「はあああ。よかった、泣けたわあ」
号泣したアルフィンが、ジョウにティッシュ箱取ってと手を伸ばしつつ言った。
「ほら」
「あんがと……。あー、泣きすぎて目が痛い」
「途中からすっげ、泣きっぱなしだったもんな」
呆れとまではいかないが、面食らったようにジョウが洩らす。
今夜、ふたりが配信で鑑賞したのは往年の名作アニメだった。かつての地球にあった(今はもう廃れた)一国を舞台にした、革命にはかなくも散った男女のラブストーリー。
配信情報を知った時から、どうしても見たいとアルフィンがねだった。ジョウは全く知らなかったが、ものすごく根づよいファンをもつ作品だった。
アルフィンはぐすぐすと洟をすすり、赤い目を彼に向けた。
「だって感激したもの。これぞ、究極のラブストーリーよ!」
感動に打たれ、余韻が消えない。熱量の高さにたじろぎつつ、「そ、そうか」とジョウが若干身を引く。
まあ、きらびやかな画面だったなというのが正直なところ。顔の半分が瞳かと見まごうほど、男も女も麗しいキャラばかり。絢爛豪華なベルサイユ宮殿。ロココ調の家具や装飾品。主人公の後ろにはいつもバラの花が舞い、美しい調べが彩って……。
地球の西欧というところには、こういう時代もあったんだなと、歴史的観点から興味深くジョウなどは見ていたのだが、アルフィンはひとえにキャラクターたちの悲恋に胸打たれたらしい。オスカルが、アンドレがと感想を引っ切り無しにしゃべっている。
「アルフィンはお姫様だから、あの女王様に肩入れして見てるのかと思ったんだが」
ジョウが言うと、アルフィンはあら、と心外そうな顔をした。
「あたしはあんな、贅沢とは縁遠い生活をしてきたわよ。ピザンの宮殿での暮らしなんてつつましいものよ。国民の税金を使ってるんだから、っていうのがお父様の口癖だったの。いつも平民感覚を忘れないようにしなさいって」
その辺は矜持があるらしい。ジョウはそうか、すまんと謝った。
「確かに君は散財しないな」
「まあ、自分にご褒美を買う時は買うけどね」
ペロッと舌を覗かせる。愛らしい。
ジョウは目を細めた。
「じゃああの男装のひとに感情移入して見てたんだな。主人公の」
「もちろんよ!! ああ素敵~。うっとりしちゃう。小さい頃からずっと一緒にいた幼馴染同士が、美しく成長して、心と想いを重ねて……。革命の前夜にようやく結ばれる。最初で、最後の契りとお互い分かってるの。もう生きては家に帰れないって。でも、口には出さずにただ夫婦の時を求め合う。……ああ、これぞ浪漫、究極の愛じゃない?」
ソファの上できゃあきゃあと身もだえるアルフィン。ジョウははあ……と同意したほうがいいのか、いやこのテンションに合わせるのはという躊躇いを見せた。
アルフィンはその辺の温度差を敏感に察知した。
「なによ、ジョウには分かんないの、あの一夜に掛ける二人の想いの激しさを。どれだけ切ない思いで身体を重ねたか」
「いや、わかるよ。わかるけど……なあ」
「何よ。歯切れ悪いわね」
アルフィンの目が剣呑に細められる。ジョウは別にケチつけるつもりはないんだよ、と言いおいてから、
「俺は本当に好きな人がいたら、一晩限りじゃ絶対嫌だから。それこそ一生、毎夜毎夜大事に、心を込めて抱きたいって思うからさ……」
と呟く。
「ーー」
アルフィンは言葉を失った。瞬きも忘れ、隣の彼を見やる。
そこでジョウもハタと気づく。自分の発した言葉のもつ意味を。
二人は視線を交わらせた。互いに口をうっすら開けて、わずかに瞳孔を開かせて。
二人は同時にドカンと真っ赤になった。ジョウとアルフィン。電気が散って感電したように身を引く。
「~~~~えええええええ?」
アルフィンは頬を両手で押さえた。い、今なんて言った? いま、ジョウってば、毎夜毎夜大事に、こ、心を込めて抱きたい……てええ~~~~~!
普段、甘いこと言わない彼だからこそ、破壊力抜群なセリフ。アルフィンは真正面からそれを食らった。撃沈寸前。
「うわ……待ってくれ、今の、~~~今の、気障すぎた……!なし、ってか、なしじゃない。本心だけど、でも、俺、そういうつもりじゃ~~~」
うっかり洩らしてしまった本音に、ジョウ自身が狼狽える。うわあああとジョウも口を手の甲で隠して悶えた。とてもじゃないが、恥ずかしくて、アルフィンの視線をまともに受け止められなかった。
後にはただ、ぐずぐずに熟れたトマトと化した二人がリビングに取り残されたとさ。
END
めでたし、めでたし?笑
二人に「ベルばら」を見させてみました。こんな反応でした。
ジョウならこういうこと思いそう。って くっつく前の二人です。夫婦になってから、毎夜毎夜大事に抱かれてくれ姫