午後5時を過ぎると北山杉の里にも暗闇が押し寄せてきます。道路に表示してある温度は7℃…! ハンドルを握る手も冷たくなってきました。
ずっと菩提の滝の写真を撮りたかったのですが、9月の台風で菩提道が一部陥落し、長い間通行止めになっていました。先日、一時解除されたというのを聞きさっそく行ってきました。
中川に入って宗蓮寺と反対側へ行く道が菩提道。周山街道が出来るまでは京都へ出るのにこちらが本街道で、この谷間の細い道を通っていました。
その昔、北山杉の里の女性たちは頭に袋輪(丸いドーナツのような形のもの)を乗せ、その上に北山丸太や柴を載せて、徒歩で鷹ケ峰へと一日に一回、多い時は二往復もしていました。
そしてその売上げで、帰りにはお味噌や塩などの日用品を買って帰っていったのでした。
逞しい中川の女性とは言え、長く重く辛い道のり。北山丸太を世に出し、生活の糧としたその脚。菩提道は「女の道」とも呼ばれていたそうです。
そんな女性たちを思いながら坂道を歩いて行きました。…(私たちは何とも楽チンに途中まで車ですけどf^^;)
山から滴り落ちる水。しっとり湿った道路沿いに「菩提の滝 入口」の表示板があり、そこから下へ降りていけるようになっています。
結構急な斜面ですが、ちゃんと柵があり綺麗に整えられています。
菩提川の水際まで降りて振り返ると美しく枝打ちされた北山杉と空が。もうザザザという勢いのある水の音が聞こえてきます。
じゃ~ん!! 菩提の滝が現れました。光線が差し込まないので全体的に暗い中、真っ白な糸を何本も何本も引いたように流れています。冷んやりした空気と水音だけが辺りを包み、しばし見つめてしまいました。
滝口から射す外光とそこから見える北山杉が幻想的。
滝つぼに向かって勢いよく流れ込む豊かな水。
透き通った美しい水。北山杉の色を映してか、紺碧のグラデーションです。ここで丸太を磨く「菩提の砂」を採取する光景がよく見られたそうです。姉さんかぶりにたちかけ姿の女性たちがシャベルで洗い砂を掬っている姿を想像してみます。
赤砂山(あかごやま)から流れ来る赤砂は指でつまんで擦っているといつの間にか溶けるように粉になり指先でなくなってしまう、そんな砂です。雨が上がって2~3日した時が赤砂山の土をよく流してくるのだと言われていました。
思いっきり滝浴?を満喫して、帰りは滝に近い階段から上がって来ました。
上からも滝が流れ落ちる様を撮ってみました。
道路の反対側にはお不動さんたちがひっそりと見守っています。
菩提の砂は言わば北山丸太のお化粧品。このやわらかい砂だからこそ木肌に優しく、行き先の決まった丸太は女性たちが心をこめて、ピカピカのツルツルにお化粧をしてお嫁に出されたのです。
お不動さん、どうして菩提の砂が丸太を磨くのにいいというのが判ったの?
「それはなぁ。昔、中河村(現在の中川)で諸国行脚の僧が行き倒れとなったんじゃ。気品もある高僧なので中河の人たちがそれは親切に介抱して助けてあげたそうじゃ。半年近くも病んだらしいが、すっかり良くなって再び旅発つ時、こんな事を言われた。」
「中河村はお米がないのに永い間よくも親切にお世話して下さった。おかげさまでこのように全快できて、ただただ感謝のほかはない。何かお礼をしたいがご存じのとおり今の拙僧には何のお礼もできない。だが、この土地には菩提の砂というどこの土地にもない全く珍しい良い砂がある。その砂を利用して、あの杉丸太を磨いて商ったら必ずこの土地が栄えるでしょう。」
「村人は僧に言われた通りに菩提の砂で丸太を磨くと驚くほど美しく輝いたので、それから中河は磨き丸太で栄えるようになったんじゃ。僧は中河村に来る途中、気分が悪くなり水を求めて京道川に下り、その時にこの砂を発見されたものであろう。諸国行脚をしていられるので、各地のいろいろな風土や産物についてもよく見聞しておられたんじゃろうな。ふっふっふ。これで解ったかな?」
・・・このお話が伝説なのか逸話なのか、でも素敵な伝説と思いたい。
「ほんに、ほんに。お坊さまの言われた通りや」と目を輝かせて丸太を磨く人たち。
長靴もない時代、冷たい水に足を浸して一心に砂を掬う女性たち。
「女の道」から山々を見渡せば、遠い昔のそんな光景が浮かんでくるのでした。
中川の人たちにとって、菩提の砂は自然の神さまからのおくりものだったに違いありません。
だからこそ、お不動さんをお祀りして有難く、大切に、その恵みを受けてきたのでしょう。
今なお、たゆたい水流るる菩提の滝。その底に静かに眠る赤砂。
変わってしまったのは文明や科学の発達した生活に慣れた人間の方ですが、決して感謝の気持ちは失われていません。
山職人さんはお正月にお不動さんにお参りすると言います。この厳しい時代にそれぞれの思いを込めて。
「どうかこの美しい水が途切れることなく、伝説の砂を運び続けてくれますように。これからもずっと中川と北山丸太を見守っていてください。」
滝に向かって手を合わせると、杉木立の間にふっと、旅の僧の姿が見えたような気がしました。
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