背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

セイレーンの見せた夢(2)

2021年09月10日 00時21分25秒 | CJ二次創作
VIPルームに入る際、アルフィンは人払いをした。
「中に入らないで。二人きりにして」とドアの前で待たせた。
そうしてキーパネルで操作して、ドアロックを解除した。先に自分が、後からジョウが入室する。
豪華な部屋だった。ジョウは宇宙港のVIPルームは個人的にほとんど利用したことはない。が、仕事の関係でたまに通されることがある。ふかふかの絨毯とみるからに豪華な応接セット。有名な画家の油絵。大きな花器にふんだんに生花が活けられている。
ジョウとアルフィンは部屋の中向き合った。
「……」
「……」
いざ二人きりになると言葉が出ない。10分だけと時間を区切っているのに、ジョウもアルフィンも口火を切れずにいた。
何を、どこからどう話せばいいかわからない。
この6年、離れていた時間が、二人の間に横たわる。
言いたいことはたくさんあった。
懐かしい。元気そう。会いたかった。どうしていた? あれから、何があった? 誰と何をしていた?
いろいろ訊きたくて、どこから話していいかわからなくて。
全部が、本当に話したいことからは微妙に遠いような気がして。
近況を聞きたいわけではなかった。もちろん、お互いの情報は知りたいけれども、本当はーー
そうして逡巡している間にも、時間は流れ去っていく。
二人は向かい合ったまま、なすすべもなく立ち尽くす。
言葉が出てこないもどかしさと、それをしのぐ懐かしさでアルフィンは胸が一杯になり、知らぬ間に涙ぐんだ。
碧い瞳に、見る見る間に透明な膜が張られるのを見て、ジョウがとっさに右手を伸ばした。
彼女の頰に触れる。
びくっとアルフィンが反応する。でも、彼に触れられるのに任せた。
ジョウは、こんな風に涙を拭ってやったことがあったなと、6年前を思い出した。ゲル・ピザンの深い森の中。
ジョウが動いたことで空気がふっと軽くなった。
「あたし、ずっとあなたに会いたかった。ジョウ。
6年前アル・ピザンの宇宙港であなたを見送ってから、ずっともう一度会いたいって思ってたの」
アルフィンはそう言って俯いた。白い頰にほんのり朱が射し込んでいるのが見えた。
ジョウは「俺も」と言った。
「俺も、あれからずっと君が気にかかっていた。――どうしているんだろう。元気だろうかってずっと。
会いたかった」
そして頰から手を離し、すまん、と言って彼女のつばの広い帽子に手をやった。
え、と彼女が思う間もなく、それをそうっと外される。慎重にジョウはアルフィンのかぶっていたものをテーブルの上に置いた。
そして、両手で彼女の両手を掴んだ。自分のほうへ優しく引き寄せる。
「……かぶったままだと、こんな風にできないから」
なんで言い訳しているんだろうと自問しながらジョウが言う。
「うん……」
アルフィンは、彼の胸元に額を寄せた。
抱き合うのではなく、寄り添い合った。雨の中、木々の葉に隠れて翼を休める鳥のように。
手をつないで互いの体温を感じた。
アルフィンは着けていた礼装用の白のグローブを外した。ジョウもいつも身につけている仕事用のチタニウム手袋を外す。
素手で、もう一度相手の手を握った。
指先を自然に絡めた。
「……ずっとこのままでいたいわ」
目を閉じてジョウの胸にもたれ、アルフィンが囁いた。
「ん……」
離れがたい。ジョウも想いは同じだった。アルフィンの前髪に頰を当てながら言った。
「一日、帰国をずらせないのか」
無理だとわかっていて、言ってしまう。言わずにいられない。
「……無理よ。もう行かないと」
時間が迫る。ドアの外では今か今かとお付きの者が気をもんでいることだろう。
「……ここで別れるのは無理だ。行かせたくない」
甘い言葉が耳たぶをくすぐる。
ジョウを見上げると、眉間にしわが刻まれている。身体のどこか痛むような苦しげな顔つきをしていた。
「ジョウ」
「もう少し、頼む。6年ぶりなんだぞ」
性急さを滲ませた言葉に、アルフィンは目がくらむほどの嬉しさがこみ上げた。
「うん……。うん」
でも、自分は帰国便に乗らなければならない。後ろ髪引かれながら。
ジョウはアルフィンの額に頰を押し当てたまま訊いた。
「アルフィン。また会いたい。近いうちに、ピザンに会いに行ってもいいか」
「えっ」
思わず顔を上げた。ジョウは真面目な顔で迫った。
「次の仕事が終わったら、少し休暇が取れる。そのときに、アル・ピザンに行く。日にちが決まったら、知らせるから会ってほしい」
「――うん」
アルフィンは素直に頷いた。何度も。
嬉しさがこみあげる。今の再会で終わりじゃないということが、ただ嬉しかった。
彼が、自分と同じようにまた会いたいと、もっと一緒にいたいと思ってくれているということが、信じられなかった。
ジョウはほっとした。よかった。断られたらどうしようかと思っていた。
「連絡先を知りたい。君の」
「直通の携帯があるけど、いまあたし、ハンドバッグを預けて持ってないの」
どうしよう。そう言うと、
「暗記する。番号を言ってくれ」
躊躇なくジョウは言った。畳みかけるような言葉に、彼の必死さが伝わってきて、めまぐるしい展開にどうにかなってしまいそうだった。
アルフィンは自分の番号をそらんじた。ジョウは聞きかえすことなく、9桁の番号を一回で記憶に刻む。
「今夜、電話する。――夜、かけても大丈夫か」
「……うん。嬉しい」
待ってる。甘く囁く。その間もふたりは手を離さない。
離したくない。
ジョウは身をかがめてアルフィンの顔を覗き込んだ。
あ。
キスが来る。――アルフィンはとっさに身構える。目を閉じた。
二人の吐息が近づいた、そのとき。
ドアの側のインターフォンのチャイムが鳴った。VIPルームのであるからして、その音色も限りなく上品に。
びくっとして思わずジョウが身を引く。
「姫様、お時間です。もう、これ以上は。姫様、どうかここをお開けください」
馬鹿丁寧だが、確実に焦りが混じる声が二人を遮る。
ジョウとアルフィンは顔を見合わせた。どちらからともなく笑う。
ジョウは照れくさそうにアルフィンの額に唇を寄せた。
おでこに軽くキスをする。
「じゃあ、今夜。帰ったら電話する」
「ええ。待ってるわ」
部屋を出る前、二人は手をぎゅっと握りあって、約束のしるしとした。
手袋とグローブを嵌め直すとき、なんだか互いに気恥ずかしくて参った。
「アルフィン、帽子を忘れてる」
うっかり置いていきそうになるところに、教えてやると、「いけない」と慌てて取り上げてかぶり直した。
「鏡がないからわからない。へんじゃない?」
髪を後ろに流しながら訊くアルフィンに、ジョウは
「帽子を外して何をしていたんでしょうかって、お付きの人に言われそうだな」
と笑って言った。
「ん、もう。誰が外したのよ」
アルフィンは真っ赤になってふくれた。こういうやりとりをしていると、6年前、初めて出会った頃に戻ったみたいだなとジョウは目を細めながら思った。


「あたしゃてっきり、あんたがあのままアルフィンをミネルバに詰め込んで、アラミスに持ち帰るかと思いました」
真顔でタロスがそんなことを言うから、ジョウは赤くなった。
ミネルバに搭乗して、タンザ-ル宇宙港を発ってはや2時間。漆黒の宇宙空間を彼らは旅する。メインブリッジのスクリーンには数多の星々が広がっている。
タロスは副操縦席。ジョウはメインシートに収まっている。タロスの注進で、2年前から彼らは座席をチェンジした。
「馬鹿言え。俺をなんだと思ってるんだ」
「あれあれ~。兄貴ってば真っ赤じゃん。純情~」
リッキーが機関士席から茶々を入れる。彼のポジションは代わらない。6年前殉職したガンビーノに代わる航宙士は入れていなかった。チームは3人体制で動いていた。
今はドンゴが立体航宙スクリーンが表示されるジョウの後ろの席に着いている。
「五月蠅い」
「でもタロスの言うのもわかるなあ。めちゃくちゃ綺麗だったもんねアルフィン。まるでお姫様みたいだった」
こう、ちゃんとした箱にクッションを敷いて、それに入れてリボンを掛けて丁寧に扱いたいような、そんな雰囲気だったもんなあ。そう呟いた。
リッキーの言わんとしていることはわかった。雑に扱ってはならないような、高貴な佇まい。凜とした姿勢。
彼女の生き方そのものが現れていた。
「何言ってんだよ、とんちき。実際お姫さんなんだろうが」
「あ、そっか」
「で、ちゃんと話はできたんですかい? 短けえ時間だったでしょうが」
「ん……、まあな」
ジョウは言葉を濁したわけではなかった。話というほどの話はしていない。でも、言葉以上のものを交わした10分間。
数時間前、手を把って自分の懐に引き寄せ、身体を添わせた、あのひとときが濃密な気配を伴ってジョウの脳裏に蘇る。
何を話した、アルフィンはこんなだったと口に出して説明するのは難しかった。ジョウが、それ以上語ろうとせずぼんやりとスクリーンを見つめているのを見て、リッキーがじれた。
「あやしいぞ。実力行使したな、兄貴」
ジョウは黙したままだ。タロスが助け船を出す。
「まあ。いいじゃねえかそこら辺は。6年ぶりに再会できたんだからよ」
「元気そうだったね。きっとピザンの復興も順調なんだろうな」
「ああ」
「なあ」
そこでジョウがふと口を開いた。
タンザ-ル港を発ってからこっち、ずっと心ここにあらずといった風情でいたので、思わず二人はジョウに向き直る。
「なんだい」
「なんです」
同時に言った。ステレオ放送。
「いや……。次の仕事、アラミスに着いて照会して、ミネルバの船籍を更新してからだと、終わりは月末だったよな?」
「そうです」
「その後のオフ、俺、ピザンに行くことにした。さっきアルフィンと約束してきた」
「えっ」
「大丈夫。俺1人だ。お前たちはめいめい休暇を満喫してくれて構わない」
「ピザンヘって、――またアルフィンに会いに行くってこと?」
改めて言われると照れる。
ジョウはわざと「ん」と短く答えた。
「あららら……。これは重症だね」
恋の病だとは敢えて言わないであげた。リッキーなりの思いやり。武士の情け。
「ジョウがピザンに行くとなると、マスコミもうるせえでしょうに。鵜の目鷹の目で狙ってきますよあいつら。……それでも行くんですか?」
「ああ。もう決めた」
ジョウは揺るがない。
タロスは斜め後ろに座るリッキーと目を見交わした。
リッキーは肩をすくめた。えらく芝居がかった素振り。
ジョウは正面のスクリーンに映る宇宙空間を見据えて静かに言った。
「たぶん、次にアルフィンに会ったら、さっきタロスが言ったみたいに、ここに、ミネルバにつれて帰る。もう向こうに1人では置かない」

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1 コメント

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おはようございます (ゆうきママ)
2021-09-10 08:50:12
朝から、読ませていただきました。
6年で、ジョウも恋愛にどん欲になったね。
ここにいるアルフィンだと、ピザンを捨てることはできない気がしますが。
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