恐怖日和 ~ホラー小説書いてます~

見よう見まねでホラー小説書いてます。
たまにグロ等閲覧注意あり

怪異収集家 【憑いてきたもの】

2019-04-01 19:01:09 | 怪異収集家



 Pさんの母親は普通『見る』ほうではないらしい。
「なのに、あの時はなぜなんだろう」
 と、今でも首を傾げているそうだ。

               *

 Pさんの母親・R子さんは、若くして亡くなったご主人の墓参りを欠かさなかった。
 菩提寺が家に近かったということもあるが、月命日はもちろんのこと、買い物に行く際や散歩に出た時も、門前を通る場合は必ずご主人の墓に手を合わせた。
 それは二十数年来の習慣で、今まで異様な出来事にあったということはなかった。
 だが先日、墓参りを終え門に向かって参道を歩いていくと、中年の男女が門前に立って自分をじっと見ている。
 R子さんは、知り合いかな? と思いながら門に一歩一歩近づいた。ここ最近、歳のせいで視力がだいぶ弱くなっている。以前も真横に立った人が友人だと気付かなかったこともあり、この時もそう思ったという。
 しかし、山門の木目を数えられる位置まで来ても二人の顔がはっきり見えない。しかも全身がびっしょり濡れているのに気付いてR子さんはぞっとした。
 二人がこの世のものではないとわかったからだ。脚ががくがく震え、その場に留まってしまいそうになったが、無理やり動かして山門をくぐった。知らんふりをして二人の前を通る。こちらをじっと見ているのが目の端に映っていた。。
 見ちゃだめ。見ちゃだめ。
 視線を引っ張られそうになりながらもR子さんは何とかやり過ごし、足早でその場を去ることに成功した。振り向いて確かめたい衝動にもかられたがアレらに見えていると気づかれたくなかった。
 寺通りから逸れて大通りまで出て深いため息をついた。
 この後、買い物に行く予定をしていたが、ひどく疲れてしまいR子さんは家に帰ることにした。
 念のため同じ道を戻らないで別ルートで家路についた。
 家に着くと外出着のまま倒れ込むようにベッドに入り、泥のように眠った。
 はっと目が覚めた時、開け放したカーテンの窓ガラスの向こうは暗くなっていた。もちろん照明など点けていなかったので部屋は暗かったが、街灯の明かりでぼんやりと中が照らされている。
 R子さんはベッドから体を起こそうとした。だが体が痺れて動けない。
 金縛り? そう思った時、ベッドの傍らに立っているものに気が付いた。
 あの二人だった。
 R子さんは憑いてきたんだと目をつぶった。
『うどんたべさせてくれませんか』
『うどんたべたいんです』
 頭の中に響くその声にR子さんはかっと目を開けた。傍らにいるのはあの幽霊たちではなく、侵入してきた人だと思ったからだ。
 だが、ぼんやりと浮かんでいるのは、顔は滲んだように見えないが紛れもなくあのびしょ濡れの二人だった。
『うどんたいてください』
『うどんたべたいんです』
 R子さんはもう一度ぎゅっと目をつぶり、心の中で喚いた。
『無理無理無理無理無理無理無理無理――』
『うどんたべたいんです』
『うどんたべたいんです』
『いやあ、いやあ、ぎゃあああああ』
 幽霊の声が聞こえないようにR子さんは心の中で喚き散らした。
 ふと声が聞こえなくなり、あきらめて消えたのかとR子さんは目を開けた。
 二人が顔を覗き込んでいる。だが間近にあってもその表情は見えない。
 一瞬息が詰まったが、
「いやあぁ。もう無理やって、そんなんうどんなんか作られへんって。帰って。か・え・って。帰ってええぇぇ」
 大声を出せたと同時に手も足もじたばたと暴れた。
 数分間喚き散らして疲れたR子さんはしばらく放心状態になっていた。
 いつの間にか二人の幽霊は消えていたという。

               *

「母がうどんを作らなかったのは怖かったということもありますが霊に同情してはいけないからだと後で話していました。
 しばらくの間母は菩提寺に行くのが怖くて、父の墓参りをさぼっていたそうです。
 でもしまいには、お父ちゃんに怒られるわって言って、やっと行く気になりました。今はまた以前のように、かかさず行ってます。
 あれから二人の幽霊は見ないそうです」
 Pさんは笑った。
「幽霊が見えたのになぜ父ではないのかって、うちはまだ鬼嫁なんやろかって、母も苦笑いしてました。
 なぜびしょ濡れだったのか、なぜその時だけ見えたのか、母も私もわかりません。
 同情してはいけないと言いつつも、母は、あんなに食べたがっていたんだから、うどんくらい作ってあげてもよかったなと、今ではそう思っているそうです」

怪異収集家 【路地に立つもの】

2019-03-31 12:44:02 | 怪異収集家




  K美さんは幼い頃、風呂好きのお父さんに連れられて夜の銭湯へよく行ったそうだ。
 手を繋いでお喋りしたり、歌を歌ったりしながら路地を歩いていくのが楽しく、風呂上がりのコーヒー牛乳やフルーツ牛乳も楽しみにしていた。
 だが、塀や空き地だけに囲まれた銭湯までの道のりは薄暗い街灯が照らしているだけで子供心に少し怖かったという。

 その夜も手をつなぎ、幼稚園であった出来事をお父さんに楽しく話をしていた。
 一区切りついておしゃべりをやめたK美さんはいつもと違うことに気付いた。
 K美さんの話が終わると今度はお父さんが面白い話を聞かせてくれるのだが、一向に始まらない。
 洗面器の中でカタカタ鳴る石鹸箱の音がやけに大きく聞こえていた。
 首を傾げつつ歩いていると数メートル先の電柱の陰に誰か立っているのが見えた。
 薄暗いのではっきりと見えないが、背の高い人だというのはわかる。
 近づくにつれ、その人がテレビで見たことのある日本兵の格好をしていることがなんとなくわかった。脚にゲートルを巻いているのが暗い中でもはっきり見えたという。
 通り過ぎる時、包帯をぐるぐる巻いた顔や手も見えた。包帯の間から片目だけ出て、その瞳が透き通った青い色をしていることもなぜかはっきり見えた。
 不思議でたまらず、確認のため振り返ろうとしたが、普段穏やかな物言いのお父さんに「見るなっ」と小声で、だが有無を言わせぬ強さで止められた。
 お父さんはいわゆる見える人で、気付いていることに気付かれてはいけないと常々言っていた。
 憑いてくるからだ、と。
 K美さんは幼いなりにお父さんの言うことを理解していたので黙ったまま進みつづけ、銭湯に着いてからも一切見たもの話はしなかった。
 薄気味悪さは残っていたが、大きな湯船の気持ちいい湯を満喫しているとすべて忘れてしまった。
 風呂上りにはフルーツ牛乳を選び、お父さんとともに甘酸っぱい味を味わった。
 帰りにも同じ路地を通ったが、さっきの電柱の陰にはもう兵隊の姿はなかった。
 だが電柱より高い、布が巻かれた丸太が二本並んで立っていることに気付いた。
 あれなんだろう?
 K美さんは通りすがりにしげしげと眺めた。
 丸太の下にも何か二つ並んでいる。
 それが丸太の履いた軍靴だとわかった瞬間、顔が引っ張られるように上を見上げかけた。
「K美っ!」
 お父さんの声に我に返ったK美さんはしっかり前を見据え、つないだ手を離さないようにぎゅっと握ってそこを無事に通り過ぎた。
 その後もたびたび銭湯に通ったが
、見たのはその夜の一度きりだったという。

怪異収集家 【ドアの向こう】

2019-03-29 11:04:13 | 怪異収集家
 


 看護師Mさんの話。
 以前勤めていた病院には何年も寝たきりで亡くなるまで個室に入院していた患者Bさんがいた。
 Mさんが勤めるずっと以前からいたというのだから、かなり長いのだが、家族に会ったことはなく、見舞客もいないので、金はあっても身寄りや友人はいないのだろうと思った。
 Mさんがちょうど夜勤明けでいない日にBさんはあっけなく亡くなった。
 遺体は処置を施されて運び出され、その後どう弔われたのか、Mさんにはわからない。
 ずっといたBさんがいなくなったので「なんだかさみしいね」などとみんなで話し合っていたが、それもほんの数日だけで、後は忙しさに紛れてしまった。
 病室はしばらく開け放され、長年の澱んだ空気も古いマットレスなどとともに交換された。
 閉め切っていたブラインドを上げて明るくなった病室にやがて初老の男性患者Fさんが入院してくる。
 Mさんが夜勤のある夜、その病室からのナースコールが鳴り響き、担当の新人ナースが素早く駆けていった。
 だが、すぐ戻ってきてFさんが寝ぼけていると笑う。
「わけわからんこと言うてはるねん」
 誰かがドアの前に立っているのが小窓に映っているのだという。
「わたし行ったときは誰もおらんかったし」
 新人ナースはそう言うと次の仕事に移った。
 その後もFさんは間髪入れず何度もコールを鳴らしてきて、その度に駆け付けていた新人ナースがべそをかき始めた。
「Mさん何とかしてぇ。誰か立ってる言うねん。怖くて眠れやんって。誰もおりませんよ言うても、いてるって聞かへんねん。背の高い紺色の寝巻着た人やって、ガラスのとこにぴったり張りついてずうっとこっち見てるって。
 カーテン引いても、見える言うて聞かへんねん」
 Mさんは持っていたペンを落とした。
 Bさんが紺色の寝巻を着た背の高い老人だったことを思い出したのだ。
 大きくナースコールが響き、Mさんはびくりとした。戸惑いつつも行こうとする新人ナースを手で制し、今度はMさんが行った。
 部屋を変えてくれと訴えるFさんの手を握り、今夜は無理だからとなだめる。
 明日、明日換えますから。
 Fさんにではなく、自分には見えないドアの向こうに立つBさんに懇願した。
 すると、すうすうFさんの寝息が聞こえ始め、Mさんはほっとした。
 翌朝申し送りの際、昨夜の一件を師長に伝え、Fさんの病室は速やかに交換された。
 その後Mさんが辞めるまで、どんなに満室でもその部屋だけは病室として使用しなかったという。
 ただ今はどうなっているのかわからない。