「おっと、ーーお邪魔かな」
夜半、リビングに立ち寄ったリッキーが遭遇したのは、大きめのソファで寝転ぶ二人。
正しくは、アームレストを背に、仰向けに寝そべっているアルフィンにジョウが凭れて寝入っている様子。こんなあられもない恰好の兄貴なんて、久しく見てないよ。あらら‥‥。
見てはいけないものを見てしまったような気がして、回れ右をしかけたリッキーに、
「あ。いいのよ。別に気にしないで」
アルフィンが気安く声をかける。ジョウの頭を撫でていた手をひらひらとかざして見せた。
「気にしないでって言ったって。兄貴、どうしちゃったんだい」
声を潜めてソファに近寄る。ジョウはすうすう寝息を立てて熟睡していた。
アルフィンは苦笑しながら答えた。
「ここで一緒に映画観てたら、ワイン二杯半で寝落ちしちゃった。疲れてるわねえ」
「疲れてるねえ、リーダーは」
見ればローテーブルには封を切ったワインボトルとグラスが二つ。つまみのチーズやクラッカー、ナッツ類が飲みかけ、食べかけのまま残されている。
っていうか、疲れも吹っ飛ぶんじゃないかな。アルフィンに抱っこされながら眠れるんなら、と、モニターのリモコンを取り上げ彼は電源をオフにする。
今夜アルフィンは大きめのパーカーを羽織り、ショートパンツが裾から申し訳程度に覗くスタイルだった。真っ白い脚がすらりとソファに伸びている。その脚に挟まれるように、下に落っこちないようにガードされて、ジョウがうつぶせで彼女にすっかり預けきって眠っている格好だった。
ブラックアウトした画面を見つつ、
「でも兄貴、部屋に運ぶの無理だろう。アルフィン一人じゃ。俺ら手え貸そうか」
水を向けると、
「うーん。ありがたいけど、今夜はここでいいかな」
こともなげにアルフィンが言う。そして、ジョウの後頭部辺りに手を添えてやる。指に彼の髪を無意識に絡ませた。
あら。
「そうでしたか。ですよね、ごめんお節介で」
「いいのよ。あんがとね」
にっこりと笑いかける。リッキーはウインクを返してリビングから退散した。
「……さて」
自動ドアがリッキーを送り出してしばらくしてから、アルフィンが文に句読点を打つように口を開いた。
「リッキー行っちゃったわよ。もう狸寝入りしなくていいんじゃない?」
ジョウの耳にそっと声を置く。と、むくりと黒い頭が起き上がった。
少し照れくさそうな、眠たげな眼をした彼がアルフィンに顔を見せる。
「ん……」
「起きた? 水飲む?取って来ようか」
「いや、いい……。気が付いてたのか、俺が起きてたの」
「まあね。途中からね。リッキーに見られて緊張してるの、伝わったよ」
アルフィンは言って微笑んだ。
ジョウは目を何度かしばたたかせて、もう一度アルフィンの胸に顔を埋めた。
ぼふっとパーカーの厚手の生地が受け止める。
「あら」
「……だって照れくさいだろお、寝落ちして君に抱っこされてるとこ見られるなんて。眠った振りでやりすごすしかないじゃないか」
耳たぶが赤い。アルフィンは「いいじゃない。ジョウも人の子ってことで。誰かに甘えたくなる晩だってあるよねえ」とまたいい子いい子してあげる。
ジョウは彼女の胸元に顔を埋めたまま、甘んじて頭を撫でられるに任せる。
「アルフィン、今夜めっちゃ可愛いよな。優しいし」
くぐもった声で彼は言った。かすかにアルコールの気配がにじむ声。
「んーそおお?」
お酒飲んで先にジョウが潰れるのが珍しいからじゃない?と、こちらも少し酔いが回った甘い声で言う。
「気を許しすぎた。まずったなあ」
ジョウはしきりと反省の様子。アルフィンは彼の背を抱き締めた。
「まずってないよ。嬉しいし」
「そう?」
「ん」
酔って寝落ちなんて、この人はよそでは絶対にしない。そんなジョウが自分にはガードをとことん外してくれているのが分かるから、なおさら。
ご機嫌な様子のアルフィンにしがみつきながら、
「……今夜はベッドに行かないでいいのか。ここで」
そう囁いてジョウはアルフィンの膝から太腿に掛けててさぐりでなぞっていく。ショートパンツの布地のあいだから、指先がもっと深いところまでたどり着いた。
ぞく。
アルフィンの肌にさざ波が立つ。声を思わず上げそうになるのを、飲み込んで、
「聞いていたのね。リッキーとのやりとり」
「うん。狸寝入りだったから」
「ジョウったら」
くつくつと喉を鳴らすように笑って、アルフィンの身体が弛緩する。ジョウの愛撫を受けて次第にほどけてゆく。
緩やかに高ぶりを手繰り寄せる。ふたりで。
「ワインニ杯半で酔ったんじゃないよ、あの晩、俺は君に酔ったんだよ」と後からジョウが打ち明け、アルフィンが目を丸くしたのはほぼ蛇足だ。
END