英語教育に関わってはや25年ほどが経過したが、よく言われるここ30年のいわゆる「コミュニケーション英語重視」の政策(愚策)の結果、日本人の英語力の低下とともに、低下していることがある(感じられる)。「辞書を引かなくなった」ということである。技術の進歩により、「電子辞書」なるものが登場し、発展するのと比例してという感じがする。
外国語学習者の電子辞書使用については、教える側にも賛否両論がある。そして、その機能が向上するにつれて、徐々に「電子辞書いいんじゃない?」という擁護者が増えてきているような気がする。まあ、こちらとしては「しっかり調べられさえすれば」別にどちらでもいいのだが、電子辞書愛好者のほとんどが、それをきちんと使いこなすことができないのが実情だ。単語は引けるが、熟語は引けない。「それは、指導者側の問題であり、その辺もしっかり教えさえすれば、学習者も有効に使えるようになるはずだ。」という、意見もありそうだが、最終的に使う(引く)のは「学習者」である。スマホもそうだが、有効に使えれば本当に大きな学習資源になると思うのだが、私の周りの学習者の中に、スマホを学習に有効に使っているものはほぼ皆無である。「学校で教えないからだ!」と言われても、スマホの他の機能や、アプリなどは別に教わらなくても使えるのに、google 検索さえ学習に有効に使うことができないのだ。
「電子辞書」以前の問題のほうが大きいのかもしれないが、それは今回は考えないことにしよう。
「電子辞書」には何百もの辞書が入っていて、しかも紙の辞書ほど重くなく、持ち運びも便利なので重宝されている。しかし、こと肝心の「学習にどれほど使えているか」と問われれば、「単語」の意味を調べ、一番最初に書かれている意味、せいぜい「スクロール」する前の画面に見える意味を「見て」、引いたつもりになっているのだ。多義語の場合、適切な意味を探すのにわざわざスクロールしないといけない。「そんな面倒なことをするくらいなら、適当に上のほうの意味だけで済ませておこう。」というのが大して学習動機がない消極的な学習者の心理だろう。さらに、例文を見るにしても、「1回の画面では出てこない。」=「調べられない」となる。
こういう点では、「紙の辞書」のほうが明らかに優れている。スクロールの必要もないし(ときどき、ページを1,2ページめくらないといけないが・・・)、ほぼそのページに例文を見つけることもできる。「電子辞書」より重いかもしれないが、価格はほぼ10分の1。いろんな種類の辞書はついていないが、そんなに何百冊も引きますか?って。
そういえば、もうひとつ。「電子辞書」のほうが、「速く」引けるらしい。そりゃ「紙の辞書」は引き慣れないと「速く」引けるようにはなりません。でも、1回引いてしまえば「いろんな情報」が一目瞭然なのです。「電子辞書」はさっきから書いているように情報は「隠れている」ため「引いてから探さなければ」いけません。どっちが「速い」かは火を見るより明らかです。
どうしても「電子辞書」を使いたければ、「紙の辞書」を使いこなしてからにしなさい、と言っているが、一度「電子辞書の魔法」に取りつかれると、なかなか「紙」には戻らないようです。かわいそうに・・・。「紙の辞書」を苦労しながらでも使ったほうが、絶対語学が楽しくなると私は信じて疑わないため、学習者にもそう伝えている。(苦労するのは最初だけで、引き慣れると「速く」引けるようになるのに・・・)
「電子辞書」には履歴機能とか、保存機能もあり、一度引いた単語を残して置ける。学習者にはできれば、自分の頭に中に残して欲しい。たぶん、そのうち「電子辞書」が「人間の脳」に代わる日が来るのだろう。実際、どこかの会社の電子辞書は、その名も Brain だ。笑いしか出ない。
最後に、「電子辞書」だけを使っている人で、英語ができる若い学習者にほとんど出会ったことがないんですけど・・・(併用者はいる)。「辞書」の使用に関しては、文科省も何も意見を持たないどころか、彼らにとっては「高価な」電子辞書をどんどん買ってもらい(それで学習者の語学力が別に上達しないとしても、語学への興味が高まらないとしても)、業者を儲けさせ、税金をガッポリ取るほうがそりゃいいに決まっている。彼らの思考はすべてそこに行きつくように見えるから、最後はいつも「ためいき」しか出てこない。
外国語学習者の電子辞書使用については、教える側にも賛否両論がある。そして、その機能が向上するにつれて、徐々に「電子辞書いいんじゃない?」という擁護者が増えてきているような気がする。まあ、こちらとしては「しっかり調べられさえすれば」別にどちらでもいいのだが、電子辞書愛好者のほとんどが、それをきちんと使いこなすことができないのが実情だ。単語は引けるが、熟語は引けない。「それは、指導者側の問題であり、その辺もしっかり教えさえすれば、学習者も有効に使えるようになるはずだ。」という、意見もありそうだが、最終的に使う(引く)のは「学習者」である。スマホもそうだが、有効に使えれば本当に大きな学習資源になると思うのだが、私の周りの学習者の中に、スマホを学習に有効に使っているものはほぼ皆無である。「学校で教えないからだ!」と言われても、スマホの他の機能や、アプリなどは別に教わらなくても使えるのに、google 検索さえ学習に有効に使うことができないのだ。
「電子辞書」以前の問題のほうが大きいのかもしれないが、それは今回は考えないことにしよう。
「電子辞書」には何百もの辞書が入っていて、しかも紙の辞書ほど重くなく、持ち運びも便利なので重宝されている。しかし、こと肝心の「学習にどれほど使えているか」と問われれば、「単語」の意味を調べ、一番最初に書かれている意味、せいぜい「スクロール」する前の画面に見える意味を「見て」、引いたつもりになっているのだ。多義語の場合、適切な意味を探すのにわざわざスクロールしないといけない。「そんな面倒なことをするくらいなら、適当に上のほうの意味だけで済ませておこう。」というのが大して学習動機がない消極的な学習者の心理だろう。さらに、例文を見るにしても、「1回の画面では出てこない。」=「調べられない」となる。
こういう点では、「紙の辞書」のほうが明らかに優れている。スクロールの必要もないし(ときどき、ページを1,2ページめくらないといけないが・・・)、ほぼそのページに例文を見つけることもできる。「電子辞書」より重いかもしれないが、価格はほぼ10分の1。いろんな種類の辞書はついていないが、そんなに何百冊も引きますか?って。
そういえば、もうひとつ。「電子辞書」のほうが、「速く」引けるらしい。そりゃ「紙の辞書」は引き慣れないと「速く」引けるようにはなりません。でも、1回引いてしまえば「いろんな情報」が一目瞭然なのです。「電子辞書」はさっきから書いているように情報は「隠れている」ため「引いてから探さなければ」いけません。どっちが「速い」かは火を見るより明らかです。
どうしても「電子辞書」を使いたければ、「紙の辞書」を使いこなしてからにしなさい、と言っているが、一度「電子辞書の魔法」に取りつかれると、なかなか「紙」には戻らないようです。かわいそうに・・・。「紙の辞書」を苦労しながらでも使ったほうが、絶対語学が楽しくなると私は信じて疑わないため、学習者にもそう伝えている。(苦労するのは最初だけで、引き慣れると「速く」引けるようになるのに・・・)
「電子辞書」には履歴機能とか、保存機能もあり、一度引いた単語を残して置ける。学習者にはできれば、自分の頭に中に残して欲しい。たぶん、そのうち「電子辞書」が「人間の脳」に代わる日が来るのだろう。実際、どこかの会社の電子辞書は、その名も Brain だ。笑いしか出ない。
最後に、「電子辞書」だけを使っている人で、英語ができる若い学習者にほとんど出会ったことがないんですけど・・・(併用者はいる)。「辞書」の使用に関しては、文科省も何も意見を持たないどころか、彼らにとっては「高価な」電子辞書をどんどん買ってもらい(それで学習者の語学力が別に上達しないとしても、語学への興味が高まらないとしても)、業者を儲けさせ、税金をガッポリ取るほうがそりゃいいに決まっている。彼らの思考はすべてそこに行きつくように見えるから、最後はいつも「ためいき」しか出てこない。