れる一等地。そりゃ自慢もしたくなっちゃうわよね」
「え?」
「あ、やだまた喋り過ぎちゃった――」
「彼ったらそんなことまで喋ってるんですか――」
「うん。もう鼻の下、こーんな伸ばして、W市K町のS台なんだよって。あそこ高級住宅地だよね。普通あの若さじゃ買えないけど岩田君お金持ちだし、しかも親御さんが全部用意してくれたんでしょ?」
「ええそうなんです」
「ああうらやましい。わたしもあと二十年若ければね~岩田君を横取りして――なーんちゃって、冗談よ。二十年どころか三十年若くてもこの顔じゃ無理だわ。あなたみたいにきれいで、かわいくないと」
「とんでもない、そんなことないですよ」
 彼女は慌てて手をひらひらと横に振り苦笑を浮かべたが、まんざらでもなさが滲み出ている。
「あら、ごめんなさい、お忙しいのに引き留めて。じゃ、岩田君によろしくね」
 バイバイと手を振り店の中に入ると、
「ありがとうございました」
 後ろから明るい彼女の声が返って来た。
 わたし、何かお礼言われるようなこと言ったっけ? あ、きれいでかわいいって褒めたか。そんなぐらいで嬉しそうにお礼言ってくれるなんて、性格もなかなかかわいいじゃん。
 そう思いつつ笑顔で振り返ると、足早に車に戻っていく彼女の背中が見えた。

「おはようございます」
 職場に着いたが、挨拶しても異様に騒がしく、こっちを見る職員が誰もいない。
「どうしたの?」
 ロッカー室で隣にいた同僚に声をかけた。
「わたしも来たとこで詳しいことはわからないんだけど――岩田君がなにか事件に巻き込まれたらしいって――」
「ええっ? なにがあったの?」
「さあそこまでは――」
「襲われたんだって、彼女と一緒に」
 ロッカーの陰から別の同僚が顔を出して教えてくれる。
「彼女のほうは亡くなったみたいだよ」と、声を潜めて続けた。
「なんでっ――」
 きのうの嬉しそうな彼女の笑顔を思い出して声が詰まった。
「それがさ、ずっとストーカーに狙われていたんだって」
「ええっ! 彼女さんが?」
 再び彼女の微笑む顔が思い浮かぶ。
「違う。違う。岩田君が」
「え?」
「わたし前に、岩田君が課長に話してるの聞いたことあるんだ。彼、全然知らない女にずっとストーカーされていたんだって。結構ひどい女らしくて。警察が警告してもへっちゃらだし、ストーカー法違反で逮捕してもまた戻ってくるしで。で、彼の両親がいずれ恋人と結婚するんだからって、ひっそり遠く離れた土地に新居準備してくれて、職場も変えて。ストーカーにばれずにうまく逃げられたんだって。
 せっかく喜んでたのに、なーんでばれちゃったんだろう。きっと岩田君、安心して油断しちゃったんだね」


恐怖日和『ここ見てみ』

2023-02-20 14:57:56 | 恐怖日和


 10歳くらいの痩せた少年。
 被害を受けた数人の幼児たちが口をそろえてそう証言した。
 みな3~5歳くらいなので、ただ「おにいちゃん」というのが実際の言葉なのだが、警官や親たちがなんとか訊き出し、ようやくその風体を形作った。
 だがショックを受け過ぎて放心状態の子もいるという。

 ほとんどの幼児は親と一緒に公園に来て、目の届く範囲で遊んでいるが、被害児たちはほんの瞬間目を離した隙にいなくなってしまったのだそうだ。
 彼らは遊び場から離れた遊歩道の途中にある公衆トイレのそばに引き付けられるように集まり、そこでその少年に出会ったという。
 これも拙い証言から要約したものだ。

「ここ見てみ」
 謎の少年は被害児たちを見ながらそう言い、トイレ横の側溝を指さした。
 幼心に不審を抱きながらも好奇心に駆られ、被害児たちはつい側溝を覗いてしまった。
 コンクリートで囲んだありふれた側溝はグレーチングという鉄格子の蓋がはめられていた。中は暗くて何も見えない。一体何を指さしたのかわからず、被害児たちは視線を上げ、首を傾げながらお互いの顔を見合わせた。
 少年は「よう見てみ」と、もう一度側溝を指さす。
 夥《おびただ》しい数の蟻が列をなして四方八方から側溝へと侵入していく様を横目に、グレーチングの奥へと焦点を合わせた被害児たちの見たものは、やはりただの闇の黒だった。
 しかし、その闇はぞわぞわ蠢いて見えたという。 
 少年がしゃがみ込み、ふうううっと大きな息を吹きかけると暗闇がざああと散らばった。
 深い側溝の陰だと思っていたものはすべて蟻だった。
 実際は浅かった底に転がる蟻群の下から出てきたものを被害児たちはもろに見てしまう。
 それは額がぱっくり割れた女性の頭部で、へこんだ白い眼球がきょろりとこっちを見たという子もいた。
 恐怖で悲鳴を上げたり、泣き叫んだり、被害児がパニックに陥っている間に少年も頭部も跡形なく消えていたという。

 警察は手の込んだ悪質ないたずらと判断し、目撃者や地域に住む少年たちを調べてみるも証言に合う少年は特定できなかった。また女性の頭部も見つかっておらず、両方とも実在しているのかどうかいまだわからずじまいで、心に傷を負った幼児たちだけが残された。


 その男は未来から来たという。
 SF的だが、そんな科学的な話ではなく、未来といってもほんの十数年後らしい。
 男は生首を入れたレジ袋を持っていた。
 そんなものを持って、なぜ突然僕の部屋に来たのか、男自身もわからないと言った。指名手配されての逃亡中、気づいたらここにいたという。
 今は男にとって過去だから、追い出しても逮捕される心配はないだろうが、ヤバそうなバキバキの目をしているし、持っているものからして職質でもされたら一発アウトだ。
 だから追い出しはしなかった。

 男は幼い頃に受けたトラウマで外に出られなくなったらしい。常に頭の中がぞわぞわ落ち着かず、殺人衝動に駆られていた。
 そしてとうとうある日の夜遅くに家を出て、帰宅途中の女性を鉈で襲って首を切断したのだそうだ。首から下は道端に放置、その場を後にして逃亡した。
 頭の中のぞわぞわが消えていたという。
 僕も幼い頃、男と同じトラウマを負っていた。もう十歳にもなるのに小学校に通うどころか、玄関から出ることすらできなくなってしまったのはそのためだ。
 あの日あの時、側溝の女の生首を見たせいで外に出られなくなったのだ。まともな食事もできず、肉を食べても吐いてしまう。口にできるのはお菓子類だけ。
 頭の中がぞわぞわと落ち着かず、こんな気持ちをわかってくれるのはこの人だけと思ったが、レジ袋を置いたまま、男は来た時と同じく唐突に消えた。
 袋の中身を確認する。あの時の、額がぱっくり割れた女性の生首だ。白く濁った目が虚ろに開かれている。
 でもただそれだけだ。
 きょろりと動いたように見えたのは、幼い恐怖心が見せた錯覚なのか。それとも眼球内に入り込んだ蟻が蠢いていただけなのか。
 僕は生首の髪を引っつかんで勢いよく立ち上がった。
 ぐらりと立ち眩みがして、気づけば遊歩道の、あの公衆トイレ横の側溝脇に立っていた。
 遊び場から子供たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。
 僕はグレーチングを持ち上げ、側溝に生首を転がした。
 腐肉の匂いに誘われた蟻がすぐに集《たか》り出し、いくつも列を作る。生首は瞬く間に真っ黒になった。
 しばらくして幼い子供たちが集まり始めた。
 あの中のどこかに自分もいるのだと思いながら、
「ここ見てみ」
 そう言って、僕は側溝を指さした。

恐怖日和『牽制』

2023-02-18 17:01:05 | 恐怖日和


 新しい職場に入社が決まった時から、同じ部署にイケメン君がいると、聞くとはなしに聞いていた。
 まだ右も左もわからないうちからそんな噂が耳に届くのだから、会社ではよほどの有名人なのだろう。
 イケメン好きではない自分からしたらどうでもいい話で、でも同時入社のギャル、栄田さんにとって鼻息を荒くする噂だったらしい。
 指導係の先輩に連れていかれた部署には、確かに誠実そうで柔らかい物腰のイケメン君がいた。
 だが、訊いてもいないのにイケメン君本人から彼女がいることを告知され、さらに牽制のつもりか、スマホの待ち受けを半ば強引に見せられた。
 写真には彼と並んだ、わたしや栄田さんよりはるかに美人でレースやリボンがよく似合う髪を縦カールした女性が映っていた。
「彼、タイプだったのにぃ」
 イケメン君が立ち去った後、歯軋りする栄田さんに、
「いい男は女がほっとくわけないですよ」
 そうわたしは笑った。
「よっしゃぁ、あの女から略奪するぞっ」
 こういうことに闘志が燃えるタイプなのか、こぶしを握って栄田さんが意気込む。
 やれやれと心の中で苦笑した。栄田さんにもだけど、イケメン君にもだ。
 モテないのもつらいけど、モテるのも大変なのだ。

 あれから数か月が経ち、結局、栄田さんは己に勝ち目がないとわかって略奪を諦めた。それでも時々イケメン君の端正な横顔を物欲しげに眺めていたが。
 そんな頃、イケメン君に昼食を誘われた。
 断る理由がなかったので、会社の近くにあるパスタ屋に一緒に行くことにした。
 店に到着してから栄田さんも誘ってあげればよかったと後悔した。その場にいなかったのでつい失念したのだ。
 もしこのことが彼女に知られれば、いくら諦めたとはいえきっと恨まれるに違いないと、自分のうっかりを悔やんだ。
 今からでも呼ぼうかと考えてみたものの、なぜイケメン君がわたしを誘ったのか――例えば栄田さんがいまだしつこく言い寄ってくるとかなどの相談をしたいのなら呼ぶことはできない。
 だが、注文したパスタが来るまでの間も、来てから食べ終わるまでの間も、お勘定を済ませて――ちなみに|奢《おご》りではなかった――会社に戻るまでの間も、一切相談事のような話はしなかった。
 イケメン君がずっと口にしていたのは、わたしに対する賛辞だった。
 仕事の覚えが早い。ミスが少ない。化粧や身につけるものがシンプルなのに女らしさも表現できていて。さっぱりした性格で、いざこざが多発する職場の中でも柔軟に上手く対応できているなどなど。
 会社に戻る道すがらも歯の浮くような賛辞が次々と並べられた。
「はあ――まあ――そう言ってもらえて――えっと――うれしいです」
 戸惑いつつ栄田さんを誘わなくてよかったと心から思った。こんな話聞かれたら、栄田さん、いや女子全員を敵に回しかねない。
「でさ、澤路さんは彼氏いるの?」
 はあ? 
 思わず出そうになった声はうまく呑み込んだ。相手は先輩だ。
「いえ、今はいませんけど」
 もしかして誰か紹介しようとしてる? うわっめんどくさ。先輩の紹介って断りにくい――彼氏いるって言えばよかったーっっ、後悔先に立たず。
 イケメン君は会社の玄関脇に立ち止まると、満面の笑みで、わたしの手を握った。
「澤路さん、ぼくと交際してください」
「はあ??」
 今度は思いきり声が出てしまい、その大きさに自分で驚いてきょろきょろしてしまった。
「いやいやいや、イケメンじゃなく――佐藤さん、かわいい彼女さんいるじゃないですか。だめですよ。そんなこと言っちゃ」
 冗談にしても気しょくて笑えない――でも、ふざけんなって怒るのも大人げないし。
 そう頭の片隅で考えながら、
「ははは、やだなーもう」
 笑ってごまかし、手を振り放した。
「ぼく本気だよ。理想に合う女性をずっと探してたんだ」
 もうわけわからん。だいじょうぶか、こいつ――
 わたしの笑顔が消えたことに気づいたのか、イケメン君はポケットからスマホを取り出して待ち受けを見せた。
「これね、フェイク画像なんだよ。SNSで見つけたかわいい女性の写真を自分の画像と合成したんだ。ぼくってむやみやたらモテるでしょ。だから、いい寄る女性を牽制するために」
 あー、はい、はい。そういうことでございますか。ご苦労なことで――でも、牽制のためっていうのは当たってたんだ。って、今そんなこと言ってる場合じゃない。
 わたしは背筋を伸ばし、両手を前に重ね、丁寧に頭を下げた。
「すみません、佐藤さん、お気持ちはありがたいんですけど、今は仕事が大事というか、誰ともお付き合いするつもりはないんで――」
「はあ? もしかして断ってる? このぼくが見初めて上げた女性なのに?」
 うわっダメだ、これマジでトリハダものだ。
「はい。お断りさせていただいております。
 はっきりいってタイプじゃないし――理由の大半はそれです。もう一回いいましょうか? 
 お断りいたします。
 イケメンだからって、誰もかれもあなたの顔が好みなわけじゃないんですよ」
 わなわなと震え、それ以上何か言うことも動くこともできない顔だけイケメン君をその場に置いて、わたしは玄関の自動ドアをくぐった。
 中に入るとドア横の壁にもたれて栄田さんがわたしを睨んでいた。今の件をすべて見られていたに違いない。
 もうっ次から次へと――
「玄関出たら、佐藤さんに手握られたあんたが見えたのよ」
 凄まじい殺気をつり上がった目から発射して栄田さんが私の前にゆっくり近づいてくる。
「わ、わたし、栄田さんを出し抜こうとしたわけじゃないですよ――えとぉ、どう言ったらいいのか――」
「向こうが勝手にいい寄って来て、あんたがそれを断ったってことだよね」
 栄田さんがにっと笑った。
「そ、そうっ! ちゃんとそこも見ててくれたんだ。あーよかったぁ」
 安堵の息を吐いてわたしは胸を撫で下ろした。
「だって澤路さん、ごつい顔のマッチョが好きじゃない」
「え。知ってたんですか?」
「うん。もしかして隠してた? なら待ち受け、プロレスラーにしちゃだめだよ」
「別に隠してるつもりなかったけど――いやあ見られてたか――あはは」
 わたしが笑うと栄田さんもぷっと吹き出し、
「でもさ、あいつ何様? 超幻滅したんですけど」
 そう言いながらドアのガラス越しに外を覗く。
 そういやイケメン君入ってこないな。くそ高いプライドずたずたにされてまだ動けないの? 生意気な割にメンタル弱いのね――
 そう思いながら栄田さんの隣から外を覗こうとした時、
「ねえ、あれ」
 栄田さんが指をさす。
 玄関前の歩道に突っ立ったままのイケメン君の前にあの待ち受けの彼女がいた。
「え、フェイクって言ってたのにウソだったの――」
「しっ」
 栄田さんが遮り「なんか言い合いしてる」と言いながら、ドアに耳を付けて二人のやりとりを聞いている。
「彼女、あんたにいい寄ってた佐藤を裏切者って罵ってるよ」
 栄田さんがふんっと鼻を鳴らし嗤った。
「じゃ、やっぱり本物の彼女の画像だったんだ。ひどい。わたしを騙すなん――」
「ちょっ待って、お前なんか知るかって佐藤が怒鳴ってる。フェイクって言うのは本当なのかも」
「え? じゃ、そっくりなあの彼女は一体?」
「たまたまフェイクに使った写真の本人が、佐藤の待ち受けを真に受けたってことじゃない? 普通そんな使われ方したら不愉快で抗議しそうだけど、相手がイケメンだし、あの女メンヘラってそうだから、マジで自分が恋人だと思い込んじゃったみたいだね」
 さもおかしそうに栄田さんが「ぷぷっ」と吹き出し、
「いやあまさかこんなことになるなんてね」
「え?」
「佐藤がさ、わたしに全然なびかないから、腹いせにあの待ち受けを写真に撮ってSNSにアップしちゃったんだよね。
 ほらあいつスマホそこらに置きっ放しにしてるじゃん、その隙にさ、イケメン先輩、恋人とラブラブで~~すってコメントと一緒に」
「ええっ!」
「絵に描いたような美男美女カップルなんか炎上しろって思ったけど、結構評判良くってよけいムカついてたんだよね。まさかフェイクだったなんて――おまけにこんなことになるなんて」
「えええっ!」
 怖っと思いながら驚いていると、まだ二人の様子を窺っていた栄田さんの表情が一変した。
「うわっやば――」
「どうしたの?」
 つられて外に目をやる。
 佐藤が彼女に刺されていた。
 深々と胸に突き刺したナイフを彼女が抜き取る。鮮血が噴き出すのが見えた。
 佐藤本人は何が起きたのかまだ把握していないような顔つきでぼうっとしている。
 それはそうだろう。こんな可愛らしい女性がナイフを持ち歩いているなど、それが自分に向けられるなど、誰だって想像もしない。
 佐藤は返り血で真っ赤になった彼女の顔を数秒間じっと見つめた後、膝から崩れ落ちた。
 通行人から悲鳴が上がり、エントランスにいた社員たちも何事かとドアに群がって来る。
 慌てて警備員たちが飛び出して彼女を取り押さえた。男性社員たちも次々飛び出し、泣き叫び暴れる彼女を警備員たちと共に押さえ込んだ。
 警察や救急に通報する殊勝な者たちからただの野次馬まで、玄関前は大騒ぎだ。
 わたしは傍観したまま。栄田さんも口をあんぐり開けたまま動かない。まさかこんなことになるなんての二乗、今度は嗤うどころではないようだ。
 血の気を失った佐藤は応急手当を受けているが、ぐったりしたまま動かない。
 ほんと、モテるっていうのも大変だ。

恐怖日和 第七十二話『愛の詩』

2022-12-06 16:39:47 | 恐怖日和



「桃ってすごく甘いんだね。初めて食べた」
 両手に一個ずつ持った大ぶりの桃を交互に貪り、手のひらから腕に伝う汁を肘の先で滴らせながら晶乃は嬉しそうに笑った。
 箱詰めの高級な桃は自分たちで買ったものでなく、この屋敷に来た時、すでにテーブルに置かれていたものだ。
 もちろん俺たちのために用意された物じゃない。
「そんなもんじゃなく、金が欲しかったんだけどな――」
 大きな屋敷のわりにまとまった現金がなく、溜息をつく俺に、
「これでも充分だよ、ありがと」
 晶乃が本当に嬉しそうに笑う。
 その笑顔に泣きそうになり、涙が零れないよう上を向いた。
 泣いてる場合じゃない。こいつをもっともっと愛で満たしてやらなければ。
 今まで家族から与えられなかった分を、命が残っている間に――
「桃ならまだあるから、もっともっと食え」
「え~、そんなに食べれないよ」
 晶乃がまた笑った。
 ぽたぽたと伝い落ちる汁が、晶乃の足元にうつむいて倒れている女の、血塗れの背中に滲み込んでいく。
 食べれないよと言いながら、最後の一個まで食い散らかして、晶乃はぴくりとも動かない女の背中に向かって「ごちそうさま」と手を合わせた。
「じゃ行こうか」
 座って晶乃を眺めていた俺は、これも血濡れで横たわる屋敷の主《あるじ》の出っ張った腹から尻を上げた。
 次こそもっと金のある家を。
 できれば晶乃の病気を治せるほどの大金を手に入れてみせる。
 そう心に誓い、俺は晶乃の手を取って屋敷を出た。
 空に浮かぶ満月の澄んだ月明かりが、俺たち二人を静かに照らしていた。

恐怖日和 第七十一話『実話怪談』

2022-11-19 13:29:34 | 恐怖日和



「えっと――少し前の体験なんですけど――
 地区でゴミ当番になった時のことです。
 ゴミ当番っていうのは集積所に散らばったゴミの掃除を一か月間担当することなんですが――もちろん夫はそういうの手伝ってくれなくて、全部わたしがやるんですけど――って関係ない話ですね、すみません。
 どこでもそうだと思うのですが、集積所に出すゴミは一般ゴミと資源ゴミを出す曜日が違うんですよね。
 毎週月曜と木曜が一般ゴミの日。
 水曜日が資源ゴミの日。
 で、資源ゴミは缶瓶など燃えないゴミ、プラマークのついたプラ製品、ペットボトル、段ボールや新聞など紙製品や古着などの布製品、そう細かく分類して週別に出さないといけないんです。
 第一週、第三週の水曜日が缶瓶、第二週がプラとペット、第四週が紙、布製品というふうに。
 その週は第二週の水曜日でプラとペットボトルの日でした。
 わたしは回収された時間を見計らって集積場をチェックしに行きました。
 ペットとプラは回収されてすでになかったのですが、一般ゴミ袋に詰め込まれた布製品が集積場の片隅に置かれていました。
 次週予定のゴミだから回収されなかったんです。
 ゴミ当番は散らばったゴミの掃除はもちろんのこと、勘違いで――もしくは故意に――出された資源ゴミをいったん持ち帰り、正規の指定日に再び出さなければいけません。
 なんでルール違反した他人のゴミを押し付けられなければいけないのかという理不尽さに憤りを覚えつつも、わたしは仕方なく袋を持ち帰りました。
 袋の中は外から見た感じ無造作に丸められた敷きパッドのような、薄手のラグのようなものでした。素材のわりに少し重さを感じたのですが、このご時世、中を開けてまで確認する気になれず、袋に詰め込めばこんなものだろうとたいして気にもしませんでした。
 ちょうど一般ゴミ袋に入っていることだし、次週を待たず明日のゴミの日に出してしまおうと考えたわたしは、庭の隅に設置しているゴミ箱の横に袋を置きました。
 よほどのものではない限り、指定袋にきちんと入っていれば一般ゴミとして回収してくれるからです。
 そして夜が来て、夕飯を食べ終え、風呂に入った夫と幼稚園の息子、わたしの三人は寝室で休みました。

 深夜、掃き出し窓のガラスの割れる音がしました。
 わたしたちは寝室のクローゼットの中に隠れていたので、夫が握りしめていた携帯電話ですぐ110番通報しました。
 何者かが寝室に入ってきましたが、息を潜めていたわたしたちに気づきませんでした。
 犯人は家中をうろうろしている最中、駆け付けた警察官にあっさり逮捕されました。
 後から聞いた話ですが、犯人は女で、泥棒目的ではありませんでした。
 その女は例のゴミを置いた人物だったんです。
 あの袋の中には人知れず産み落とし殺した赤ちゃんが敷きパッドに包まれて入っていたそうです。
 指定日を間違ったことに気づいた女が戻った時にはすでに遅し、当番――つまりわたしが持ち帰った後でした。
 今月の当番が誰かを調べた女は殺人と死体遺棄が発覚するのを恐れ、わたしたちを殺そうと思い立って夜中家に忍び込んできたというわけです。
 でもおかしくないですか? だって、もしわたしが中身に気付いていたら、とっくに通報してますよ。事件になってないってことはばれてないってことでしょ。
 ゴミ箱の横に置いた袋を持ちかえれば済むだけの話なのに、殺そうとして家の中に侵入までしてくるなんて――もう怖くて、怖くて――」

 ここで、この話を録音しながら、メモも取っていた怪談収集家の男が顔を上げた。

「あ~、せっかく話を聞かせていただいたんですが、これ人怖ですよね? 僕が聞きたいのは怪談なんで――」
「あら、やだ、すみません――肝心な部分話しそびれて――
 わたしたちすでにクローゼットに隠れていたって話しましたよね、侵入されるより先に。だからガラスの割れる音ですぐ110番できたんです。
 実は夜寝静まってから、庭のほうから激しい赤ちゃんの泣き声が聞こえて来て――わたしも夫もそれで目が覚めたんです。
 どこの赤ちゃんが泣いているの? って。
 近所にはうちより小さな子供のいるお宅はありませんし。
 しかも泣き声が移動して、今度は庭に面した居間から聞えてきて――居間から廊下へ、廊下から寝室へと、だんだん近づいて来るもんだから、怖くなったわたしたちは慌てて眠っていた息子を抱いてクローゼットに隠れたというわけなんです」