背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

乙女心

2008年08月23日 06時52分26秒 | 【別冊図書館戦争Ⅱ】以降


う、――わ……っ。

女子寮から出てきた柴崎を見た瞬間に、手塚は目を奪われる。

「なあに? 驚いた顔して」
そう言って、艶やかに笑う柴崎は、待ち合わせの時間に多少遅れても「待った?」なんて定番の台詞を口にするような女ではない。
びっくりしてうっすら口を半開きにさせている手塚を、斜め下方から掬い上げるようにして見た。その目で手塚は自分の今の反応は、おそらく柴崎の頭の中で予想済みだったのだろうと知る。
わずかにそれが悔しいような、見透かされているのがこそばゆいような複雑な思いを必死で飲み下しながら、
「珍しいな。そういう格好」
と、言った。
そういう、と称された柴崎の今日の服のチョイスは、ガーリー風のチュニックにデニムのミニスカート、それにレース素材の八分丈スパッツというものだった。
ジェリーサンダルから覗く足先には、綺麗にペディキュアが塗られた爪が宝石のように並ぶ。
さほど、プライベートなときの柴崎の私服のチョイスに詳しいわけではなかったが、今日はいつもよりテイストが少し甘い気がした。普段はもっと綺麗なかっちりした格好をしていることが多い。というか見慣れている。今日は少し普段着っぽいとでもいうのか。ラフな感じだった。
「いつもは【キレイめ】今日のは【可愛め】っていうんだよ!」
郁がいたらそう解説を加えてくれていたかもしれないが、生憎今日はデートなので手塚、柴崎の二人きりだ。

珍しいと言われた柴崎は、ん、と頷いてから、
「今日は、着てみたいカッコしてきた」
と嬉しそうに笑った。
着てみたいカッコ? と目で問うと、
「うん。あたしさあ、この顔だし、外に出かけるときは割とかっちりしたキレイめの線を押さえるようにしてるのよ。そつなく、隙なくっていうかさ。無難ていえばちょっとニュアンス違うけど、スカートとか意識していつも長めだし。いらなく外でおかしな男を釣らないように自然とガードかけてたのね。一人で出かけるときはもちろんだけど、女友達と遊びに行くときもね」
柴崎はさらっと言ったつもりだったが、手塚の顔は見る見る間に曇っていった。
柴崎が悪質なストーカーに悩まされ、苦しんだのを間近でずっと見ていた手塚だけに、今の言葉の重みがいやでも分かってしまう。いくら本人が軽い口調で表面をカバーしても、柴崎がこれまでどれだけそういった類の対象となっていたのか、数え切れないだけ不快な、不便な思いを強いられたであろうことが窺え、聞いているだけで重石がのしかかるように心が暗くなった。
そんな気遣わしげな手塚の顔を見ながら、「でもね」と柴崎は続けた。
「今日はさ、そういうガードかけなくてもいいんだなあって思ったの。あんたがいてくれるから。だから安心して一回着てみたかったこういうの、着てみることにした。ミニとか、明るい色のひらひらしたチュニックとか。
だって付き合いだして初めてのデートはさ、やっぱし特別じゃない?」
どうしても欲しくて昨日課業の後、駅ビルまで行って買っちゃった。あはは。散財した。
そう言って柴崎は手塚の手をそっと握った。少し唇を尖らせて、上目で睨む。
「なのに、あんたは【可愛い。とっても似合うよ】の一言もくれないのね。今日は頭のてっぺんから、足の先まで、あんたとでかけるためのオシャレなのに」

「あ、」

しくじった。と分かった瞬間、手塚は口を開いていた。
反射に近い。

「に、似合う、似合うよ。すまない。普段のフェミニンな格好もいいけど、そういうのもとってもー―」
そこで、ぐ、と一旦言葉に詰まり、強引に視線を柴崎から剥がして地面に投げてから、
「――かわいい、です」
とやっとやっとで呟く。
柴崎は花がほころぶように幸せそうな笑顔を彼に向けた。
握る手にきゅっと力を込めながら。

「ですって何、ですって。どうして敬語なのよ?」
「突っ込むのそこかよ? 内容だろ、問題は」
「うーん。遅くなったけど、まあ及第点かしら。許す」
「あのなあ。……こっちが見惚れてたの分かってんだろ。大目に見ろよ」
手塚は正面切って言った台詞に、自分で照れている。空いている手で口元を覆った。
「分かってるわよー、そんなの。初めから。あんたってどう見てもばればれだもん」
「ばればれってな」
「言っとくけど手塚、ポーカーフェイスの練習したほうがいいわよ。これから偉くなるときにはそういう腹芸も必要不可欠だからね」
「そっち方面はお前に任せるよ、これからもずっと」
柴崎は肩をそびやかす。
「ずっと、ね」
それは向こう数ヶ月の話なのか、一生の話なのか。どういう意味なのかしら、と浮き立つ気持ちで考えていると、ためらいがちに口を開く気配が側で、した。
「……あのさ、着たいの、着ればいい。俺と一緒に出かけるときは」
服のことに話が戻ったのだと気づく。だからうん、と頷いた。
「安心しろ。もう大丈夫だから」
噛み締めるように、手塚はそれだけ言った。
守るから。24時間どんなときもお前を守れる立場を、俺はお前からもらった。
言葉にしなくても、そう思ってるのが強く伝わって、柴崎はうれしさがこみ上げる。
「……変な虫が寄ってこないように、徹底的にガードしてね」
「ああ。でも、ひとつだけ頼みがある」
「頼み? なあに?」
硬い口調に柴崎の顔がいぶかしむ。
手塚は、少し言いよどんでから、
「お前が好きなの、どれだけ着てもいいけど、あまり短すぎるスカートを履くのは止めてほしい。
ほかの男に、お前の脚線美、見せたくない。もったいない」
あさってのほうを向きながら小声で言った。
柴崎は声を上げて笑った。
そして、繋いだ手を引く。
「さ、行きましょ」
あ、そうそう、言い忘れたけど。先を行く柴崎の隣に大またで足を踏み出し並んだ手塚に、言葉が差し出される。
「うん?」
「あんたがさっき門で立って待ってるのを見つけて、近づいていくとき、あたしも見惚れて目が離せなかったわよ。ああ、いい男だなあって」
「……お前なあ、――ほんっとに反則だから、それ! わざとそういう言いまわしで俺を弄んで楽しんでるだろ、そうだろ、なあ」

新しい服と靴と、飛び切りのメイクと、大好きなひと。
全部手にしてデートに向かう柴崎の足取りは、蝶が花畑を舞うように軽かった。

Fin.

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