「ねえ、あの人ちょっと素敵じゃない?」
言われて私は窓の外を見た。
「どれ?」
あまり気のない返事をしても申し訳がないので、私は友達が指さす方に目を向ける。
ちょっと前、雑誌で取り上げられたイタリアンレストランの2階。窓下には、向かいのショップのエントランスがあり、慌しい足取りで中に吸い込まれていく人たち、誰かにせきたてられるように、中から吐き出される人たちでいっぱいだ。人の群れ、群れ、群れ。
「あそこよ。あの柱のところの」
そういえばこの子、前の彼氏と別れてだいぶ経つな、と気付いた。最近異性のチェックが厳しいのは、そろそろ禁断症状が出てきたせいかも、と思ったりする。
なんせ、年がら年中恋愛モードオンのタイプの人だから。
友達の前のテーブルには、すっかり冷え切ってしまったパスタがぐんなりと皿に広がっている。この人と食事すると、いつも食欲がなくなるわ、と思いながら私は言われた方を目で追った。
ふと、視線が一人の男の人に行き当たる。
入り口のところのつるっとした質感の柱に、そっと寄りかかるようにして立っている。背が高く、ブルゾンとデニムにハイカットのブーツというラフな格好がよく似合っていた。
黒髪が風を受けてところどころつんつん跳ねているのが見える。意志の強そうなくっきりした目許が印象的だった。
「……ほんと、いけてる」
珍しく意見があった私は、知らず知らずのうちに呟いていた。
「でしょ、さっきから目をつけてたんだ、なんか目立つのよね」
得意げに友達が言う。
「うん。でも、誰か待ってるようなかんじ」
私はそう言いながらその男の人から目を逸らせないでいた。
佇まいに独特の雰囲気がある。甘さと、男くささが微妙に混じりあったような感じを漂わせていて。
誰かを待っているように、ときおり目を雑踏に向ける。無意識なのかもしれない。でも、目を上げるたびに、視線が彷徨うたびに、ほんのわずかだけれど寂しそうな色が、その漆黒の瞳に浮かぶ。
目を離せないでいると、ふとその人の表情が変わった。
背中を起こした。目線が一点に固定される。目に優しい光が宿る。頬のラインが柔らかさを刻む。
溢れ出ようとする何かの想いを留めるように、無造作にポケットに右手を突っ込んだ。
すると、その人のもとへひとりの女の人が小走りで駆け寄った。
「あ、連れがいた」
友達は舌打ちした。
私は、うん、と生返事をした。二人を見つめていた。
綺麗な人だった。流れるようなまっすぐな長い髪。ここにまでさらさらと風になびく音が聞こえてきそうだった。ほっそりとして、スタイルがいい。赤いカットソーの胸元は健康的に豊かで、スカートから覗く足首はすんなりと細い。
「美人……」
思わず、友達は息を呑んだ。
女の人は、ごめん、遅れて、というように顔の前でちょっとだけ両手を合わせた。
男の人はただ笑って、彼女が肩にかけていたブランドショップの紙バッグをさりげなく受け取った。ごく自然なしぐさ。彼女は空いた手を彼の腕にそっと軽くからませて寄り添った。顔を近づけるようにして男の人の耳もとに何かを囁く。
彼は心持ち、身をかがめて女の人の話を聞き、わずかに微笑んで頷いた。
その笑顔を見た途端、胸が鳴った。
そして二人は連れ立って歩き出した。雑踏の中へ呑まれていく。
すぐに姿は見えなくなった。
よくある待ち合わせの光景。この街では、それこそ1日に何十組、何百組のカップルがああやって手に手を取って街角に消えていく。
ごくありふれた、たった数分の出来事なのに。
さっきのシーンが鮮明に私のまぶたに像を刻んだ。彼が彼女に見せたまなざしが、胸を灼いてじりじりしていた。
「……」
私たちはなんだか無言だった。友達は何とはなしにフォークを手に取り、食べる気もないパスタの残骸を先っぽでつついたりしていた。
「お似合いだったね、今のふたり」
私が言うと、
「まあね」
と友達は面白くもなさそうに答えた。
私は二人が呑み込まれた街並のほうを見やった。
友達がフォークを放ってしみじみ呟いた。
「ああ、恋がしたいなあ~」
<END>
実験的二次創作。手柴でも、ジョウとアルフィンでも、どちらのCPでもお読みになれるように書いてみました。
pixivさんにはCJのカップルで同じ話を掲載しています。よろしければ、読み比べください。
⇒pixiv安達 薫
言われて私は窓の外を見た。
「どれ?」
あまり気のない返事をしても申し訳がないので、私は友達が指さす方に目を向ける。
ちょっと前、雑誌で取り上げられたイタリアンレストランの2階。窓下には、向かいのショップのエントランスがあり、慌しい足取りで中に吸い込まれていく人たち、誰かにせきたてられるように、中から吐き出される人たちでいっぱいだ。人の群れ、群れ、群れ。
「あそこよ。あの柱のところの」
そういえばこの子、前の彼氏と別れてだいぶ経つな、と気付いた。最近異性のチェックが厳しいのは、そろそろ禁断症状が出てきたせいかも、と思ったりする。
なんせ、年がら年中恋愛モードオンのタイプの人だから。
友達の前のテーブルには、すっかり冷え切ってしまったパスタがぐんなりと皿に広がっている。この人と食事すると、いつも食欲がなくなるわ、と思いながら私は言われた方を目で追った。
ふと、視線が一人の男の人に行き当たる。
入り口のところのつるっとした質感の柱に、そっと寄りかかるようにして立っている。背が高く、ブルゾンとデニムにハイカットのブーツというラフな格好がよく似合っていた。
黒髪が風を受けてところどころつんつん跳ねているのが見える。意志の強そうなくっきりした目許が印象的だった。
「……ほんと、いけてる」
珍しく意見があった私は、知らず知らずのうちに呟いていた。
「でしょ、さっきから目をつけてたんだ、なんか目立つのよね」
得意げに友達が言う。
「うん。でも、誰か待ってるようなかんじ」
私はそう言いながらその男の人から目を逸らせないでいた。
佇まいに独特の雰囲気がある。甘さと、男くささが微妙に混じりあったような感じを漂わせていて。
誰かを待っているように、ときおり目を雑踏に向ける。無意識なのかもしれない。でも、目を上げるたびに、視線が彷徨うたびに、ほんのわずかだけれど寂しそうな色が、その漆黒の瞳に浮かぶ。
目を離せないでいると、ふとその人の表情が変わった。
背中を起こした。目線が一点に固定される。目に優しい光が宿る。頬のラインが柔らかさを刻む。
溢れ出ようとする何かの想いを留めるように、無造作にポケットに右手を突っ込んだ。
すると、その人のもとへひとりの女の人が小走りで駆け寄った。
「あ、連れがいた」
友達は舌打ちした。
私は、うん、と生返事をした。二人を見つめていた。
綺麗な人だった。流れるようなまっすぐな長い髪。ここにまでさらさらと風になびく音が聞こえてきそうだった。ほっそりとして、スタイルがいい。赤いカットソーの胸元は健康的に豊かで、スカートから覗く足首はすんなりと細い。
「美人……」
思わず、友達は息を呑んだ。
女の人は、ごめん、遅れて、というように顔の前でちょっとだけ両手を合わせた。
男の人はただ笑って、彼女が肩にかけていたブランドショップの紙バッグをさりげなく受け取った。ごく自然なしぐさ。彼女は空いた手を彼の腕にそっと軽くからませて寄り添った。顔を近づけるようにして男の人の耳もとに何かを囁く。
彼は心持ち、身をかがめて女の人の話を聞き、わずかに微笑んで頷いた。
その笑顔を見た途端、胸が鳴った。
そして二人は連れ立って歩き出した。雑踏の中へ呑まれていく。
すぐに姿は見えなくなった。
よくある待ち合わせの光景。この街では、それこそ1日に何十組、何百組のカップルがああやって手に手を取って街角に消えていく。
ごくありふれた、たった数分の出来事なのに。
さっきのシーンが鮮明に私のまぶたに像を刻んだ。彼が彼女に見せたまなざしが、胸を灼いてじりじりしていた。
「……」
私たちはなんだか無言だった。友達は何とはなしにフォークを手に取り、食べる気もないパスタの残骸を先っぽでつついたりしていた。
「お似合いだったね、今のふたり」
私が言うと、
「まあね」
と友達は面白くもなさそうに答えた。
私は二人が呑み込まれた街並のほうを見やった。
友達がフォークを放ってしみじみ呟いた。
「ああ、恋がしたいなあ~」
<END>
実験的二次創作。手柴でも、ジョウとアルフィンでも、どちらのCPでもお読みになれるように書いてみました。
pixivさんにはCJのカップルで同じ話を掲載しています。よろしければ、読み比べください。
⇒pixiv安達 薫