やや矢野屋の棚上げ棚卸し

アニメの感想と二次創作小説・イラスト掲載のブログ
「宇宙戦艦ヤマト」がメイン 他に「マイマイ新子と千年の魔法」など

弟談義 〔古代守・真田志郎 訓練学校時代〕

2009年11月02日 14時49分00秒 | 二次創作小説



以降は宇宙戦艦ヤマトの二次創作短編小説です。
二次創作を苦手となさる方はお読みにならないようにお願いいたします。



 訓練学校での学生生活も二年目を迎え、ほとんどの校時が専攻に分かれての授業となってはいたが、古代守はあいかわらず真田志郎とともに昼食を摂る習慣を守っていた。もちろん、実地訓練や演習で訓練学校を離れる日もあるし、真田の方が実験室に詰めていることもあるので、「可能な限りにおいては」という但し書きが付くことになるが。


 もっとも、大抵の場合真田が先に食堂に入っているのだから、守はただトレイを持ってその隣に座ればいいだけだ。それに、真田の隣が塞がっていたことなど、ほとんど無い。
 今日も、午前の講義を終えた守が入り口に向かう道すがら食堂を見やると、日の当たる窓際に真田の姿を認めることができた。そんなに空いている訳でもないのに、やはり、両隣どころか真田の座っているテーブルには他に誰もいない。


 かといって、真田が嫌われているかというと、それもまた違うのだろうと守は思う。ただ、二十歳になるかならないかの若者にとって、真田のような突出した存在は、どの程度に打ち解け、あるいはどの程度の距離を保つべきなのか、測りかねる相手なのだ。特に、それぞれいっぱしの自負心と野心を抱いてこの訓練学校に進学してきた若者にとって、真田は「己がどれほどのものなのか」を突きつけられる試金石のようなものなのだろう。
(優秀なヤツに対しては、下手な弱音も吐けないし。おまけにあいつ、どんな反応を返してくるか、さっぱり読めない顔しているもんな)
 こちらの視線には気付くこともなく、ムスッとした顔で横に広げたノートに目をやりながら箸を使う真田を窓越しに見て、守はクスッと笑った。


 「よう。」
 定食のトレイを真田の隣、それもノートが置いてある方の席に置いてから、守は声を掛けた。その声を聞いた途端、一瞬険しくなった眉間が(やれやれ)といった感じに緩む。
「食事の時は消化に専念しろよ。栄養が行き渡らないって言ってるだろ?」
「……ほとんど食べ終わってるんだ。」
 守がトレイを置けるようにノートを片付けながら、真田は答えた。確かに、最初から少なめに盛っているだろう真田の食器には、あと一口ほどの飯しか残っていない。
「なら、ちゃんと食べてしまえよ。でないとゆっくり話もできやしない。」
「お前は食べながら話をするのに、か?」
 呆れた顔の真田を見ながら、なんとなく愉快な気分になる。
(そうだ、こいつには多少お節介を焼くくらいのが丁度いいんだよな)


 この敬遠されがちな気むずかし屋(と見える男)と、自分は他の誰とも違う付き合い方ができているのだ。ちょっとした自負心から来る満足感に、守は軽口を叩いた。
「話しながらの方が消化はいいんだってさ。……あ、そっか。しまった、もうちょっと早く来てやるべきだったよなぁ。」
 手近にある櫃から飯をよそいながら澄ました声で言うと、真田はとうとう顔をほころばせた。
「そりゃ、有り難いんだか…なんなんだか、な。」
「失礼な。良いヤツだろう?俺。」
 真田の笑顔を見ると、守は不思議に胸が弾み、嬉しくなる。
(達成感があるんだよな。してやったり、というか……)
 頭脳の鋭さや自分の宿命に対する透徹した覚悟とは対照的に、真田の感情面には、思春期を迎えたばかりの少年にも似たぎこちない構えがある。それを軽口とささやかなからかいで揺さぶり、かと思うと真心を込めた言葉で足払いを掛けてみる。すると真田は驚くほどあっさりと膝を落とし、差し出した自分の手を握り返して恥ずかしそうに微笑んでみせるのだ。
(本当は、すごく初なヤツなのかもしれない)


 そんな自分に対して教官連が与えた評価―――「人たらしの才有り」との言葉をもし耳にすれば、この男は腹を立てるだろうか。


 箸を付け始めると、守の食は早い。空になった食器を真田のそれと重ね、スペースを取ると、自分のノートに挟んでいた紙片を引っ張り出した。
「手紙か?」
 覗き込んだ真田に答を返す。
「うん、弟から来たんだ。授業の課題で書かされたみたいだけど、返事を書いてやろうと思って。」
「読んでも構わないのか?」
「いいよ。こういうの見たことないだろ。」
 よく見えるようにスッとその手前に差し出すと、真田は興味深そうに目を通していく。
「……まだ小さいみたいだな。」
「十歳下だから小三だよ。」
 葉っぱ模様の便箋二枚に書かれた手紙はそれを手に取った真田に任せ、守はレポート用紙のパッドを開くと一行目に「拝啓」の文字を書いた。


 紙面にペンを走らせ始めると、失礼にならないように視線を逸らす気配がある。そうした無言の気遣いが快い。
 昆虫や草木の好きな進が気付いているであろう気候の変化を挨拶に書き、思いがけない便りへの喜び、訓練学校での厳しくも充実した生活ぶり、それでもなお感じる家族への思慕と筆を進める。
(春休みに帰った時と比べて、また背が伸びただろうね。勉強や手伝いも大事だけど、身体をしっかり動かしてください。父さん、母さんの言うことをよく聞いて。夏休みに大きくなった進に会えるのを楽しみにしています。……)
 「敬具」、と結ぶ形式は、小学三年生に読ませるには固すぎるのだろうが、なんとなく一人前扱いしてやりたかった。
(だけど、やっぱり難しすぎるかな)
 意見を聞いてみたくなり、書き終えたパッドも真田に渡す。
「ちょっと硬いかな。」
「いいのか?」
「うん。意見聞かせてくれ。」


 先に手紙を見せていたからだろうか、真田はさっきよりは驚かなかった。目を走らせて読み終えると、進の手紙とパッドとを重ねて守に返してくる。
「いいんじゃないかな。」
「挨拶、難しくないか?」
「いや、そういう作法を知るいい機会だろうし……大人扱いされて、嬉しいかもしれないぞ。」
「そうかなあ……」
 十歳上の兄から大人びた手紙が来た時、いったい弟はどう感じるのか。自分には上の兄弟が居ないから、その感覚はよくわからない。
(そういえば、こいつは「弟」だったよな)
 真田もまた年の離れた姉を持つ弟だったのだ。その姉が亡くなっているため、容易には話題に上すことができないが。
(こいつの感覚に従ってもいいな)
「わかった。ありがとう、これで清書してみるよ。」
 後は課業後の自室で便箋に清書することにして、守はパッドと筆記具を片付けた。


 「すまないな、すっかり付き合わせちまった。」
 昼休みも残り少なくなっている。とっくに食事を終えた真田が食堂に残っていてくれたのが申し訳なくなり、守は詫びた。
「いや、そんなことはいいんだが……」
 何やら言い淀む風の真田に、おや、と眉を顰める。
「どうかしたか?」
「いや、大したことじゃないんだが……」
 そう言ってしばらく逡巡する。
「なんだよ、ずいぶん勿体ぶっているな。」
「そ、そういうつもりじゃないんだ。」
 言葉を詰まらせながらも観念したのだろう、真田は言い淀んだその先らしい内容を、もごもごと口にし始めた。
「弟というのは、かわいいもんなのか?」


 「は?」
 話の方向の意外さに、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「あ、すまん、いくらなんでも失礼だな、こんな尋ね方は……いや、俺も、弟だったからな……上の兄弟から見て、どんな感じなんだろうかと……」
 慌てたように説明し始めた真田の顔を見ているうちに、この男が本当に問いかけたい相手が誰なのか、わかってくる。
(尋ねても、答えてくれないんだよな……お前のお姉さんは)
 歳の離れた、大人びた少女。ほとんど母親代わりだったという真田の姉は、自分たちの年齢にもならぬうちに命を落としてしまっていた。
(思い出させちまったのかな)
 済まなさに胸の奥が締めつけられる思いがしたが、それは表に出さず、代わりに真田の問いに答を返していく。
「かわいいさ、そりゃ。俺はずっと弟が欲しくてたまらなかったし。本気で誕生日のプレゼントにねだったこともあったよ。」


 「風呂にだって入れてたんだぞ。親父の帰りが遅い時とかさ。」
 タライに張った湯の中で、母が進を洗う。手の平とガーゼで、優しく肌を包むように。石鹸を流したその小さな弟を、湯船で温めてやるのが自分の役目だった。
「風呂、か?十歳かそこらで、凄いな。」
 真田は目を丸くする。こんな顔もするんだな、と、少し愉快な気持ちが戻ってきた守は、戯けたジェスチャーも交える。
「何てことないさ。湯船でお袋からハダカンボにされた進を受け取って、両耳抑えて、こう、スイーーって。」
 一瞬、赤ん坊の皮膚の薄さ、頼りなげでいてしっかりと存在感のある重みが、掌に戻ってくるような心持ちがした。柔らかい髪が湯に浮く。固く握った小さな手が思いがけない時に動いて慌てたりもした。
「俺は昔から手の平がけっこう大きかったからな。お袋に褒められるのも嬉しかったし。」
 バスタオルを広げた母の腕に、雫を垂らす進を渡す時の緊張感。
(いつもありがとうね、守。進もお兄ちゃんに抱っこしてもらって良かったねえ。)
 優しい母の声にくすぐったいような嬉しさを覚え、次はもっと上手に入れてやろうと思う。柔らかくて温かい、小さな弟。


 「でもな、それだけ待ってた割には、あんまり一緒に遊んでやれなかった。中学に上がるまでの二年くらいだったかなあ。部活に入ったり飛び級の課外があったりで、放課後も休みも忙しくて……残念だったな。」
「そうか。」
 追想を語る守に、真田は相づちを返してきた。自分はこの男に望みのものを与えてやれただろうか。


 「十歳下か。お前に弟が出来た頃、俺は…姉さんを亡くしたんだな。」
 教科書をまとめて席を立ち、食器を片付けながら、真田がポツリと呟いた。
「そうか……十一歳だったっけな?」
「ああ。」
 真田と二人、選抜されて受けた月面基地での訓練のさなかに、守は真田が四肢と姉を失った経緯を知るに至った。それまで誰にも言ったことがないと、その時真田自身が告げたのだが、以来、彼の中のつかえがひとつ取れたのか、二人の中では会話に上ることが時々あった。
「……羨ましいな。お前も、お前の弟も。」
 そう言って、真田は少し寂しそうに笑った。
「俺は、早くに母を亡くしたから…姉さんは、母親代わりに俺の面倒を見てくれたんだ。自分のしたいこともあっただったろうに。俺は、姉さんの時間を奪うばかりで、何も返せなかった。」


 不意に、曰く言い難い強い感情が守の中に萌した。
「―――違うと思うぞ、それは……弟って、そういうもんじゃないさ。」
 迸りそうになる言葉を押さえつつ、残食のない食器を大きな洗い桶に潜らせ、自動散水管で軽く濯いだトレイを前の者に続いて積み置く。
 あどけなく柔らかい、日向の匂いのする小さな存在。ずっと誕生を待ち望んでいた、かわいい弟。
「お前の姉さんは優しい人だったんだろうな。亡くして辛い気持ちもわかる。でもな、可愛がってもらったのを負い目に思うことなんてないと思うぞ、俺は。」
 無垢なるもの、幼きものに対する庇護の気持ちは、見返りを求める性質のものではない。ただ純粋に胸の内に湧き出づる泉のようなものだ。きっと真田の姉も、そんな気持ちに動かされていたに違いない―――


 午後に受ける授業の教室は、真田の向かう棟からはやや離れていたが、守は少し回り道をすることに決めた。食堂を出、真田が足を向けたのと同じ方向へ歩を踏み出す。
「それにな、兄弟にしても親にしても、してもらったことと同じだけ返すなんて、どだい無理なんだからな。自分の受けた恩は、みんな、別の誰かに返してやるんだよ、たぶん。」
 いつものように歩幅と歩速を合わせて校庭を通る。訓練生が必ず身につけなければならない歩行法だが、守はこの歩行が好きだった。まるで、一緒に歩いているものと思考や感情が共振していくような感覚を覚えるのだ。まして、今は隣にいるのが真田であるのだから。
 いつもと同じように、感情の在処を容易には悟らせない真田の横顔。だが、その眉間が幾分開いて見えるのは気のせいだろうか……
「お前の姉さんが、お前を大事にしてくれた分は、お前が別の誰かを大事にすることで返していけるさ。きっと、それでお前の姉さんも受け取ってくれるよ。」


 ふと、熱弁を振るう自分のことを妙に感じる。
(まるでムキになって説得しているみたいだな)
 真田は鬱陶しいと感じてないだろうか―――黙ってただ自分の言葉を聞いている友人の様子にかすかな不安を覚えて、それぞれの目的棟へ向かう分岐点の上で、守は立ち止まった。
 真田はそのまま歩いていくだろうかと思ったが、ごく自然に立ち止まった。そのまま、ほんの僅かの時間であったが、珍しく茫洋とした目で前を見ている。守が自分を見つめていることに気付くと、すぐに向き直り、含羞といってもいいような表情を浮かべた。
「……そうだな。確かに、俺の姉さんはそういう人だったよ。お前のおかげで、姉さんのことが思い出せた。……ありがとう。」


 思いがけなさをそのままに、守は口にした。
「………すごい素直なんだな、お前って。」
 途端に真田の頬に朱が差す。
(こんな顔をするのか)
「そ、そうか?」
 こんな真田は初めて見る。どんどん赤くなっていく真田の顔に見入りながら言葉を続ける。
「うん、俺が知ってる人間の中で一、二を争うくらいに素直だ。」
(不器用だから外に出せないだけで、やっぱりまっすぐで初なヤツなんだ)
 それも、真田が「弟」だからなのかもしれない。


 「れ、礼は言うべきだと思ったんだ。なにも、おかしなことなど言ってないと思うが……」
「うん。おかしかないさ。」
 ただ、意外だっただけだ。何ともいえない温かさが胸に満ち、それが微笑みとなっていっぱいに広がっていく。
「俺の方こそ、アドバイスありがとう。後で清書したのも見てくれるか?」
 お前の礼はさっき言っただろうがとか何とか、もごもごと返してくる男のまだ赤い耳たぶを、睫毛にかかる日差しの柔らかさとともに、守は眩しげに見つめていた。








【解説…というか何というか】

これは所謂「二次創作小説」というものであります。
「宇宙戦艦ヤマト」アニメシリーズの、カメラフレームの外で展開されていたであろうドラマを勝手に想像して書いてみました。
守さんって一人っ子の時間が長かったから、気持ちの安定した優しいお兄ちゃんだったんだろうなあ。