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勉強と頭の整理のための備忘録として

GWに思ったこと

2021-05-07 02:22:50 | うだうだ
また1年空いてしまった。

この連休、父のインタビューの手伝いして思ったことがある

父が嫌いというわけじゃない
ただ、父の生き方を反面教師としてきた…本当に父と反対の生き方が正解だと思ってたんやな、と実感した

自然科学を趣味として極めてる父
「子供のうち1人は同じ分野に進んでくれたのですがね」
進まなかった長男(私)も父のことを見ていなかった訳ではない

大学を浪人?留年?→中小企業に就職→倒産を経験、しばらく無職に
趣味に没頭して結婚は35歳過ぎてから。子育ても親の介護も母と妻任せ

本人としては楽しい人生を送ってきたのかも知れないけど
子どもとしては母が苦労している姿がいちばん印象に残ってしまってる

東京の文系大学にしたのは家を出たかったから
仕送りを拒否してたから周りは金持ちばっかりで楽しくなかった。
バイト掛け持ちして生活費稼いでノート見せてくれる友達いなったから授業も出て4年でちゃんと卒業して
いわゆる一流企業というところに就職。両親(母)への仕送りをスタート

結婚は25歳。娘も翌年に生まれたら早いうちに孫を見せてあげることが出来た。
転勤族なのは仕方ない、奥さんには迷惑かけてるけど専業主婦として余裕のある暮らしを送れてる

週末は娘を連れて外出、奥さんに1人の時間を
できる家事とできない家事があるけど、家で奥さんが家事してる時は自分もやる
叱る事はあっても子どもにも奥さんにも1度も怒ったことがない

ゲーム買ってもらえず学習ドリルばっかりやらされていた小学時代を送ってたから
娘には1人1台Swith。
中高一貫に通ってたくせに奨学金をもらう羽目になった経験があるから
(母は金銭面のやりくり本当に頑張ってくれたと思う)
学資保険とNISA、つみたて、ジュニアNISA×2で金を準備してる
娘には楽しい学校生活を送ってほしいな、という希望を叶えるために次は何をすれば良いやろ?

このブログ始めたのは大学1年生の時
懐かしいけど当時に戻りたいなんて微塵も思わない。当時投げ出さなくてよかった
母が亡くなるまでは親孝行頑張る
明日も働け!父をギャフンと言わせるために
コメント
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