二人で休みの日に、具合が悪いと言い出した麻子。
病院までついてきてほしいという。
無論、俺は二つ返事。タクシーで行こうと言うと、やんわりとかぶりを振られた。
「歩きでいい。大丈夫」
「ほんとうに? 無理すんなよ」
俺たちは天気のいいその日の午前に、近所にある官庁街を抜けて行った。
おりしも、街路の脇に植えられた桜並木は5分咲き。晴天に枝を伸ばし、薄紅の蕾をふっくらと開かせているところだった。
ああ、もしかして。
うちの天邪鬼は、具合が悪いと口実を作って、俺とこの桜を見たかったのかもな。
そんな想いが浮かび、隣を見ると「きれいねえ」と麻子が無邪気に笑っている。
「ありがとな」
「え?」
「誘ってくれて。花見」
俺が言うと麻子は少し怪訝そうな顔をした。
「桜が見ごろだったのは、偶然よ。桜とか、考えてなかった。別のことに気を取られてたから」
「そうなのか」
「そうよ、だってね……」
麻子は言いかけて口を噤み、いつもよりゆっくりと、歩を進める。
俺は少しだけがっかりした。なんだ、違うのか……。
やがて、官庁街の奥にある病院の前で足を止めた麻子。物言いたげな瞳で、俺を振り返った。
俺はその病院の看板に書かれてある科を見て目を瞠る。
「え? ここ、か?」
そうよ。少しはにかんだ笑みを口許に浮かべる麻子。
「具合が悪いって、お前、そういうことだったのか? いったい、いつから」
おろおろとする俺を尻目に、麻子は、
「いこ。診察受けてみないと、確信はないのよ」
でもたぶん……。
そう言って病院の玄関のドアマットに足を載せる。自動ドアが軽やかに開く。
「麻子、待てよ」
産婦人科。
桜の花びらが風に流されて一枚中へ入り込む。
それを見ながら俺は、今麻子が身ごもっていたとしたら、赤ん坊はいつの季節の誕生日になるんだろう。
そんな、気の早すぎることを考えていた。
(2009、4、19)
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