「あ」
ジョウはつい声を上げた。視線が一点に釘付けになっている。
キッチンで、背後からエプロンの後ろ紐を結んでやった時だった。
アルフィンにお願いされて。
「ん? どうかした?」
アルフィンがジョウの視線に気づいて肩越しに彼を見た。頭一つ分低いところから。
「いや。アルフィン、いつの間にピアス……」
左耳が金髪から覗いていた。その耳たぶに黒い光を放つ、ピアスが嵌められているのに気付いたのだった。
ああ、これ? というようにアルフィンは微笑った。そして、背中に髪を流して言った。
「こないだ自分で開けたの。似合う?」
「似合う」
ジョウは即答した。それから腕組してまじまじと見入る。
「でも、痛くないのか、ピアスって。耳に穴、開けるんだろ」
「ジョウ……。それ本気で言ってる? あなたいつの時代の人?」
アルフィンは呆れた。タロスだって言わないような旧石器時代のセリフを聞くなんて。
「あなただってタトウ入れてるじゃない。最初は少し痛むけど、後は平気。おんなじよ」
「ふうん」
ジョウは納得したようなしないような複雑な面持ちを崩さない。彼女の耳を飾るアクセサリーを、こわごわと見つめた。
アルフィンは続けた。
「あたし、ピザンの宮殿にいたころはいろいろ制約があってできないことが多かったの。ピアスもそうだし、ショートカットとか、化粧や私服もコードがあって。マニュキアの色まで細かく注意事項が決められてて。お姫様だから仕方がないし、そんなに息苦しいとか思わなかったんだけど、クラッシャーになってミネルバで暮らしていても、結局大きく今までのしきたりから逸れることとかできないんだなあって気づいたのよ」
最近だけどねと細い肩をすくめる。
ジョウは、「小さいころからの習慣は空気みたいに沁みついているから、身体に」とうなずく。
「そうなの。でも、もういいかなあって。ジョウのとこに来て1年経ったし、記念になるかなと思って。えいって開けちゃった」
えへへとはにかむ。
――そうか。ジョウはそこで改めて気づく。
1年経つのだ。彼女がここに密航してクラッシャーに転身してから。アルフィンなりの節目なのだと思った。この先も仕事を続けていこうという、意思の表れ。
ジョウはアルフィンのこめかみのあたりの髪を指先で掬った。
耳の後ろにそおっとかけてやって、ピアスがしっかり見えるようにした。
「ジョウ」
「すごく似合う。今度、俺にも別のピアスを贈らせてくれ。1年頑張ってくれたお礼もかねて」
ジョウが言うと、アルフィンはぱあっと表情を輝かせた。
「ほんとう? 嬉しい! すっごく嬉しい!」
飛び上がらんばかりに喜ぶアルフィンに、優しいまなざしを向けてジョウは言った。
「俺は、君の国の王宮の人たちのドレスコードはよくわからないけど。
君はロングヘアがとても似合うし、普段の化粧の仕方も服のセンスもとてもいいと思ってる。無理に自分を変えようとは思わないでくれ。自然体で、アルフィンが快適に過ごせるのが一番だと思う」
「……ありがとう」
ふっとアルフィンの目元に赤みが差し込むのが分かった。
感動したとき、涙がこみあげそうなとき、目のあたりに力を入れる癖。ジョウはもうわかっている。
いや、1年も一緒に過ごしているから。わかるようになったのだ。
「そう言ってくれるジョウが、大好きよ」
涙に縁取られた美しい瞳を向けられ、ジョウは動揺した。
「ピアスのことにはてんで詳しくないけどな」
はぐらかす。照れくさい。
アルフィンは、「いつ買い物行く? 一緒に選んでほしい」と明るくねだった。しんみりするムードを嫌った。
「来週かな。いまの仕事がひと段落ついたら」
「約束よ。――ちょっとお値段張るのをリクエストしてもいーい?」
「金額によるけど……まさか、給料3か月分とか言わないよな?」
窺うように見るジョウに、もったいぶった様子でアルフィンは返す。
「どうかなあ。どうせもらうんならダイヤのピアスがいいなあ」
「う」
「1年頑張ったご褒美って言ったわよね。うちのリーダーは太っ腹ね。期待してるわ」
アルフィンが言うと、ジョウは「ぜ、善処します」と固い返しを寄越した。
自分の耳たぶを彩るピアスを、それから先、1年に一つずつジョウからもらうことになるけれど。今はまだアルフィンはそのことを知らない。
ジョウが、危険を伴う仕事に就く彼女のお守りにという想いを込めて、毎年ピアスをプレゼントをするようになることも。
まだアルフィンは、そしてジョウ自身も今は知らない。
END
ジョウはつい声を上げた。視線が一点に釘付けになっている。
キッチンで、背後からエプロンの後ろ紐を結んでやった時だった。
アルフィンにお願いされて。
「ん? どうかした?」
アルフィンがジョウの視線に気づいて肩越しに彼を見た。頭一つ分低いところから。
「いや。アルフィン、いつの間にピアス……」
左耳が金髪から覗いていた。その耳たぶに黒い光を放つ、ピアスが嵌められているのに気付いたのだった。
ああ、これ? というようにアルフィンは微笑った。そして、背中に髪を流して言った。
「こないだ自分で開けたの。似合う?」
「似合う」
ジョウは即答した。それから腕組してまじまじと見入る。
「でも、痛くないのか、ピアスって。耳に穴、開けるんだろ」
「ジョウ……。それ本気で言ってる? あなたいつの時代の人?」
アルフィンは呆れた。タロスだって言わないような旧石器時代のセリフを聞くなんて。
「あなただってタトウ入れてるじゃない。最初は少し痛むけど、後は平気。おんなじよ」
「ふうん」
ジョウは納得したようなしないような複雑な面持ちを崩さない。彼女の耳を飾るアクセサリーを、こわごわと見つめた。
アルフィンは続けた。
「あたし、ピザンの宮殿にいたころはいろいろ制約があってできないことが多かったの。ピアスもそうだし、ショートカットとか、化粧や私服もコードがあって。マニュキアの色まで細かく注意事項が決められてて。お姫様だから仕方がないし、そんなに息苦しいとか思わなかったんだけど、クラッシャーになってミネルバで暮らしていても、結局大きく今までのしきたりから逸れることとかできないんだなあって気づいたのよ」
最近だけどねと細い肩をすくめる。
ジョウは、「小さいころからの習慣は空気みたいに沁みついているから、身体に」とうなずく。
「そうなの。でも、もういいかなあって。ジョウのとこに来て1年経ったし、記念になるかなと思って。えいって開けちゃった」
えへへとはにかむ。
――そうか。ジョウはそこで改めて気づく。
1年経つのだ。彼女がここに密航してクラッシャーに転身してから。アルフィンなりの節目なのだと思った。この先も仕事を続けていこうという、意思の表れ。
ジョウはアルフィンのこめかみのあたりの髪を指先で掬った。
耳の後ろにそおっとかけてやって、ピアスがしっかり見えるようにした。
「ジョウ」
「すごく似合う。今度、俺にも別のピアスを贈らせてくれ。1年頑張ってくれたお礼もかねて」
ジョウが言うと、アルフィンはぱあっと表情を輝かせた。
「ほんとう? 嬉しい! すっごく嬉しい!」
飛び上がらんばかりに喜ぶアルフィンに、優しいまなざしを向けてジョウは言った。
「俺は、君の国の王宮の人たちのドレスコードはよくわからないけど。
君はロングヘアがとても似合うし、普段の化粧の仕方も服のセンスもとてもいいと思ってる。無理に自分を変えようとは思わないでくれ。自然体で、アルフィンが快適に過ごせるのが一番だと思う」
「……ありがとう」
ふっとアルフィンの目元に赤みが差し込むのが分かった。
感動したとき、涙がこみあげそうなとき、目のあたりに力を入れる癖。ジョウはもうわかっている。
いや、1年も一緒に過ごしているから。わかるようになったのだ。
「そう言ってくれるジョウが、大好きよ」
涙に縁取られた美しい瞳を向けられ、ジョウは動揺した。
「ピアスのことにはてんで詳しくないけどな」
はぐらかす。照れくさい。
アルフィンは、「いつ買い物行く? 一緒に選んでほしい」と明るくねだった。しんみりするムードを嫌った。
「来週かな。いまの仕事がひと段落ついたら」
「約束よ。――ちょっとお値段張るのをリクエストしてもいーい?」
「金額によるけど……まさか、給料3か月分とか言わないよな?」
窺うように見るジョウに、もったいぶった様子でアルフィンは返す。
「どうかなあ。どうせもらうんならダイヤのピアスがいいなあ」
「う」
「1年頑張ったご褒美って言ったわよね。うちのリーダーは太っ腹ね。期待してるわ」
アルフィンが言うと、ジョウは「ぜ、善処します」と固い返しを寄越した。
自分の耳たぶを彩るピアスを、それから先、1年に一つずつジョウからもらうことになるけれど。今はまだアルフィンはそのことを知らない。
ジョウが、危険を伴う仕事に就く彼女のお守りにという想いを込めて、毎年ピアスをプレゼントをするようになることも。
まだアルフィンは、そしてジョウ自身も今は知らない。
END
⇒pixiv安達 薫
値段より、一緒に買いに行けることが、アルフィンは嬉しいと思うよ。
小さい顔で、金髪。どんなアクセサリーでも、会いそう。まぁ、小さくてもキラリと光る逸品がいいかな。
私はジョウと同じで、ピアスとは縁遠い人生を送っています。機会がなかったんですよね。
王宮のかたはドレスコード規制が多そうですよね。ミニスカとか水着とかも避けてたんだろうなと思いました。