NINAの物語 Ⅱ

思いついたままに物語を書いています

季節の花も載せていきたいと思っています。

寂しい部屋(7)

2012-02-21 19:40:02 | 寂しい部屋
田舎のこの町でも、近頃はどの家も洋風になっていて、リビングやダイニング、それに子供部屋も椅子の生活になっている。
そのためか、生け花を習いにくる娘たちも正座が苦手で、花を生けている間はモジモジしながらも何とか正座をしているが、生け終わると途端に足を崩す。
健吾が老人と安心しきっているのか、ミニスカートで足を前に投げ出したり、膝を立てたり、横座りをしたりするので健吾は目のやり場に困る。
高校教師をしていた頃、受け持ちの生徒、奈々の揺れる大きな胸や、スカートで脚をあおっている生徒の白い太ももを見て、ムラムラした感情を持ったことがあったが、今のこの光景はそれどころではない。
娘の横に座って花の生け方を教えている時も、若い女性のむっちりとした腕が自分の腕に触れることがある。
化粧品の香りが甘く匂ってくる。
ドキッとはするが、それが嬉しくもあり、若い頃の懸命に抑えていた湧きあがる感情とはまた違った思いなのだ。
健吾の心の中で何かが少しずつ動き出していた。

 また一年が過ぎた。
最近、健吾は本を読むことが少なくなってきている。
教室のない日は、お茶やお花を教えている部屋で一日中ぼんやり庭を眺めている。
教室のある日はこれまで通りに教えてはいるが、娘たちの胸や脚を舐めるように見ることが多い。
頭の中に女性の肉体が渦を巻いて浮かんできて、他のことが考えられない。
女性の胸に触れてみたい、お尻を撫でてみたい、と毎日思うようになった。
ある日の茶道教室で、帰ろうと立ち上がった娘のお尻を触ってみた。
娘は「キャー。」と声を上げたが、健吾を責めるでもなく周りの皆と笑っていた。
次は花道教室で、娘の横に座って生けた花を直しながら胸に手を触れた。
ふっくらと張りのある胸は手に心地よい感触を与えた。
それからは時々、近所の娘や教室に通ってくる娘の胸やお尻を触るようになった。
親たちは昔からよく知っている健吾のことなので、警察に訴えずに健吾の家に直接苦情を言いに訪れるようになった。
その度に正代は平謝りに謝った。
健吾にそのような行為を止めるように忠告しても、
「俺は悪いことをしていない。」
と言うばかりで埒があかない。
正代は恥ずかしくて仕方がない。
外に出ると、人の目が自分を責めているようで、人に会うのが恐くて家から出られなくなった。
夫は病気を患っているのだろうと、病院で診てもらうことを勧めても健吾は取り合わない。
「俺の体のどこが悪いと言うのか。」
何度も言うと怒り出す。


寂しい部屋(6)

2012-02-17 19:54:51 | 寂しい部屋
 またたく間に5年が過ぎた。
茶道も花道も、教室には毎回7~8人の弟子が通って来る。
時には女性に混じって男性が来ることもある。
健吾の住む同じ町で、彼の家から700mほど離れたところに老舗の陶器店がある。
明治の初期からあるといわれるその店は、主が7年前に40歳代の若さでがんを患い急逝した。
若いので病気の進行が早く、肺がんと診断されて4カ月で他界した。
当時、中学生の娘と小学生の息子が二人いた。
その妻は、残された子供たちを女手一つで育てながら陶器店を続けていた。
珍しい品物を仕入れているのか人気があり、遠方からも客が来ているようだ。
たまに健吾もその店の前を通ることがあるが、中で和服を着た女性が客の相手をしているのを見ることがある。
茶道の教室を始める際に、一度だけ正代と一緒に茶碗を見に行ったことがある。
店の展示もセンスが良くて、若者が入る姿もしばしば見られる。
 その陶器店の女主人、真美が長女を連れて健吾の家を訪れたのは、庭にコスモスが咲いている頃だった。
土曜日の茶道教室が終わり、健吾と正代が次の花道教室のために机を並べている最中だった。
玄関に声がしたので正代が出て見ると、夕日がコスモスに反射して眩しく、二人の姿がぼんやりと影になって見える。
目が慣れてくると、一人はグレー地の中に薄茶色の草花をあしらった着物に、濃い茶色の帯を締めた40歳半ばの女性と、黒いミニスカートの若い娘が立っていた。
見覚えのある顔だが思い出せない。
「陶器屋の真美です。」
和服の女性が名乗って、正代はそうそう、茶器を揃える際にあの店にも行ったことがあると思い出した。
「ああぁ、あの時にはお世話になりました。
この方、お嬢さん?
大きくなられましたね。」
先生にお会いしたい、というので居間に案内した。
健吾が居間に入っていくと、畳の上に背筋をピンと伸ばし、両手を前に揃えた細身の母親と、同じ姿勢で座っている娘がいた。
母親が言うには、この娘を茶道教室に通わせるので、礼儀作法を教えてほしいとのこと。
親の自分が教えても、大学生になった娘は反発するばかりで、母親の言葉に耳を貸さないという。
それで他人様に厳しく教えてもらいたいのだと頼んだ。
店主が亡くなった時には小学生だった息子たちも、今では高校生になり、田舎を嫌って遠くの都会の大学進学を希望していて、こちらには戻ってきそうもない。
それでこの娘に陶器店の跡を継がせたいと考えている、と真美は語った。
美しい仕草でお辞儀をする真美を見て、健吾は心底「美しい女」と思った。
頭を下げた白い襟足に見えるおくれ毛が、何とも色っぽい。
驚くほどの美人ではないが、色白で細面の整った顔をしていて、何よりも仕草が美しい。
健吾は、教えましょう、と喜んで引き受けた。

寂しい部屋(5)

2012-02-14 22:22:00 | 寂しい部屋
 正代は、いつも自分の方に向いている健吾の目がうっとうしく、見張られているようで窮屈に感じていた。
夫が勤めていた頃のような自由が欲しいと思う。
最近は夫から声をかけられるとつい、つれない言葉しか口から出てこない彼女だ。
俳句・俳画の講座では殆どが彼女より年上の男女だが、それなりに遊び仲間としては楽しい。
仲間との旅行も、これまで家にいた時には経験しなかったような、ときめきや嬉しさがある。
時には年上の男性に誘われ、お茶をしたり、古寺や庭園を観賞したりすることもある。
それだけのことではあるが、夫と違う男性と遊ぶことに後ろめたさもあって、夫にはそれを話すことが出来なかった。

 健吾が定年退職して2年後、リホームした部屋で【花道・茶道教室】が始まった。
花道は水曜日の夜、茶道は土曜日の午後昼間に週一回ずつ教えることにした。
花道教室が始まると、その材料の花が必要になって、正代も健吾と一緒に畑を耕したり花の苗を植え替えたりして、花作りに精を出さざるを得なくなってきた。
「奥さん、珍しいわね。ご主人と一緒に畑の仕事なんて。
最近は滅多に花の手入れをされているのを見なかったので、もう畑仕事はに嫌になられたのかと思っていました。」
近所の主婦が興味深そうな顔をして正代に話しかけた。
「ええ、主人が生け花を教えるとなると、お花もたくさん必要ですから。」
そう答えながら、正代はその主婦の意味ありげな顔が気になる。
近所で、何か自分の噂をされているのでは、と憶測してしまう。
狭い町の中、夫以外の男性と遊ぶことに尾ひれを付けた噂が流れては、これまでのように遊ぶわけにもいかない。
今後は行動に気を付けなくては・・・
目的のある花作りは、健吾にとっても正代にとっても意欲が出る。
庭の花の多くは、低い草丈のグランドカバー用の花であったり、生け花に向かない一日花であったが、切り花用の花に徐々に変わっていく。
元来、正代は植物を育てることが好きな女性なので、また花作りに喜びが持てるようになってきた。
「ねえ、赤いお花が多すぎるんじゃないかしら。青いお花もあった方ががいいわね。」
「そうだね。また苗を買って来るとするか。次は種から育てないと費用が高くつくね。」
二人で作業する畑では会話が弾む。
正代は健吾がやる気を出して活き活きといている姿が頼もしく、彼にに対してまた元の笑顔が戻ってきた。
若い娘たちの集まるこの家は華やいだ声と雰囲気に包まれ、若い娘たちとお喋りをしている正代自身も、若返ったような錯覚を覚えて心が浮き立つ。
健吾は教師をしていた頃と同じように、花道・茶道教室の弟子から、「先生、先生。」と慕われ、この弟子たちが本当の娘のように可愛く思える。
花道教室の前日は、次の日の準備のために部屋を整えたり花の準備で忙しい。
何種類かの花を一束づつに揃える作業が終わって、健吾が夜遅くに寝室に入ると、正代は大きな口を開け、いびきをかいて既に寝ている。
眉間や額に皺が目立ってきた彼女の顔をしげしげと見る。
「正代も歳とったなぁ。」

寂しい部屋(4)

2012-02-10 19:43:07 | 寂しい部屋
 定年退職をして1年が経った。
ボランティアの仕事は毎日あるわけでもないので暇で仕方がない。
本を読んだり、花の手入れをしていても飽きてしまう。
最近は正代の買い物に付いていくと、濡れ落ち葉だと嫌がられる。
正代は行き先も告げずに、おしゃれをして俳句の仲間たちと出かけることが多くなった。
彼女の携帯にも頻繁に電話が入るようになり、健吾は一人取り残されたような寂しさを覚える。
どこかへ勤めに出ようかとも思うが、今更という気持ちもあり、家にいて何か良い過ごし方はないかと考えていた。
夕飯時に独り言のように呟いた。
「何かすることないかなあ。」
正代が苛立たしそうな顔をした。
「あなた、若い頃からお茶やお花を習っていましたね。
それって教えられないのかしら。」
健吾は、おお!と手を打った。
そうだ、花道と茶道の師範の免状を持っているのだ。
それを生かさない手はない。生け花に使える花や木は庭に有り余るほどある。

 早速、退職金を使って家の一部をりホームすることにした。
玄関を入った右側、庭の見える12畳の和室は元々は客室で、何かの行事に大勢の人が集まるとき以外は少々広すぎて、最近は殆ど使っていなかった。
床の間や襖、障子を新しくして、いびつになっている窓も修理した。
畳も入れ替え、部屋の隅には茶室用の炉も設けた。
健吾はすっかり綺麗に新しくなった部屋に座り、周りを見回すと違う家にいるようで、ワクワクと気分が高揚してくる。
窓の外を見ると早春に植えた草花が赤、青、黄、色とりどりに初夏の光を浴びて咲き誇っている。
満足感に浸って庭を見ていたが、何か違和感を感じる。
そうだこの部屋に面した庭は、和風でなくては心静かにお茶を点てることが出来ない。
そう思うと即、小さな庭を造るよう造園業者に依頼する。
大きな石で囲われ、松やツゲ、サツキ等の木と踏み石のあるこじんまりとした庭が、広い花畑の一部に造られた。
あとは弟子の募集だが、部屋のリホームや造園工事をしている頃から、近所の人たちが見に来ていて、ありがたいことに口コミで広がり、お茶やお花を習いたいという娘たちが集まった。

小さな森の妖精たち(コセリバオウレン)

2012-02-08 09:55:24 | 日記


2月の花  コセリバオウレンが森の中に咲いていました。

花径1cmにも満たないかわいい可憐な花です。

まだ雪の降るこの季節に、春の息吹を少しだけ運んでくれました。

寂しい部屋(3)

2012-02-07 20:54:14 | 寂しい部屋
 健吾の帰宅に気付いて正代が裏口から入ってきた。
目じりに皺を寄せたいつもの笑顔で、
「お帰りなさぁい。」
健吾はこの笑顔を見ると、仕事の疲れなど吹き飛んでしまう。
鼻歌を歌いながら夕食の準備をする正代を、いま直ぐに抱きしめたいほど可愛く思える。
「今日は特に機嫌が良さそうだね。何か良いことがあった?」
「うふっ。」
正代は少女のように首をすくめた。
「今、裏の立花さんの奥さんがね。あなたが真面目で優しいから、私が幸せですって。」
この妻を更に愛おしく感じる健吾であった。

 三月、担任をしていた生徒たちは大学に進学したり、予備校に入ったり、一部は就職して巣立って行った。
健吾は今月で定年、同僚の教師たちがお祝いを兼ねた送別会を学校近くの料亭で開いてくれた。
大きな花束を女性の教師が、「ご苦労様でした。」と健吾に渡し、一同が拍手をした。
健吾は思った。
この花束を正代に感謝を込めて渡そうと。
「これからどうされますか。」
同僚から訊かれて、
「そうですね。地域のボランティアでもして過ごそうかと思っています。」
そう答えはしたが、はっきりと決めているわけでもない。
定年前に塾の講師を勧められたが、暫くはのんびりしていたいと断った。

 4月に入って市役所でボランティアを探してみた。
地域の観光案内やシニア・老人向けの幾つかの講座の講師や手伝いもある。
歴史は専門ではないが、とりあえず歴史講座の手伝いをすることにした。
月一回ある講座の資料集めやテキスト作りで、ボランティア仲間とする仕事はそれなりに楽しい。
買い物に行くにも庭仕事をする時も、いつも夫婦二人一緒でそのことに健吾は幸せを感じていた。
9月に入って、正代は市で催されている俳句と俳画の講座に週一回通い始めた。
これまで物置代わりに使っていた四畳半の部屋を整理して、彼女は自分の趣味部屋と決めた。
毎日この部屋に閉じこもって、絵を描いたり、俳句を考えたりしている。
健吾が部屋を覗こうとすると、
「見ないで。」
正代は襖を閉めてしまう。
その講座で親しい友人が出来たのか、時折仲間で旅行に行くようにもなった。
健吾が旅行に誘うと、
「この前行ってきたところだから。」
正代はにべもない返事をする。

寂しい部屋(2)

2012-02-03 20:53:35 | 寂しい部屋
 翌日、ホームルームで出席簿を読み上げていた健吾は奈々と目があった。
彼は狼狽して目を泳がせたが、奈々には自分が昨日持った不埒な気持ちなどには気付いていないと、直ぐに気を取り直した。
一時間目は隣のクラスの地理の授業で、黒板にヨーロッパの簡単な地図を書き始め、生徒たちの方に振り向いた。
その目に入ったのは、一番前の席の女子生徒が暑いのか、スカートでパタパタと脚をあおいでいる姿で、白い太腿やその奥の下着まで見える。
最近は高校でもミニスカートが流行っているが、この学校は規律が厳しくスカート丈は膝までとなっているので、校内で女生徒の太腿を露わに見ることは殆どない。
健吾はまた情欲がムラムラと湧き上がってきた。
今、何を説明しようとしていたかも忘れて、顔がカッカと熱くなってくる。
何とかその場を取り繕って授業は終わったものの、来年は定年を迎えようとしているこの歳で、自分は何をしているのかと情けない気持ちになる。
教員室に戻って、他の教師と雑談をしているうちに高揚している気持ちが落ち着いてきた。
しかし、奈々と顔を合わせる度に校庭での光景が目に浮かび、胸がドキドキし頭が熱くなる。

 健吾の家は小さいが敷地は広くて、正代が花を植えたり野菜を育てたりして楽しんでいる。
休日には健吾も畑を耕したり、草を取ったりして、夫婦で仲良く家の周囲の畑で過ごすことが多い。
ある日、帰宅すると正代が家の裏の庭で、近所の主婦と立ち話をしているのか、声が聞こえてくる。
「お宅のご主人、先生なんて堅いお仕事でいいわねぇ。
それに真面目で優しい方だから奥さんもお幸せよね。
うちの人なんか、どこで何をしているのか、毎晩お酒の臭いをぷんぷんさせて夜遅く帰ってくるんですよ。
この間なんかも・・・・・」
どうも正代がこの主婦の愚痴を聞いてやっているらしい。

寂しい部屋(1)

2012-01-31 14:00:50 | 寂しい部屋
 花の好きな健吾が校庭で草花の手入れをしている時だった。
部活が終わって校庭を走る奈々の大きな胸が、半袖の白トレーナーの中でユサユサと揺れていた。
先ほど目にしたそんな光景が健吾の頭から離れない。
奈々は彼が高校で担任をしている3年のクラスの生徒だ。
ぶるっと雑念を払うように頭を振ってハンドルを握り直した。
道の両側に広がる青々とした稲のきらめきが、7月の暑さを倍増して、エアコンを利かした車の中でも額に汗がにじむ。

 健吾の自宅は勤務する高校から5㎞ほど離れた田舎町にある。
祖父の代より住んでいる家は平屋ではあるが、一戸建ての木造建築で柱や梁が太くてしっかりしている。
しかし建付けが少しくるってきたのか戸の間に隙間が見えてきた。
雨戸を開け閉めするときにも滑りが悪く、軋んで苦労をしている。
子供のいない夫婦は建て替えるつもりはなく、冬になると入ってくる隙間風をカーテンなどで何とか凌いでいる。
自宅の前庭にある駐車場に着くと、妻の正代が目じりに皺をいっぱい作った笑顔で玄関から迎えに出てきた。
 正代とは高校の同級生で、頭が良く大人しい性格に健吾が惚れて付き合い始め、彼が私立高校の教師になって5年目に結婚した。
それまで正代は大手建設会社の経理部に勤めながら健吾の求婚を待っていた。
結婚後も従順な妻を愛して、横道に逸れたことのない彼だ。

仮想の狭間(1)

2010-04-14 13:01:20 | 仮想の狭間
 百合子は今日も慌ただしい朝を迎えた。
夫と息子を送り出すとホッと一息ついて、ゆっくりコーヒーを飲みながらテレビを見るのが日常である。
庭に目をやると、去年球根を植えたチューリップやアネモネの色鮮やかな花が朝日を浴びて輝いて見える。

 6年前までは夫の勤める大阪にある会社近くのアパートに住んでいたが、一人息子の亮太が通う公立小学校でもいじめが取りざたされ、6年生になった折にもっと自然豊かな環境の中で、伸び伸びとスポーツも勉強もさせてやりたいと、郊外の庭付き一戸住宅を購入して移ってきた。
近くの駅までは徒歩15分ほどで、夫の壮介の通勤時間は一時間余りになる。
しかし緑が多く空気の澄んだこの環境に夫婦とも満足している。
 亮太は小学生の頃からサッカーをやっていたので、越した先の中学校でも、高校でもサッカーに夢中になっている。
通っている高校は県内屈指の進学校で、大学受験のため勉学に力を入れなければならず、三年生なった今はそろそろ部活を止めなければならない。
しかしまだ早朝練習もあり、壮介も亮太も6時半には家を出る。
百合子は朝食の準備と亮太の弁当を作るために、平日の朝は忙しい時間を過ごす。

 今日は午後から手芸の集まりがある。
この地域にある文化センターが催している手芸の教室で知り合った仲間が5人ほどで、月に一回一番先輩格の真理の家に集まって、各自思い思いの手芸をしながら、お茶を飲んだり、持ち寄った菓子を食べたりして会話を楽しんでいる。
百合子は昨日準備しておいたバタークッキーの生地を冷蔵庫から取り出してオーブンに入れた。

仮想の狭間(2)

2010-04-14 12:02:49 | 仮想の狭間
 手芸の集まりは2時から始まる。
百合子の家から真理の家までは徒歩で10分ほどで行ける。
この住宅地は千戸ほどの注文住宅が建っていて、どの家の庭にも木が植えられ緑が多く、道幅も広い閑静なところである。
 百合子は午前中に焼いておいたクッキーを花柄のナプキンを敷いた小さな篭に並べて、その上にもナプキンを被せ、赤いリボンで結んだ。
2時15分前に刺しゅう用具の入ったトートバッグとクッキーの篭を持って家を出た。
真理の家の門のチャイムを押すと、「どうぞ。」と声がしたので、門扉を開けて中に入った。
ここの庭は広い。
家は薄茶色のレンガ風のタイル壁の二階建てで、家近くに背丈の高い落葉樹が数本植えてあり、その下はよく手入れをされた美しい芝生が敷いてある。
道路側は花壇になっていて、パンジーなど数種類の花が咲いている。
玄関アプローチを進んでいくと、ドアが開いて真理が顔を出した。
「いらっしゃい。」
中から手芸仲間の笑い声が聞こえる。
玄関右横が広いリビングになっていて、入ると秋絵と美代子がソファーにかけていた。
テーブルには彼女たちの差し入れと思われるシフォンケーキと苺が中央に置かれていたので、百合子もクッキーの篭を傍に置いた。
 真理の夫は大手電機メーカーを定年退職して、週に2日その子会社に勤めている。
大阪の町中にあった古い家を売って、その売却代金と退職金でこの土地と家を手に入れた。
「今日はめぐみさん遅いわね。いつも一番早いのに。」
秋絵が言うと、
「めぐみさんは今日お休みですって。今朝 連絡があったわ。」
真理が答えた。
「ねえねえ めぐみさんのこと知っている?
あの人 彼が出来たそうよ。」
美代子が言うと、皆 身を乗り出して美代子の顔を見つめ興味津々の様子。
めぐみは二年前に夫をがんで亡くした50歳前後の未亡人で、息子が一人いるが、東京の大学を出て、そのまま東京で就職しているので一人暮らしだ。
「それで? その彼ってどんな人なの。」
秋絵が次を促す。
「あの人エアロビだかジャズダンスだか知らないけど、土曜日の夜に習いに行っているでしょう。
そこで知り合ったそうよ。
何でも7つも年下だそうよ。」
「7つも・・・・」
皆ため息ともつかない声を出す。
「そのこと めぐみさんが美代子さんに話したの?」
真理が疑い深そうな目をして、年長者らしく訊ねた。
「直接は聞いていないけど、私の友達が同じ所で習っていて、教室では大変な噂になっているって話していたわ。」
「めぐみさんは独り者だから、丁度いいのでは?。」
百合子が口をはさんで、秋絵も頷いた。
「それがね、相手には奥さんも子供もあるらしいのよ。」
「それじゃ不倫じゃないの。」
真理があきれた顔をしてお茶を入れに立った。
「7つも年下だなんていいわね。」
秋絵がまだ興味ありげに百合子に囁いた。
美代子がハッと我に返ったように
「あら!私たちまだ手芸の材料も出していないわね。」
とカバンを開けてゴソゴソと中の物を取り出した。

仮想の狭間(3)

2010-04-14 11:04:36 | 仮想の狭間
秋絵につられて百合子も美代子も手芸の材料をテーブルの上に出した。
三人ともお互いの作品を見て、「みんなあまり進んでないわね。」と
安心している。
「あらあら みなさんお話が進んでいるようなので、先にお茶でもと思って入れてきたのよ。」
真理が盆に紅茶ポットとカップを載せて運んできた。
「そうよね。今日は先にお菓子を食べてお喋りしましょうよ。」
美代子が真っ先に手芸の材料を片付けて、百合子の方をまじまじと見た。
「百合子さんの服 素敵ね。
さっきから気になっていたの。どこで買ったの?」
「これネットの通販で買ったんですよ。
この頃、何でも通販で買う癖が付いてしまって。」
「パソコンは便利よね。
欲しいものを探したり、何でも調べることが出来るんですもの。」
と秋絵が大きくうなずいて言った。
「でも直接現金を払って買うわけじゃないので、つい買い過ぎたり、高いものにも平気で手が出てしまうわ。
自重しなければ、と最近思っているの。」
「そうよね。請求書を見てびっくりなんて嫌だものね。
みんなパソコンを利用しているようだけど、私はあまり使ったことないの。」
美代子が珍しく沈んだ声になった。
そして訊ねた。
「真理さんは?」
「うふふ 私も使ってるわよ。
この前 秋絵さんに紹介してもらったコミュニティーサイトはまだ友達が少ないので楽しむところまではいっていないけど、秋絵さんは結構楽しんでいるようね。」
急に話題が自分に振られた秋絵は、口に入れたクッキーを紅茶で飲み込んだ・
「ええ、毎日楽しませてもらってるわ。
うちの主人は出張が多いし、娘も勤めに出たら夜まで帰ってこないし、とにかく暇なのよ。
手芸に精を出せばいいのでしょうけど、こればかりやっていてもつまらなくてね。」
秋絵の家は電子機器メーカにへ勤める夫と娘の三人暮らしである。
「ふう~ん、そんなに楽しいの。」
美代子が興味を示してきた。
菓子やお茶を堪能すると、やっと各々が手芸に取り掛かった。
真理はクロスステッチ刺しゅうといって、小さく糸をクロスさせながら絵を描いていく刺しゅうをしている。
時間がかかるので常に嘆いている。
リビングの壁には真理が作ったタペストリーが品良く掛けられている。
真理の夫は今日は出勤日らしく姿が見えない。
夫がいる日は皆 気を使って大声で話をしないし、話も当たりさわりのない話題になる。
真理も夫のいない日は表情も明るく話も弾む。
夫が退職した当時は、二人であちこち旅行をして、その土産話を手芸仲間はさんざん聞かされたものだ。
しかし、あれからまだ二年ほどしか経っていないのに、最近は「旅行に行くのなら友達と行く。」などと夫と行きたがらない。
毎日顔を突き合わせていると、少しでも離れていたいのだろうか。
百合子にはこの夫婦の気持ちが理解できない。

仮想の狭間(4)

2010-04-13 11:32:25 | 仮想の狭間
 百合子は真理の家からの帰り道、亮太の中学時代の同級生二人の母親が、道で立ち話をしているところに通りかかった。
「お久し振り、お元気ですか。」
「あらホント、近くなのにお久し振りね。
亮ちゃん、サッカー頑張っているんだって?
頭も良いし、もう大学決めているんでしょ。」
「いえいえ まだですよ。
お互いに子供には頑張ってもらわないとね。
それじゃ また。失礼します。」
 息子が中学生の頃は同じ部活の親達と、一緒にサッカーの応援に行ったり、バーベキューをしたりと親しく付き合っていたが、高校に入ると親もライバル意識を持つのか、付き合いがギクシャクして疎遠になっている。
この地域で、亮太と同じ高校へ通っている子供は一人もいなくて、百合子が親しくしている同級生の親がいない。
最近は手芸の仲間と付き合うことが多くなっている。
年齢がバラバラで何を話していても気楽に感じる。

 家に着いて、先ずパソコンの前に座った。
いつも見ているホームページやブログを読んだり、書き込んだりして、気が付くともう6時になっている。
慌てて食事の用意に取り掛かるために立ち上がろうとしたが体が重い。
そういえば最近パソコンの前に座っていることが多くて、体を動かしていない。
運動不足で体重がかなり増えているように思う。
今日出会った秋絵や真理もパソコンの世界に嵌りつつあるようだ。
彼女たちもふっくらしてきたように思う。
先日、夫に内緒で通販を利用して買った価格の高い服や化粧品が、受取指定日にうっかり留守をしていて、夫のいる時間に商品を受け取る羽目になってしまった。
「どこで買っているんだ?」
「うん、ちょっと 通販よ。」
(おお~ 危なかった)
価格まで追求されなかったことに百合子は胸をなで下ろした。
この家のローンがあり、亮太の大学進学もあって、贅沢は出来ないと思いながらも、ついネットの商品に手が出てしまう自分がなさけないと思う。

仮想の狭間(5)

2010-04-13 11:31:05 | 仮想の狭間
真理は朝遅い時間に出勤する夫を送り出すと、掃除をして、手芸の集まりのためにリビングのテーブルの周りにイスを並べた。
庭の花を切ってガラスの花瓶に挿し、その置き場所に迷った。
玄関には真理の作ったクロスステッチのスミレの刺繍が額に入れられて掛けてある。
真理は満足げにその刺しゅうを見て、下の靴箱の上に先程の花瓶を置いた。
一人だけの簡単な昼食を済ませると、今日の集まりに出す紅茶の用意を始めた。
食器棚から紅茶カップを人数分だけ出していたが、「めぐみさんは来るかしら。」と出したカップとソーサーを一人分また戻した。

午後2時前に、いつもの明るい笑顔で美代子がやってきた。
色とりどりのキャンディーの入った小さなバスケットを持っている。
続いて秋絵と百合子が二人で転げるように玄関に入って来て、花瓶の花が美しいと褒めている。
差し入れは秋絵がケーキ類で、百合子がクッキー、美代子は近くの店で買ってきたものと大体決まってきた。
真理は部屋を提供しているので、紅茶かコーヒーを出している。
「めぐみさん、今日も来ないのかしら。」
秋絵が心配顔で誰にともなく言うと、
「今日は何も連絡なかったわ。」
と真理が答えた。
すると美代子がいつもの得意げな顔をして話し出した。
「あら! みんな知らなかったの?
この前話したダンスに通っている私の友達、めぐみさんと同じ教室で習っているって言ってたでしょう。
その人の話では、めぐみさんも 7つ年下の彼も二人とも最近はダンスに顔を見せていないそうよ。
二人で何処かへ行ってしまったのではと、もっぱらの噂らしいわ。」
「かけ落ち?」
百合子が遠慮がちに美代子に訊ねた。
「そうかもしれないわね。
彼女の家の雨戸が閉まったままなのよ。
彼女はそれで良いかもしれないけれど、彼の方には奥さんや二人の子供がいるんだから、夫がいなくなったら大変よ。」
「もし駈け落ちなら、彼は無責任すぎるわね。
ただの浮気では済まされないでしょう。
親としての責任をどう思っているのかしら。」
真理は本気で怒っている。
みんな めぐみの恋の行方に興味が向かって、趣味の手は動いていいない。
秋絵が突然言い出した。
「私たちは本当の恋にならないように気を付けましょうね。」
「ふふ そうね。」と
真理が応えたので、百合子も美代子も怪訝そうな顔で秋絵と真理を見つめた。
「いえ、何でもないのよ。
ほら、この前コミュニティーサイトに入っているって話したでしょう。
あそこのメンバーの男性の中には、冗談で甘いメールをしてくる人がいるのよ。」
真理が誤解されては大変と弁解したが、美代子に対しては逆効果であった。
「えっ! 甘いメールってどんなメール?
それであなた達は返信メールをどう書いているの?」
と矢継ぎ早に質問してきた。
「だって相手はどんな人か分からないし、本当に男性なのかも分からないから、こちらも冗談で甘いメールを返したり、無視したりで。
単なる言葉遊びなのよ。」
美代子にどこで誰に伝えられるか分からないと、秋絵はつまらない話を出したと後悔した。

仮想の狭間(6)

2010-04-13 11:29:47 | 仮想の狭間
 仲間が帰って、真理は部屋の片づけをしながら めぐみのことを考えていた。
よく似たことが過去にあったように思う。

 真理の高校時代の親友に加奈という生徒がいた。
彼女とは何故か気が合い、休憩時間も遊びに行くときもいつも一緒だった。
小柄ではあったが色白で青味をおびた大きな目をした可愛い子で、男子生徒にはよくもてた。
彼女は高校を卒業すると機械メーカーに就職して、3年ほどしたら町の有力者の息子と結婚した。
結婚相手は父親と食品店やレストラン、カフェショップなどを数店経営していた。
結婚後、加奈はそれらのレジを暫く手伝っていたが、子供を儲けると主婦業に専念するようになった。
二人子供があったように記憶している。
30歳の半ば過ぎ、どんな心境の変化か自分の店としてスナックを開店して、そこでママとして自ら出ていた。
そのうち、店に通ってくる同い年くらいの客と親しくなり、店を持って一年足らずでその客と駈け落ちをしてしまった。
その男性にも幼い子供が何人かいて、妻は必死で夫の行方を探していると聞いた。
それから5~6年経ったある日、真理がH百貨店の婦人服売り場で適当な服を探していると、偶然加奈もその売り場で買い物をしていた。
良く似合うモノトーンのワンピースに、赤茶色の長い髪をしていて歳より若く見えた。
その生活振りが苦しいものではないのが一見して分かった。
久し振りの出会いであったので、百貨店内のドリンクショップへ入って話をした。
彼女の言うには
「駆け落ちしたした当時は、彼のことが好きでどうしようもなかったの。
とにかく一緒にいたくて後先のことを考えずに飛び出してしまった。
今は彼に対してあの時ほどの情熱はないけれど、元に戻る気もないわ。
ただ自分の子供のことが気になって仕方ないのよ。」
とフルーツティーのカップを手にして話していた。
その後彼女がどうしているのかは、真理には分からない。

めぐみも彼のことが、この加奈と同じように、それほど好きになってしまったのだろうか。
相手の妻子のことなど気に掛ける余裕も失って、激しい感情の赴くままに行動したのだろうか。
突然夫に去られた妻は幼子を抱えて、どんなにショックを受け、生活にも困ったことであろうと気の毒でならない。
真理がネットで付き合っている人達は、メールの中ではどんなに親しく付き合っていても、本名も知らないし会うこともない。
例え甘いメールのやり取りがあったとしても、理性をもった付き合い方をしたいと真理は思っている。
しかし好意を持つ男性も現れて、デートに誘うメールが来ると心が揺れる。

仮想の狭間(7)

2010-04-13 11:28:38 | 仮想の狭間
スーパーの食品売り場で苺を選んでいた真理は、粒の美しいパックを取ろうとして、同時に手を出した隣の人と手が当たってしまった。
「ごめんなさい。」
謝って横を見ると、なんと秋絵ではないか。
二人で笑い転げて、4階にある喫茶店でお茶にすることにした。
コーヒーを注文して秋絵を見ると、いつもとは何となく感じが違うように見える。
「秋絵さん、今日は若く見えるわね。」
後ろで一つに括っていた長い髪を肩までに切って、ストレートのボブスタイルにしている。
普段は化粧っけのない顔だが、今日はファンデーションも口紅も付けて薄化粧までしている。
「今日はどこかへお出かけだったの?」
「うーうん、ここへお買い物に来ただけよ。どうして?」
「だってキレイにしているもの。」
「うふふ、貴女だけに本当のこと話すわね。
誰にも言っちゃだめよ。」
秋絵は運ばれてきたコーヒーのカップを肉付きのよい指で持ち上げ、口に運ぶと嬉しそうに曰くありげな笑顔を真理に見せた。
(この人こんなに美しかったかしら)
真理は急に綺麗になった秋絵に内心驚いていた。
「誰にも言わないから話して。」
「実はね、ネットのコミュで知り合った人と明日会うことになっているの。
それで今日、美容院へ行って来たってわけ。
ついでに化粧もしてみたのよ。」
「ふう~ん。相手は男性なの?」
「そうよ。彼は45歳なの。
私は50歳なので、5歳も年上は嫌でしょう。
だからネット上では40歳にしているの。
10歳もサバを読んでいるなんて可笑しいでしょう。
それで少しでも若く見えるように、髪を切って化粧して、彼に会いに行こうと涙ぐましい努力をしているってわけ。
どう? 40歳に見えるかしら。」
「そうね、40歳でも老けて見える人もいるから。
でもこれまでより、ずっと若く見えるわよ。」
真理は言ったが、40歳にはとても見えないと思う。
笑うと出来る目じりの皺や、頬齢線が少し出てきた秋絵の顔をまじまじと見た。

 次の日、真理は秋絵のことが気にかかって仕事が手に付かない。
歳がバレないで上手く行ったのだろうか。
掃除をしていても、料理を作っていても手が疎かになっている。
夜に電話をしたかったが、興味を持ち過ぎている自分に気付かれるのが嫌だった。
次の手芸仲間の集まりまで待ち切れず、一週間ほどたったある日、秋絵を自宅でのお茶に誘った。
 やって来た秋絵は、遠目にはこの前会った時よりまだ若く見える。
それまではモノトーンの服装に凝っていたのに、今日は薄いパープルの若い子が着るようなヒラヒラした長いブラウスにレギンス姿である。
太めの脚がレギンスを思いきり横へ広げているようだ。
真理がコーヒーとショートケーキを出すと、
「コーヒーだけ頂くわ。
この頃 太ってきて困っているの。」
いつもはコーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れていたのに、今日はブラックで飲んでいる。
先日のデートの話を訊きたいが、話を切り出しかねていると、秋絵の方から話し出した。
「この前のデートの話ね。
こっちの歳がバレないかとヒヤヒヤして行ってみたら、それがお笑いなの。」
目尻に皺を寄せながら大きな口を開けて笑いだした。