言うか言うまいか迷った挙句、ジョウは渋面を崩さずにアルフィンに向き直った。
「あんまししつこいんで、バードに犯人のプロファイルを開いた。どんなやつが捜査線上に挙がっているのかとな。
開きたいか? やつが君を使おうとしている殺人事件の犯人像を」
アルフィンの答えを待たずにジョウは続ける。
「パードが言うには、30代から40代の白人男性で、独身で一人暮らし、そして、母か妹か、とにかく身近にいる肉親に対し、近親相姦かそれに近いことをしでかした経験がある。そしてそれを正当化し、罪の意識は全く感じていない。過去、あるいは現在に至るまで恒常的に女性に性的暴行を振るう願望に支配されていて、実際にそれを実行している。でも法の目をかいくぐって今までに逮捕された経歴はなくて」
「わ、わかったわ。もういい」
それ以上聞きたくない。ジョウの言葉によって、頭の中でモンスターがむくむくと実体を伴って立ち上がってきそうだった。生理的嫌悪感に支配されそうになり、アルフィンは耳を手で押さえ、ぎゅっと目をつぶった。
ジョウは声のトーンを落とした。
昂ぶった感情をクールダウンさせる。
「ごめん」
「ううん」
「……嫌だったんだ。俺がそういうことを君の耳に入れることも我慢できなかった。ましてやバードの依頼を受けて、ショーモデルになりすまして犯人の標的になれだなんて、君に万が一のことがあったら、いや、それ以前に、そんな変質者の目にアルフィンが触れるってことを考えるだけで、怖気がした。だから俺は」
まだ言いかけるジョウの唇に、何かが触れた。
アルフィンの指だった。
冷たく、冷え切った指先の感触が、ジョウの言葉を押しとどめた。
アルフィンはなんだか胸がいっぱいだった。咄嗟にそうした指を、もう片方の手のひらで押し包んだ。
「ありがと、ジョウ」
鼻の奥をつんと鋭く焦がす感覚がした。
「あたし、全然知らなくて、ごめん。
ただ、どうして何も話してくれないんだろうって、あたしに仕事の話があるみたいなのに、ジョウがシャットアウトなんておかしいって、チームリーダーだからって何よとか、ジョウはあたしの腕を信頼してくれてないんだとか、見当違いのことで腹を立てて、やつあたりしてたわ。
ごめんなさい。そんなに大事に守ろうとしてくれてたなんて、全然知らなくて」
恥じ入るように、冷気に溶け込みそうなほど細い声で言う。
「君のせいじゃない」
ジョウは身動きもろくにかなわない状態で、首を振った。
「俺も悪かったんだ。言葉が足りなくて、しかも意地になって口もきかないで」
「それはあたしの台詞よ。喧嘩っ早くて、ごめん。悪いくせね」
そこで、アルフィンはちょっとだけ迷う仕草を見せた。でも意を決したように話し出す。
「ねえ、もっと話して、ジョウ、大事にしすぎないで、傷ついたりしないから、あたし。
今みたいにいやな話を聞いても、怖いこと聞いても、大丈夫だから。ジョウが、いてくれるから」
「......」
最後のひとことで、ジョウの体温が急上昇した。
大事にしすぎるなだなんて、そんな無理言うな。
いくら大事にしても、全然足りないくらいだ……。
そんな言葉が、口先まで出かかる。が、どうしても声にならない。口の中で舌が急にスポンジのように膨れ上がる感覚がして、たじろいでいるうちに、結局タイミングを逃し言葉は重石のように腹の底に沈んでいくのだ。
自分の性格を呪いたくなるのは、こんなときだった。もっとこう、上手く自分の気持ちを伝えられたら、今みたいな長引くけんかだってしなくても済んだであろうことはじゅうじゅう自覚している。
ジョウは、言葉を差し出す代わりに、腕枕をしてやっている左手でくしゃっと彼女の髪を梳いた。
アルフィンは愛らしい笑みを浮かべ、こう言った。
「じゃあ、仲直りね。けんかはおしまい」
「あ、ああ」
それでも久方ぶりに自分に向けられるアルフィンの笑顔が、ジョウのわだかまりをすうっと溶かしてしまう。
「話を聞けて良かった。でも、バードもよくよく困ってるのね。あたしに話を持ち掛けてくるなんて。おとり捜査に協力するのはだめでも、何かできることはないかしら」
「うん。それは俺も考えてた」
言われるまでもなく、邪険にしすぎたことをジョウは気にかけ反省もしていた。アルフィンを守ることが先に立って、パードの置かれている苦境は二の次だった。
「なんで犯人は金髪で碧眼のモデルばっかり狙うのかしら。しかも、どうやってショーのさなかに誘拐するのかな」
「うん。ブランドもののコレクションショーってのは、そんなに簡単に誰もが出入りできるような場新じゃないんだろ」
「もちろんよ。でもどこにだって抜け穴はあるわ。完璧なセキュリィなんて望めるはずもない。モデルだってデザイナーだって、人間だもの。お腹がすくわ。バックステージにはケータリングサービスの業者だって入るし、会場の掃除だって専用の会社が請け負ってるだろうしね。IDを偽造して入るうと思えば、案外かんたんに潜り込めるのかも」
『なんにせよ、業界の内情に詳しい者の犯行だろうな」
「それに、エアカーか大き目の車両も持ってないと、ショーの会場からモデルは運び出せないわ」
「盗難車を使ってるってこともありうるせ。でもそんなのはとっくに警察でも調べてる筈だし、犯人の割り出しもやってるんだろうけど。
たぶん思うように成果は得られてないんだろうな」
「誘拐、あるいは拉致して、一定の期間監禁する。そして、殺害。遺体の一部を切り取って、連合宇宙軍の上層部に送りつける。
いったい、なんでそんなことする必要があるのかしら? 犯人にとって、足がつく危険性はあっても、メリットはほとんどないのに」
「怨恨、かな。やっぱり」
それ以外の答えが思いつかない。
「激しく誰かを恨んでるってこと?」
「ひょっとしたら、バードが打ち明けなかっただけで、実は被害に遭ってる幹部のほうに思い当たる節がありありだったりしてな」
「それは、ありうるわね」
「何らかのメッセージ性を感じるよな。臓器移植専用のキャリーケースに入れてってあたりがミソなのかも」
「うん......」
雪に穿たれた洞穴。そこに閉じ込められた二人。
夜が明けるまで時間だけは有り余るほど彼らに与えられていた。それまでけんかをして長く話をしなかった反動もあって、ジョウとアルフィンはバードの抱える事件のことを密やかな声で話し合った。
互いに思いついた端から推理を展開していって、それに対して意見を交わすのは、不謹慎だが興味深かったし、何より自分たちが今置かれている状況を忘れるのには最適だった。
寝袋の中、愛しい人の隣にぴったりと身を横たえているということ。
自分とは全くつくりの違う身体を相手がもっているということ。体温が自分よりも少しだけ高い、あるいは低いことを、触れた薄い衣服を通して知ること。
ともすれば、身体を重ねあわせたいという欲求に押し流されそうになるほど、気持ちが揺れに揺れているということーー。
それらを理性というを蓋をしてやりすごすためには、バードの持ち込んだネタは格好の目くらましだったのだ。
でも。
目を逸らしておくにも、やはり限界があって。
いつの間にか会話は途切れ、間がぐんと濃さを増して二人にのしかかっていた。
(7へ)
「あんまししつこいんで、バードに犯人のプロファイルを開いた。どんなやつが捜査線上に挙がっているのかとな。
開きたいか? やつが君を使おうとしている殺人事件の犯人像を」
アルフィンの答えを待たずにジョウは続ける。
「パードが言うには、30代から40代の白人男性で、独身で一人暮らし、そして、母か妹か、とにかく身近にいる肉親に対し、近親相姦かそれに近いことをしでかした経験がある。そしてそれを正当化し、罪の意識は全く感じていない。過去、あるいは現在に至るまで恒常的に女性に性的暴行を振るう願望に支配されていて、実際にそれを実行している。でも法の目をかいくぐって今までに逮捕された経歴はなくて」
「わ、わかったわ。もういい」
それ以上聞きたくない。ジョウの言葉によって、頭の中でモンスターがむくむくと実体を伴って立ち上がってきそうだった。生理的嫌悪感に支配されそうになり、アルフィンは耳を手で押さえ、ぎゅっと目をつぶった。
ジョウは声のトーンを落とした。
昂ぶった感情をクールダウンさせる。
「ごめん」
「ううん」
「……嫌だったんだ。俺がそういうことを君の耳に入れることも我慢できなかった。ましてやバードの依頼を受けて、ショーモデルになりすまして犯人の標的になれだなんて、君に万が一のことがあったら、いや、それ以前に、そんな変質者の目にアルフィンが触れるってことを考えるだけで、怖気がした。だから俺は」
まだ言いかけるジョウの唇に、何かが触れた。
アルフィンの指だった。
冷たく、冷え切った指先の感触が、ジョウの言葉を押しとどめた。
アルフィンはなんだか胸がいっぱいだった。咄嗟にそうした指を、もう片方の手のひらで押し包んだ。
「ありがと、ジョウ」
鼻の奥をつんと鋭く焦がす感覚がした。
「あたし、全然知らなくて、ごめん。
ただ、どうして何も話してくれないんだろうって、あたしに仕事の話があるみたいなのに、ジョウがシャットアウトなんておかしいって、チームリーダーだからって何よとか、ジョウはあたしの腕を信頼してくれてないんだとか、見当違いのことで腹を立てて、やつあたりしてたわ。
ごめんなさい。そんなに大事に守ろうとしてくれてたなんて、全然知らなくて」
恥じ入るように、冷気に溶け込みそうなほど細い声で言う。
「君のせいじゃない」
ジョウは身動きもろくにかなわない状態で、首を振った。
「俺も悪かったんだ。言葉が足りなくて、しかも意地になって口もきかないで」
「それはあたしの台詞よ。喧嘩っ早くて、ごめん。悪いくせね」
そこで、アルフィンはちょっとだけ迷う仕草を見せた。でも意を決したように話し出す。
「ねえ、もっと話して、ジョウ、大事にしすぎないで、傷ついたりしないから、あたし。
今みたいにいやな話を聞いても、怖いこと聞いても、大丈夫だから。ジョウが、いてくれるから」
「......」
最後のひとことで、ジョウの体温が急上昇した。
大事にしすぎるなだなんて、そんな無理言うな。
いくら大事にしても、全然足りないくらいだ……。
そんな言葉が、口先まで出かかる。が、どうしても声にならない。口の中で舌が急にスポンジのように膨れ上がる感覚がして、たじろいでいるうちに、結局タイミングを逃し言葉は重石のように腹の底に沈んでいくのだ。
自分の性格を呪いたくなるのは、こんなときだった。もっとこう、上手く自分の気持ちを伝えられたら、今みたいな長引くけんかだってしなくても済んだであろうことはじゅうじゅう自覚している。
ジョウは、言葉を差し出す代わりに、腕枕をしてやっている左手でくしゃっと彼女の髪を梳いた。
アルフィンは愛らしい笑みを浮かべ、こう言った。
「じゃあ、仲直りね。けんかはおしまい」
「あ、ああ」
それでも久方ぶりに自分に向けられるアルフィンの笑顔が、ジョウのわだかまりをすうっと溶かしてしまう。
「話を聞けて良かった。でも、バードもよくよく困ってるのね。あたしに話を持ち掛けてくるなんて。おとり捜査に協力するのはだめでも、何かできることはないかしら」
「うん。それは俺も考えてた」
言われるまでもなく、邪険にしすぎたことをジョウは気にかけ反省もしていた。アルフィンを守ることが先に立って、パードの置かれている苦境は二の次だった。
「なんで犯人は金髪で碧眼のモデルばっかり狙うのかしら。しかも、どうやってショーのさなかに誘拐するのかな」
「うん。ブランドもののコレクションショーってのは、そんなに簡単に誰もが出入りできるような場新じゃないんだろ」
「もちろんよ。でもどこにだって抜け穴はあるわ。完璧なセキュリィなんて望めるはずもない。モデルだってデザイナーだって、人間だもの。お腹がすくわ。バックステージにはケータリングサービスの業者だって入るし、会場の掃除だって専用の会社が請け負ってるだろうしね。IDを偽造して入るうと思えば、案外かんたんに潜り込めるのかも」
『なんにせよ、業界の内情に詳しい者の犯行だろうな」
「それに、エアカーか大き目の車両も持ってないと、ショーの会場からモデルは運び出せないわ」
「盗難車を使ってるってこともありうるせ。でもそんなのはとっくに警察でも調べてる筈だし、犯人の割り出しもやってるんだろうけど。
たぶん思うように成果は得られてないんだろうな」
「誘拐、あるいは拉致して、一定の期間監禁する。そして、殺害。遺体の一部を切り取って、連合宇宙軍の上層部に送りつける。
いったい、なんでそんなことする必要があるのかしら? 犯人にとって、足がつく危険性はあっても、メリットはほとんどないのに」
「怨恨、かな。やっぱり」
それ以外の答えが思いつかない。
「激しく誰かを恨んでるってこと?」
「ひょっとしたら、バードが打ち明けなかっただけで、実は被害に遭ってる幹部のほうに思い当たる節がありありだったりしてな」
「それは、ありうるわね」
「何らかのメッセージ性を感じるよな。臓器移植専用のキャリーケースに入れてってあたりがミソなのかも」
「うん......」
雪に穿たれた洞穴。そこに閉じ込められた二人。
夜が明けるまで時間だけは有り余るほど彼らに与えられていた。それまでけんかをして長く話をしなかった反動もあって、ジョウとアルフィンはバードの抱える事件のことを密やかな声で話し合った。
互いに思いついた端から推理を展開していって、それに対して意見を交わすのは、不謹慎だが興味深かったし、何より自分たちが今置かれている状況を忘れるのには最適だった。
寝袋の中、愛しい人の隣にぴったりと身を横たえているということ。
自分とは全くつくりの違う身体を相手がもっているということ。体温が自分よりも少しだけ高い、あるいは低いことを、触れた薄い衣服を通して知ること。
ともすれば、身体を重ねあわせたいという欲求に押し流されそうになるほど、気持ちが揺れに揺れているということーー。
それらを理性というを蓋をしてやりすごすためには、バードの持ち込んだネタは格好の目くらましだったのだ。
でも。
目を逸らしておくにも、やはり限界があって。
いつの間にか会話は途切れ、間がぐんと濃さを増して二人にのしかかっていた。
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