見出し画像

And This Is Not Elf Land

COME FROM AWAY


人はみな「遠くから来た人」

ブロードウェイ・ミュージカルCOME FROM AWAY(カム・フロム・アウェイ)

現在、その舞台収録映像をApple TVで観ることができます。興味のある方は、そちらでぜひご覧ください。

私は2019年の4月にブロードウェイで観ましたが、あれはもう…生涯最高の観劇体験の一つだったと言えます。

2001年9月11日のテロ事件のあと、アメリカ国内のすべての空港が閉鎖されてしまい、飛行中だった多くの航空機が行先を変更せざるを得なくなりました。そのうちの39機がカナダの北東部にあるニューファウンドランド島の空港に緊急着陸します。空港のあるガンダ―の町は人口10000人余りの小さな町でしたが、町民たちは7000人の乗客たちの一時避難を受け入れることになります。

そこで起きた出来事をドキュメンタリータッチで見せていくのがこのミュージカルです。1幕100分の作品で、舞台はシンプルな裸舞台に近く、イスとテーブルを巧みに使いながら、12人の俳優たちが数千人のキャラクターをエネルギッシュに演じ分けます。

で、その12人の俳優たちは、どう見ても「普通のおじさん&おばさん」にしか見えないんですよ(笑)それでも、演技・歌・ダンスなどの身のこなし、どれをとっても完璧!

あんな人たち、一体どこから連れてきたの?!…ちょっと日本では考えられないですね…向こうの俳優の層の厚さには驚愕するしかありません。


ブロードウェイでの感動が冷めやらない私は、少しでも多くの人にAppleTVで観てほしくて、周囲のちょっとミュージカルが好きそうな人に勧めるんですが…ところが、ほとんどの人が興味を示さないんですよね…(!)

なんで?!

日本には、こういうタイプのミュージカルがないから、ちょっと親しみにくのかもしれません…。また、ちょっと堅苦しい話のような印象を与えるのでしょうかね?日本でポピュラーなのは「まるでファンタジーのような」ミュージカルですから。

でも、COME FROM AWAYだって、独特のノリがあって、とてもエンターテインニングなんですけどね…分かってもらえないのかな~ある人に「いやいや、きれいな衣装を着て歌い踊るだけがミュージカルじゃないのよ」と言うと「きれいな衣装を楽しみにしてミュージカルを観て何が悪いの?!」とキレられました(汗)…あっ…私の言い方が悪かったデス。それにしても、こんな上質のミュージカルが、ブロードウェイの舞台そのままにApple TVで気軽に見ることができるのに、食指が動かない日本人が多いというのは、あまりに残念です。



さて、このCOME FROM AWAYの始まりの場面では、12人の俳優が島民になり、そこの人々の暮らしを高らかに歌いあげます。I'm an islander, I am an islanderと繰り返されるフレーズが耳に残り、音楽の完成度も高い。やがて、この辺境の島にも恐ろしいテロ事件の一報が入ります。

たしかに、あの日以来、世界の何処の人と話すときも「あのとき、あなたはどこで何をしていた?」となりました。世界中の人たちが恐ろしい事件の目撃者となってしまったのですから。

そして、舞台は航空機の機内の様子を描きます。さっきの俳優たちは機内の人たちを演じます。乗客を混乱させないために、はっきりした情報を伝えることを控えるクルー、何が起きているかわからずに混乱と苛立ちを見せる乗客たちの様子が緊張感をもって描かれます。

そして、次の場面では、島の人たちが、さまざまなバックグランドを持つ「遠くから来た人たち」を受け入れる準備に余念がありません。どこにもいるような仕切り屋さん、気の短い人、働き者…テンポよく描かれていきます。

このくらいになると、もう「えっと、この俳優さんはさっき誰を演じていた人だったっけ??」とか、そんなことはどうでもよくなってきますし、ときどき「えっと、これって何人で演じているんだっけ??一人、二人、三人…やっぱり最初と同じか!途中で増えているわけじゃないんだ!」なんて「確認(笑)」しちゃったりして…とにかく、目の前で繰り広げられている奇跡のような演劇世界に圧倒され続けるのです。

これは、基本、12人の俳優が数千人を演じるのですが、核となる人物たちもいます。全米初の女性機長、テロで消防士の息子を失ったNY在住の女性、避難所で恋に落ちた熟年カップル、男性同士のカップル、動物保護に熱心な女性などなど。核となる人物も配置することで、ストリーがバラつきません。様々な人たちをスケッチのように描きながらも「そういえば、あの人はどうなったのだろう?」という観客の思いにも答えてくれる。本当に上手い構成です。そして、それぞれが本当に魅力的なキャラクター。一途で、愛に溢れていて、ちょっとお茶目でユーモアもある。

このCOME FROM AWAYは、ミュージカルの形態としては独特なものではありますが、そんなに違和感を抱かないのは…なんというか「一つの話芸」のように見ることもできるからなのかもしれません。落語や浪曲などがそうです。一人の話者が、ちょっと向きを変えたり、声色を変えたり、ちょっとした小道具を用いたりして、何人もの登場人物を演じ分けます。「一人だけでやっていては分かりにくい」などと感じることはありません。あれと同じですね…

ただ、やはり、あそこまでのレベルへ持って行くには、日本の伝統話芸の演者も同様ですが、極めて高い技術が必要でしょう。まず、これはミュージカルなので、どの人も歌唱力が圧倒的なのは当たりまえ。同様にセリフの発声も素晴らしい。(向こうの舞台俳優で発生の基本ができていない人はいませんが)そして、巧みな身体表現。機内の場面では機内の乗客の動き、バスの場面ではバスに揺られている動き…これらはあんまり基本的過ぎて、あのレベルの俳優さんたちに対して、今さら褒め称えるのも気が引けるほどなのですが、本当に完ぺきなのです。

また、ドキュメンタリータッチで進むので、セリフは観客への語り掛けが多いのですが、静と動を上手く使い分けたその語り口…観客の心に届かないはずはありません

私が好きなのは「祈り」の場面です。劇中では、イスラム教徒への警戒も容赦なく描かれます。それでも、かれらに静かな祈りの場を提供する島民たち。また、乗客の中にひとりのラビがいました。一方、島民の中に、ユダヤ人でありながら長い間それを隠していた高齢男性がいました。彼は「最初で最後」ラビに会いにやってきます。

キリスト教の教会でも祈りが始まり、やがて、さまざまな宗教を信じる人たちが唱和し、ともに祈ります。

「憎しみがあるところに愛を」「争いがあるところに許しを」「疑念があるところに信仰を」「絶望があるところに希望を」「癒されるより癒したい」「理解されるより理解したい」「愛されるより愛したい」

あの忌まわしいテロ事件の後ではあっても、人々が生きる糧とする宗教の役割を否定しません…

さて、飛行再開も近くなり、打ち解けた島民と乗客たちは酒場で盛り上がります。そこで流れるのはアイルランドやスコットランド風の民族音楽。ちなみに、このミュージカルは何種類もの楽器を使って演奏されています。その中には民族楽器も含まれているのでしょう。とにかく音に厚みがあります。

ここで気づくのです…ここの島民たちも、もとはといえば「遠くから来た人たち」なのだと。

9/11直後に起きたことに題材をとりながらも、世界のさまざまな場所で、さまざまなバックグラウンドの人間たちが、それぞれの幸せを求めて生きていく姿を「舞台のマジック」を用いて巧みに描き出した素晴らしいミュージカルがこのCOME FROM AWAYです。

きれいな衣装を着た俳優も出ていません。華やかなダンスや、目もくらむような仕掛け舞台もありません。話はドキュメンタリー・タッチで、ちょっと堅苦しいと感じる人もいるかもしれません。それでも脚本も演出も音楽も演技も最上級グレードです。明るくはじけた、エンターテインニングな作品でもあります。今はブロードウェイだけではなく、全米ツアー、ロンドン、オーストラリアでもやっています。北欧でやっているという情報も目にしたことがありますが、確認は取っていませんが。

「こんなミュージカルがすぐ近くでやっているような国に住みたい」
ブロードウェイで鑑賞した直後に沸き上がった思いがこれでした。
そして、今はAppleTVの配信で観ることができます。とても幸せです。
Come From Away — Official Trailer | Apple TV+
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「Theatre」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
2021年
2020年
人気記事