ちむあ~すん

 感じたことなどをつれづれと。。
(たま~に気が向いたら書きます)

結城幸司さんの『へペレ』

2010-11-11 | aynu
結城幸司さんがTwitterで語ってくれた『へペレ』をまとめてみました。

新しい神話が産まれる瞬間に立ち会わせてもらっているようでした。

じっくり丁寧にツイートを読ませてもらいました。


心くすぐられる愛おしいへペレ。

「こんなに大切な友達がアイヌの中にできたよ母さん」

というへペレの言葉に涙があふれました。


結城幸司さん、素敵なお話を聞かせてくださり、

本当にありがとうございました。


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さぁ僕が考えた熊の話をしよう。
あるアイヌのフチに「アレスカムイ」という話を聞いて作りました。
「アレスカムイ」とは「私達育てた神」という意味です。
では始めます。



あれはまだ私が蕗の葉っぱに背が届かなかった頃の話しです。
蒼暗いところで母のオッパイを呑んでいると、母が
「さぁヘペレ、外の世界へ行きましょう」と言いました。
「外の世界?」と僕が聞き直すと、母は「明るくていろんな生き物がいて美味しい食べ物がたくさんありますよ」
と言ったけれど、僕には見たことないから思い浮かばなかった。けれどなんかワクワクしてきた。

母は僕をオッパイからどけると「ついておいで」と言って、四つん這いで何かを登り始めた。
僕はおいてきぼりをくわないように母の足にしがみつきました。
だんだんと僕の周りは明るい蒼になり、なんか嗅いだことのない臭いに包まれました。
僕は母の足からずり落ちてしまいモタモタしていると母が一瞬居なくなりました。
「どこぉ?母さんどこぉ」と泣いていると、目の前に白い白い光が広がり僕の目に触ってきました。

「まぶしい」と声をあげたら、その白い白い光の中から
「ヘペレおいで」と母さんの声が聞こえました。
よく目を凝らして見ると、母さんが心配そうな顔をして此方を見ていました。

僕はその光の方に向かって泣きながら
「ごつごつ坂道よいしょよいしょ、やわらか母さんあっこあっこ」
という歌をうたいながら一生懸命のぼりきると
白い白い光の大きな世界がそこにありました。

暗い世界と白い白い世界との真ん中に大きな木があり、その根本の小さな穴が今までいた蒼暗い世界のようです。
そこから僕が顔を出すと、母さんは「ここへおいで」と熊笹のたくさん生えた場所から僕に言いました。

いい臭いとたくさんの色。
白い白い光は暖かい。
足元には何か白いものがあちこちに、それに触って見ると「しゃっこい」と声が出るくらい冷たい。
「それは雪というものよ。やがて全部溶けて、あたり一面みどり色の世界になるのよ」と母さんが言っていた。

「どんなに綺麗な感じだろう」と母さんに言うと
「来てみないとわからないわよ」というので穴を這い出てみようとした瞬間、
僕はまっ逆さまに転げ落ちた。

「いったぁ?くない」
春の土はブヨブヨで柔らかい。
母さんは笑っていた。

「なんて広いんだろう」と辺りをみまわすと頭の上に青い世界が広がっていた。
青い世界のど真ん中に金色の光をくばる神様がいた。

暖かいその金色の光を貰うと、なぜか元気が湧いて来た。
すると僕の目の前を白いヒラヒラしたものが鼻をかすった。

「母さんなにこれ?」というと
「紋白蝶よ」と返してくれたが僕には「おもしろ蝶」と聞こえた。
「おもしろ蝶、おもしろ蝶」って言いながら追いかけてみた。

「あまりはなれないでね」
蝶々を追いかけるぼくに母さんは言った。
「楽しいよ」
僕は転げ回ったり走りまわったり、木登りしたり、
たまに母さんの方を見ると、母さんは真剣な顔で周りをキョロキョロしている。

僕は背中が痒くなって白樺にこすりつけたりしている。
白い白い世界や緑や青や金色の世界は広くて楽しいよ。
そんな僕を心配そうに母さんは眺めている。
そこへまたさっきのおもしろ蝶がやって来た。

「アッチへ行ってみる」と僕が言うと、
「待ってヘペレ、なんか人間の臭いがするような…」
と母さんは言ったけど、鼻を高くして嗅いでみたが草の臭いしかしなかった。

「ヘーキヘーキ」と僕はおもしろ蝶を追いかけた。
『人間ってなんのことかな?』
僕はよくわからなかった。

おもしろ蝶は仲間の蝶々に出会い、楽しそうに高い所を飛んでいった。
「つまんないの。遊んでくれないのか」
僕は急に淋しくなり、母さんを振り返って見たら居ないので、慌ててさっき来た道へ走った。

母さんは立っていた。
「母さん」と言って抱きつくと、母さんは僕の上に覆い被さった。

「母さん重いし暗いよぉ」と言ってズリズリ這い出ると、
なんか眠そうな目をして倒れたまま、僕に小さな声で話しかけた。

「ヘペレ、よぉく聞いてください。お前に話してないことがあります。
この世界には人間という生き物がいて、とても賢い者たちがいます。
山で生きるモノにとって覚悟を決めなくてはならない事がある。
この人間という生き物を生かす為に私たちは体の肉や皮を差し出さなくてはならないというやくわり…」

母さんは小さな息になっていった。

「母さんどうしたの?眠いの?」僕が聞くと
「後からアイヌという生き物が来ます。そのアイヌが私の事を粗末に扱ったらヘペレは逃げなさい。
しかし丁寧な言葉と感謝をしてくれてるようなら…、ヘペレ、そのアイヌに着いてゆきなさい」

母さんの息は止まった。
僕はオッパイをまさぐったが、いつものようにあのドックンドックンという優しい音は聞こえない。

「母さん母さん母さん」
何度も叫んだ。

僕が泣いていると、不思議な事に母さんの耳と耳の間から雪解けの湯気のような母さんが出てきた。

「母さん」
僕が言うと、湯気のような母さんは僕に向かって歌を歌ってくれた。
穴の中で聞いていたあの歌を。

銀の心は山に置いて、金の心はヘペレに置いて…
銀の心は…山に置いて、金の心はヘペレに置いて

という歌を歌いながら、あの金色の光のある空にゆっくりゆっくりあがって行きました。

動かなくなった母さんの前でユラユラ揺れる母さんを見ながら
なぜか涙は止まった。
母さんさんがあまりに優しく笑うから泣いちゃいけないと思った。

すると、何やら立ちながら歩いてくる不思議な模様を体に纏った生き物が近づいてくる。
僕は少し緊張した。
ゆっくり静かに後退りして熊笹の中に隠れた。

その生き物は母さんに近づいて、なにやら母さんの胸に手を当てた。
何かを確認すると生き物は胸から白い棒っこを出し、右手に光る鋭いモノを取り出し上下にこすっていた。

すると不思議な事に白い棒っこは綺麗な綺麗な花になっていった。
なんて綺麗な花なんだろ。
僕は見とれていた。

生き物はソレを作り終えるとこんどは枯れ木を集めて枯れた棒っこを出してきて
なにやらその棒っこを今度はクルクル回して行くと、なんとオレンジ色のユラユラした綺麗なものが立ち上がったのだ。

「アレが人間なのかなぁ」
僕は笹の間からソレを見ていました。
人間は母さんの体の横で白い棒っこの花を立て、オレンジ色のユラユラに何やら話をしている様子だった。

「これが母さんの言う丁寧な言葉と感謝なのかな」
僕は考えた。
あの白い棒っこの花に触りたい。
母さんの側に行きたい。
と考えていたら雪の硬いところで足を滑らせた。

ザザサッと笹がなると、人間はこちらに弓を向けた。
僕はどぎまぎしながら「母さんいっしょ、母さんいっしょ」と言いながら泣いていた。

すると人間はサッと弓をひき、僕に向かってなんか話をかけてきた。
「おぉ、子っこが居たのか、それは可哀想な事をした。それにしてもなんてメンコイカムイだか」
僕は母さんから教えて貰った言葉しかわからない。だけどとても優しい目をしていた。

僕に手をさしのべてきたので、僕は噛みついた。
何だかわからないけど胸の奥のほうで何かがそうしろと言っていたような感じだった。

でも人間は黙って笑いながら手を噛ませてくれた。
空を眺めながらしばらく噛んでいると、母さんのような白い雲がゆっくり揺れていたような。
噛むのを忘れて見とれた。

まるで母さんがその人間の所へ行くと良いよって言ってる気がした。
僕は人間のもうひとつの手で抱き抱えられ懐に入れられた。

人間は右手を口に持って来て「うふぉふぉおおおい」と叫んだ。
するとあっちこっちから「うぉほほほほほほい」という声がした。

僕は少し怖かった。
人間の懐の中に入れられて暖かいけどふるえていたら、人間が母さんの鼻でつついてくれるように 優しくポンポンと叩いてくれた。

そうしているうちに何人もの人間が集まってきた。
僕を抱っこしている人間は「このカムイを村まで運んでくれ。キチンとオンカミ(祈り)をするんだぞ」と他の人間に言っていた。
他の人間たちは「えぇぇ(はいっ)」と返事をしていた。

私は母さんから聞いた言葉しかわからなかったけど、悪いものではないと感じながら歩き出した。
人間の懐の中で
「母さんほどではないけんどお、なんだかホカホカユーラユラ、
母さんほどではないけんど、なんだかお目目もユーラユラ」
と、へんな歌をうたいながら眠ってしまった。

夢ンなかに母さんが来たんだよ。
母さんは「ヘペレの側には居れないけれど、月が出たなら見てごらん。
母さんそこから見ているよ」って歌っていた。

ぼくは目をさまし、あわてて人間の懐から空を見てみた。
もう辺りは深い青の世界。
小さな光る石ころが川原のように敷き詰められた青の空。

真ん中におっきなまぁるい光を見つけた。
母さんはそこに居た。
月のまぁるいところに寝そべって僕を見ていた。

何だか声を出したくなった。
「おぁうっあぉう」と母さんに声をかけた。

すると人間は「もうすぐだからな、ヘペレ」
びっくりした。
なんで僕の名前を知っているんだぁ。

月を見ると母さんは笑っていた。
僕は人間の懐に潜り、ソレを考えた。

人間も歌を歌いながら歩いていた。
他の人間も合間合間に声を入れて来た。

「ウラァ〜スィエエカムイシンタァ」なんて歌っている。
どういう意味かは知らないけれど、なんか気持ち良い感じだ。

「着いたよヘペレ。アレが私達のコタンだよ」と人間が言ったので懐から顔を出して見てみると、
川が側に流れていて、大きな大きな金色の頭から煙を出している。
明かりのゆらゆら揺れるかたまりが五つ見えた。
そのカタマりに近づくと、人間よりも遥かに大きいカタマりだった。
また人間が「ぅほほぉん」と大きな声を出すと、カタマりの中から人間達がたくさん出てきた。

真っ先に小さな人間が駆け寄ってきて「ミチィお帰りなさい」と抱きついてきた。
「ただ今、ポンムィ」と私を抱えていた人間は言ったら、小さな人間は何か喜んでいた。

その次に出てきたのは、顎に長い白いモノをぶら下げたしわしわの人間だった。
今度は私を抱えている人間が丁寧に、
「エカシ(長老)ただいま着きました。立派なカムイが山で私達に命を捧げてくれました。
とても雄壮にゆっくり倒れ、私達は誰しも怪我する事なく狩りができました」
するとエカシと呼ばれた白い顎の人間は、
「うむっ、キチンと感謝を捧げてきたか」と言い
私を抱えた人間は「はいっ」と答えていた。

私は懐から覗き込んでいたけれど、またあのおもしろ蝶々の時のようにどうも白い長いものが気になり?
ついつい手でソレを触ってしまいました。

エカシは「アチカラホイイテテっなんだべなんだべ」と言って大きな声を出しました。
するとミチィと言われる僕を抱える人間は
「すみません、伝え忘れてましたが、カムイにはコッコが居たので、連れて帰りました」
と白い長いヒラヒラに絡まった僕の爪を外しながらエカシに言うと
「たまげたなぁ」と笑いながら白い長いものを大事そうに撫でていました。

小さな人間でポンムィと呼ばれた人間は
「見せて見せて」と何度も言ってるうちに、たくさんの人間があっちこっちのカタマりの中から
「お帰り」とか「ご苦労様」とか言いながら集まって来ました。

僕はたくさんの人間達に撫でられたり抱っこされたり、小さな人間達も集まって僕を代わる代わる覗いて行く。
「いやいゃめんこいこ」と言いながら。

僕はその村と言われる中でも一番大きなチセ(家)と呼ばれるカタマりの中に入った。
広くて暖かい場所だった。
ミチィと呼ばれる人間は懐から僕を出した。

僕はなぜかチセの中を走り回った。
ハポ(母)って小さな人間から呼ばれる人間が、
「メンコイなぁ」と言って暴れている僕の首のところを持ち上げ
「お腹が空いてるの」と言って母さんのようにお乳をくれた。

なんかとても母さんの臭いに似ていて僕は夢中で飲んだ。
するとポンムィと呼ばれる人間は「ハポ。へんなの」と言うと
「変じゃないよ、ポンムィ。私のおばぁちゃんもこうやってお乳をあげてたのよ」と言っていた。

ポンムィはじっと僕を見ていた。
見るなよって言いたいけれど、人間の言葉が話せないから我慢した。
お乳を飲んだあと、僕はまたチセの中を走り回った。ポンムィもいっしょに走り回った。

ミチィは笑っていた。ハポも笑っていた。
広いなぁ、広いなぁ、チセは広くて楽しいなぁ。
と走り回っていたら『ヘペレ、ヘペレ』と僕を呼ぶ声がした。

ミチィを見てもハポを見てもポンムィを見ても僕に話しかけてない。
『誰っ』と言うと チセの真ん中から聞こえてくる。
あの山でも見たユラユラの紅い温かい所から声がしたんだ。

僕がジィーっと見ていると、
『ヘペレ、私はアペというカムイだよ。このチセの中にいる火の神だよ…
人間には、私の声は聞こえないんだよ。私は人間の声を沢山の神々に伝える力を持ってます。
私は人間たちがこうやって生きていく、最初の時代から共に生きてきたのだ…
人間のことなら何でも知っている。わからなくてこまる事があったら私に聞きなさい。
あと私の側にいたら人間の言葉もわかるようになるよ』と言いました。

じっと見ているとユラユラは、優しい顔の女のひとに見えてきました。
僕がじっとしているとポンムィが「僕といっしょにモコロ(寝ましょ)モコロしよ」と言いました。

僕はミチィの懐でたっぷり寝ていたから眠れなかった。
隣でポンムィは小さな寝息をたてていた。
僕が寝返りうつとアペカムイがユラユラ笑ってた。

『眠れないのかいヘペレ』
僕はうなづいた。
『母さんの事を思い出しなさい』とアペカムイは言った。
僕は山の穴の中での沢山話してくれた母さんの言葉を思い出していた。

自分達熊は、強い生き物だけどソレを自慢してはいけない。
強さを自慢すると他の生き物がいちいち逃げちゃう事や
木の実は丸呑みするとそのまま出てくるからまた大きな木になる事や、
沢山の話を思い出していた。

するとアペカムイは
『ヘペレ、今から母さんの声をお前に届けよう』
僕は起き上がりアペカムイを見ていると、ユラユラはゆっくり渦をまき、煙は静かに大きく立ち上がった。
びっくりした事に白い母さんがそこにいた。

母さんは僕に向かって『ヘペレお利口さんだね。母さんは月からずっとヘペレを見ていたよ。
ヘペレ、母さんが言うことをしっかりきいて欲しいのだけど、できるかな』と言ったので僕はうなずいた。

『ヘペレ、お前に教えてあげる事が少なかったので、他のカムイ(羆)のようにお前はキムン(山)のカムイとしては生きられないの。
山には悪いものもいるから小さなヘペレをいじめる生き物もいるしね。』
僕は考えた。

そして母さんは『お前はキムンカムイと呼ばれずアレスカムイ(人間育てたカムイ)になるのよ。
私達キムンカムイも私みたいに人間を生かす為に肉体を捧げる役を担うカムイとなるものもいるけれど
たいがいは山で生きる。お前を可愛いがってくれるアイヌたちのもと、アレスカムイとしての生き方をするのですよ』
と言うと煙は消えてしまった。

僕はアペカムイにお礼を言って母さんの言葉を考えていたら、大きなアクビがでて
スィエスィエ(ユルユル)してモコロモコロしてしまった。

目が覚めてポンムィと遊びにいって、コタン(村)の子供たちと仲良くなって、木の実も沢山もらって
夜はポンムィとモコロしたり、アペカムイと話したり
楽しい日々は何日も何日も続いた。
ミチィははんの木でおしゃぶり作ってくれたり、ハポはポンムィの弟ができたと喜んでくれるし
エカシはヒゲを使ってコショコシヨしてくれた。



 **物語のつづきは、次の記事 『へペレ』つづき にまとめてあります。**