西陣聖天の通称で知られる雨宝院の境内にも数種類の椿が植えられ、次々と開花し始めています。そのうちのひとつである「蝦夷錦」という品種の椿も花を咲かせていました。
紅白に絞りの入ったきれいな椿ですが、大きく成長すると紅色や白色だけの枝変わりの花が出てきやすくなり、多いと五色に咲き分けます。花は、紅一色の「赤蝦夷」や白一色の「白蝦夷」の他、紅花に白斑が入る「錦重」や白花に紅色の吹きかけ絞りが入る「都の錦」と呼び分け、それぞれ枝変わり品種としても楽しまれています。
この「蝦夷錦」と言えば、江戸時代にアイヌの人たちが当時「蝦夷地」と呼ばれていた場所で、樺太を中継地に北方のツングース系民族と行われた山丹交易で中国の清から入手した絹織物のことでもあり、別名「山丹服」とも呼ばれます。京都では祇園祭の山鉾を飾る装飾品にもこの蝦夷錦が用いられています。
本種の命名の由来は詳しくわからないのですが、この蝦夷錦という椿は古典品種の江戸椿で、江戸時代に関東を中心に栽培されていた品種でもあるので、おそらく松前藩から入ってきた絹織物「蝦夷錦」になぞらえて命名されたのかもしれませんね。
なおサトザクラにも「蝦夷錦」という品種名の桜がありますが、こちらは1979年に「糸括」と別の里桜の交配で育成された桜です。
紅白に絞りの入ったきれいな椿ですが、大きく成長すると紅色や白色だけの枝変わりの花が出てきやすくなり、多いと五色に咲き分けます。花は、紅一色の「赤蝦夷」や白一色の「白蝦夷」の他、紅花に白斑が入る「錦重」や白花に紅色の吹きかけ絞りが入る「都の錦」と呼び分け、それぞれ枝変わり品種としても楽しまれています。
この「蝦夷錦」と言えば、江戸時代にアイヌの人たちが当時「蝦夷地」と呼ばれていた場所で、樺太を中継地に北方のツングース系民族と行われた山丹交易で中国の清から入手した絹織物のことでもあり、別名「山丹服」とも呼ばれます。京都では祇園祭の山鉾を飾る装飾品にもこの蝦夷錦が用いられています。
本種の命名の由来は詳しくわからないのですが、この蝦夷錦という椿は古典品種の江戸椿で、江戸時代に関東を中心に栽培されていた品種でもあるので、おそらく松前藩から入ってきた絹織物「蝦夷錦」になぞらえて命名されたのかもしれませんね。
なおサトザクラにも「蝦夷錦」という品種名の桜がありますが、こちらは1979年に「糸括」と別の里桜の交配で育成された桜です。