まだ味わうさ 噛み終えたガムの味
冷めきれないままの心で
ひとつひとつなくした果てに
ようやく残ったもの
- 米津玄師 -
自己顕示欲というものについて なぜ必要なのか疑問に思ったので調べた
自己顕示欲とは、
自分の存在を認めてもらいたいと自分をまわりにアピールしたくなる欲求のこと。
存在を認めてもらう事というのはそんなに大切な事なのだろうか?
社会的に仕事としての存在なら 必要になるのだろうけれど
個人ではどうなんだろうか? 所謂目立ちたがりな人だったり
他人からの優越感に浸りたいだとか 存在をアピールして
好きな人から見てもらいたい等あるのかもしれない
でも、自分の様にひっそりと生きて行きたい人が
その自己顕示欲を必要とするのだろうか?
目立つ事は嫌いだし、余計なトラブルを生むので存在感は要らない
優越感なんて飯の足しにもならない行為はしたい人がすればいい
最近そう思うようになってきた
自己顕示欲が強い=上昇志向が強い なのだろうか?
自己顕示欲が無くても上昇志向は育まれるとは思う
自己顕示欲=承認欲求 なのだろうか?
承認欲求とは、認められたい欲求のこと。 程度の差はあれど、誰だって持っている
よく似ているのかもしれない
いったい誰に承認してもらうんだろう? 世間に?
そしたら自分の何かが変わって 素敵な人生が送れるのであれば
私はもっと自己顕示欲に貪欲で 承認欲求をどんどん上げて
上昇志向の中 生きて行ったほうが この先楽しく生きられる?
なんかだんだん思考がおかしな方向に向いているようなきがする
人を好きになったら 振り向かせようと自己顕示欲や承認欲求が強くなる?
人を愛し始めたら 出来るだけ近くで見守って居たくなる?
それって相反するような気がするけれど
順序的にはこれが自然なのかもしれない
一目ぼれや 友達付き合いの出会いで 人を好きになる
そして振り向かせるために 自分をよく見せようとして
自分の上昇志向が上がってアピールする
そしてその恋愛が成就したとして
長い恋愛になってくると それが愛に変わって
そばに居て相手を支えてあげたくなる 守ってあげたくなる
その時には自己顕示欲はきっと下がっているのだろうけど
自己顕示欲のない人の特徴として
1.自分の事をよくわかっている
2.気配りができる
3.周りに影響されない
4.自分をよく見せようとしない
等があったりするので
自分の事をよくわかっていて、相手に気配りができるようになり
決して周りに影響されてその恋を終わらせようとしなく
自分をよく見せようとするより 相手を思いやる気持ちが芽生える
それが愛になるという
その過程があってこその 自己顕示欲と承認欲求なのかもしれない
それが愛じゃなければ 何と呼ぶのか
僕は知らなかった
詩の一文にある
僕は未だに愛がなんなのかはわからないままだけれど
いつも、頭の中ではいろいろな事を思案しては
すぐに忘れて行ってしまっている
愛を知ったところで 相手なんていないのだから
本当は恋をする方法を調べないといけないんだろうね
にしても 馬と鹿っていう曲は良い曲だ