日が沈んでた。
アルゴアのノーベル平和賞受賞がどうも気にくわんのです
この男、あの映画観てないんで正論は言ってません。
悪しからず
平和賞って金大中やアラファト議長らも受賞してるから何の問題もないんやけど
(どんな基準やねん)
マータイさんやユヌス氏の印象が強すぎたせいもある
「平和賞はこうあるべき」
書きながら小さい人間やなぁ、ワレは…と思わないことも無いが
もちろん彼のような超有名人に賞をあげる方が
活動規模の面からいっても効率は良いと思う
同じ環境分野からの受賞でも
マータイさんがブッシュに直談判するのとゴアがするんとじゃあ雲泥の差があるなぁと
でもせっかくの「ノーベル平和賞」や
1000を1100にするより、
1を101にして欲しいと思うのは僕だけやろうか
1000が1100になったところで朝鮮半島もパレスチナも「問題」にはその後進展は無かった
結果論やけど問題の最終的解決を期待しての平和賞なんではなかったか
別に自惚れてるやろ、とは言いません
政治に利用されてる、とも思いません
その位のことは財団側も自覚の上でしょうから
僕が思うのは
「問題」の解決に当たろうとするんではなくて
「問題」に提起に徹したほうが賞の意義はあるんじゃないかと
受賞者の誰もが「人の力になりたい、助けたい」とかいう気持ちを持ってることは確かやと思う
その中に清貧さ、社会的立場の弱さを求めてはいないか?自分
もしそうやとしたら
ぶつぶつ…