「あたし、あんたの手が好き」
「……なんだよ、いきなり」
「すごいセクシーな手、してる。腕とかも筋肉質なのにごつごつしてなくて、静脈とか浮き出てるのもすごい好き」
自覚ある? そう訊ねる柴崎を手塚は直視できない。
「自分の手とか腕とか、そんな風に見ることないから」
「この手で触れられるのが、あたしだけだったらいいな」
柴崎が言うと、手塚は、むっとしたように言い返した。
「当たり前だろ。そんなの。何言ってるんだ」
怒ったような、まっすぐな口調。
柴崎が愛してやまない彼の性質。
「そうね。……明日からしばらく会えないから、ナーヴァスになってるのかも」
手塚は外国の使節団訪問のため、特別警備で他県に派遣されることになっている。
特殊警備が要請されるほどの、国際的事情を抱えた使節団の訪日に、
基地内にはここ数日ぴりぴりした雰囲気が張り詰めている。
「……もしも、」
「ん?」
「――もしも任務中、俺にもしものことがあったら、」
手塚は冗談っぽく切り出す。
湿っぽくならないように注意を払って。
「俺の腕から先は、丁重に保存して置く様に部下に指示だしておくから。
損壊がひどくなかったら、デスマスクみたいに模りしてお前んとこに届けるように言っておくな」
「――」
柴崎は睫毛の先ひとつ動かさなかった。
手塚の顔を凝視して、こう言った。
「そんなこと言うのなら、もしものことが起きる前にあたしが殺す」
手塚が打たれたように表情を変える。
「冗談に紛れてほんとのこと言わないで。あんたの魂胆なんてみんな分かってる。
もしもなんて口にしたら許さない」
そこまで言って、柴崎はぐっと言葉に詰まる。
――お願いよ。
生きて、無事で帰ってきて。
じゃないと、あたしがあんたを殺すから。
「……わかった」
ごめん、と胸の中で謝りながら、手塚は柴崎の頭に手をやった。
「帰ってくる。で、またこうやってお前に触る。約束する」
お前が好きだと言ってくれた手で。腕で。
かならずお前を抱くよ。
「だから泣くな、麻子」
「……ん、」
柴崎は頬に当てられた手塚のてのひらにそっと唇をつけた。
そして次の日、手塚は任務先に飛んだ。
柴崎のもとにふたたび彼の手が戻るのは、数週間先のことになる。
(2008.8.25)
※覚悟はあるといっても、柴崎だって不安だよね。
という訳で、手塚の負け。笑